第198話 アディショナルタイムの激闘
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「弥一!弥一!弥一!」
立見の応援団による弥一コールが止まらない、FKのスーパーゴールが飛び出し会場のボルテージは最高潮だ。
弥一はこれに応援団へ陽気に笑ってダブルピースで応えてみせる。
「くそ!やられた!あいつがあんなキックも蹴れるのは聞いとらん!」
ゴールを割られた事に洞山以上に悔しがる想真、弥一は絶対に曲げて狙って来るとなっていたが予想外の無回転シュートを蹴られ押していた立見相手に今大会初失点。
顔を上げると立見のゴールを睨むような目で想真は見る。
「もう攻めるしかないやろ、此処で1点差負けも2点差負けも一緒や。後半が終わる前に立見から1点、これしかあらへん」
「当たり前や!失点はめちゃ悔しい、ただ負けた訳やないわ!もう時間もそんな残されとらんし!」
悔しい気持ちを現す想真とは逆に光輝は冷静、共に2人は攻める事を当然選び勝利をまだ捨ててはいなかった。
光輝がボールを手に持ってダッシュでセンターサークルへ向かいセット、立見も再び各ポジションが戻れば審判の笛によって再開のキックオフ。
この土壇場で得点された最神は最低でも後半の試合中に同点にしなければ最神の準決勝敗退が決まる。
「気を抜くな!すぐ来るぞ!」
得点した直後の失点等が無いように成海は気を引き締めさせる為に皆へと声出しで集中するよう伝えていく。
『立見、神明寺のFKによるゴール。最神にとっては痛恨の失点、此処で終わらない為に最低でも立見から1点を取らなければなりません!』
『最神もこのまま黙ってはいられないでしょうね。この終盤戦ただでは終わらないと思います』
「絶対取り返しぃやー!」
「大阪の意地と底力見せたれーーー!」
「このまま完封やっちゃえ立見ー!」
「守りきれー!」
ビハインドを背負う最神に応援団が声を張り上げて声援を送り、彼らも諦めてはいなかった。
立見の方も桜見の子供達が立見の応援団と共に立見イレブンを懸命に応援していく