第202話 目立ちたがりなルーキー
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
真島 ロッカールーム
戻って来た選手達はそれぞれ椅子に座りタオルで汗を拭き、ミネラルウォーターを飲んだりと消耗したスタミナをこのハーフタイムで回復させる事に専念していた。
だが彼らの表情はいずれも険しい、1-0の1点差ならまだ行けると希望は繋がっていたが八重葉に2点差を前半で付けられるとこれをひっくり返すのは至難の業だ。最低でも大城率いる鉄壁のDF陣を突破し龍尾から2点を奪わなければ真島の選手権は此処で終わりを迎える。
「去年は5-0、その時は序盤で3点取られていた」
誰も口を開かない真島のロッカールームで監督が去年の話を始めていた。
「あの時に比べれば今日は2-0、CKが無かったら1-0だったかもしれない。確実に去年より真島は強くなっている、王者に迫っている。此処で1点でも取れれば今の状況は一気に逆転へと繋がって行く、勝つには折れずに食らいつくしかないぞ」
去年も真島は八重葉の前に屈しておりスコアは5-0、当時1年だった照皇にハットトリックを許す大敗だったと監督の話で鳥羽や峰山達3年はその時の事を思い浮かべる。
まだ点差は2点、絶望するようなビハインドではないはず。折れればそれこそ勝ち目は無い。
此処から自分達が諦めずに王者へとしつこく何度も喰らいつけるかどうか、それが試合の行方を左右する。
「まだ勝ちの目がある時に諦めるなんてダサい事出来るかよ」
「当たり前だろ、俺らの力ならひっくり返せるはず…いや、絶対ひっくり返すぞお前ら!」
鳥羽は八重葉の守備から2点を諦めてはいない、2点どころか自らが3点取ってハットトリックで逆転。頭の中で思い描く勝利を現実にし、華麗なゴールの華を咲かせる。
それが最高に格好良く、真島が逆転勝利出来るなら諦めはしない。
峰山もキャプテンとして皆に声をかけ、後半戦に向けてチームの士気を高めて行く。他のメンバーも峰山の掛け声の後に声を出して気を引き締め直した。
真島イレブンがロッカールームを出てフィールドに向かい、先にポジションへと付くと八重葉もその後にやって来て後半の開始準備を整える。
「2-0かぁ、真島でも八重葉相手となるとこれ苦しいよな…決勝は八重葉か?」
「1点でも真島が取ったらまだ分かんないけどね、1点差まで詰め寄って一気に勢い乗って逆転までしたっていうゲームは結構あるし」
スコアを見て武蔵は八重葉が来そうだなと思っているが翔馬は2-0ならまだ分からないと返す、此処からひっくり返されて逆転というのはあまり無いが有り得ない事ではない。
もしも2-1になったら絶対王者の八重葉といえど危ない可能性はあり、八重葉としても気を緩められないだろう。
真島の応援団も希望を捨てずフィールドの真島イレブンへと向けて一生懸命応援し、声援を送り続ける。
『点差は2点、このまま八重葉が立見の待つ決勝へと向かうのか?それとも真島が追いつき逆転か!?』
『真島がいかに折れないで王者にしつこくチャレンジ出来るか、それが出来るかどうかにかかってますね』
ピィーーー
八重葉のキックオフで後半がスタート、すると鳥羽が珍しく前線からプレスをかけて積極的な守備で走り回る。
普段華麗なプレーを好む鳥羽が献身的な守備で走り回り汗を流す、それだけ此処で終わりたくないという想いがあった。
ボールを照皇が持とうとしていると鳥羽は彼にも向かって行く、だが照皇はこれを器用に右足のダイレクトパスで村山へと送り鳥羽のプレスを躱していた。
「(ゴツくて強いだけでなく巧いし、こいつのポテンシャルどうなってんだよ!)」
自分よりも学年は一個下、それで彼は高校サッカーの頂点で活躍。彼にはプロの話が既に来ており代表に選ばれる時もいずれ来るだろう。
パワー、スピード、テクニック、いずれも兼ね備えていて高校レベルを超越しプロレベルだと言われる天才ストライカー照皇誠。その実力は1点目で証明されている。
これ以上の追加点を八重葉に与えたら完全に勝ち目は無い、相手が天才と呼ばれてようが突き放される訳にはいかない。
ほぼワンタッチ、時々ツータッチも混ぜた八重葉のパス回しでプレスをかけてくる真島をいなし、後半攻撃的に出る相手にペースを渡さず真島は思うように攻撃をさせてもらえていなかった。
「必死に追いかける相手の躱し方も慣れてるな、今まで沢山の相手からリードを奪って来て追いかけられる側には散々立っているから当たり前か」
「真島はボールを取って攻めなければならないからプレスを積極的にかけて動かないといけない、その代償として彼らはどんどん体力を走り回る事で奪われて行く。八重葉は攻め急ごうとしてる相手の心理を利用している…」
八重葉の洗練されたパスワークが真島のプレスを躱すのを目の前で見た成海と京子、八重葉としてはリードしてる今慌てて点を取りに行く必要は無い。
後半始まったばかりでこのまま45分パスを回したまま逃げ切りは流石に無さそうで真島が前に出た時の隙を伺って来る事だろう。
『八重葉、素早く細かいパスでプレスに向かう真島を躱して行く!洗練されたパス回しで落ち着いています』
『真島としては辛いですよ、時間はどんどん経過していってリズムに乗れないままですからね』
思うように攻撃させてもらえない真島、それに真島の監督は難しい顔で腕を組んでいる。必死に何か打開策を探っている最中なのだろう。
「(くっそ!このままじゃ…!)」
「飛び出すな慶太!」
「っ!」
堪えきれず真田がプレスに加わろうと向かいに行く姿、それが田之上の目に止まると彼は真田が飛び出すのを止めていた。
「焦る気持ちは分かる、けどお前まで動いてラインが崩れたら3点目の危険があるからな?此処は我慢の時間帯だ」
「はい…」
時間が残されていなければ一か八かで大人数のプレスもあるだろうが、まだその時ではない。真島は今耐える時、それを乗り越えた時に反撃のチャンスが来るだろうと信じて耐え続ける。
ボールを持つのは月城、高めの位置でボールを受け取り彼も素早くパスを出すかと真島はそちらに備えていた。
「(政宗、すぐ出せ)」
パスを出すと同時に月城は自分の前にある左サイドを小さく指差し、パスを受け取る政宗へと短くジェスチャーで伝える。
そして政宗が月城からのパスを受け取り左サイドのスペースへと蹴り出した。普通ならDFの方が先に追いついてクリアされそうな僅かな空いた場所、だが全国で1、2を争う速さの月城は自慢の足で走ればあっという間に政宗のパスへと詰めていた。
相手の黒川も近づいており、すぐ月城への守備に入る。これに対して月城は黒川の右足へとボールをわざと当て、タッチラインへとボールを出させていた。
線審は真島選手の足に当たりボールが出たと判断し八重葉ボールのスローインという判定だ。位置としては真島のゴール前に近く左タッチラインから投げ込むという形。
『おっと、大城再び上がって来た!これはロングスローか?』
『フェイントかもしれませんが、それでも彼のあの高さを無視は出来ないですよね…』
「あ、村山先輩。俺投げますよー」
「ん?ああ、任せた」
スローインを投げようとしていた村山に月城が声をかけると村山は彼にボールを託し、自らはフィールドへと戻って行った。
ボールを持つと月城は長い助走をとっており、そこから走り出すとボールを地面に付けての前転、珍しいアクロバティックなスローインでスタンドからは驚きの声が上がる。
反動で勢いをつけて月城は真島ゴール前へと高いボールを思いっきり放り込んだ。
『おーっと!1年の月城、これはハンドスプリングスローだ!』
投げ込まれたボールは高く、大城へと向かっている。これにマークする田之上は大城の前に立っており空中戦で競り合おうとしていた。
大城と田之上が同時にジャンプ、先に届いたのは190cmの大城。彼の頭が再び捉える。
ヘディングによってボールは動き、その行方はゴールへと向かわず下へと落としていた。これはシュートではなくポストプレーだ。
その大城が落としたボールへ向かっていたのは派手なスローインを見せたばかりの月城だった。
スローインでハイボールを投げた直後に月城はダッシュを開始、素早くゴール前まで来ていたのだ。その動きは大城にも見えていた。
月城は得意の左足で合わせ迷いなく振り抜くと、左足で捉えたボールはゴール右隅へ飛んでおり田山が飛ぶが彼の伸ばした左手は届かず真島のゴールネットが再び揺れる。
『八重葉、3点目ー!1年の月城、ハンドスプリングスローからゴール前へと自ら詰めて行き大城からのアシストを見事な左足のミドルで決めたー!』
『見事なシュートですね、その前に月城君ああいうスローインが出来たという事に驚きですよ』
3点目となる八重葉のゴールが決まり再び盛り上がる国立、ゴールを決めた月城はテレビカメラの前まで走ってウインクしてペロっと舌を出しながらギャルピースをノリノリでやるゴールパフォーマンスを披露していた。
「はっや…!派手にスローイン投げた後にあんなの追いつくか?」
「普通なら無理そうだけど、月城の並外れたスピードがそれを可能にさせた…多分ね」
月城の速さに間宮は驚いており影山も同じリアクションだ、照皇と村山だけではなく月城の動きにも攻撃の時は気をつけなければならないと再確認する。
「つーきしろ!つーきしろ!」
「はーい、サンキューなー♪」
応援団から自分の名前をコールしてもらって月城は派手に目立ててご満悦の様子で手を振って応える。
スローインやゴールパフォーマンスと派手で目立つのが好きらしい。
「ちっ…アイドル気取りで目立ちやがって、ゴールパフォーマンスといい気に入らねぇ1年坊主だ」
田村は月城を面白く無さそうに睨むように見ていた、彼からすればインターハイで彼に煽られたり怪我をさせられて負傷退場となってしまった因縁の相手だ。
「(3-0…流石にこれ、真島には厳し過ぎるかな)」
まだ時間があるとはいえ此処で八重葉の追加点、3点のリードを奪われている真島。彼らはかなり苦しいなと思いながら弥一はお茶を飲み終え水筒の中身を空にし、試合の行方を見守る。
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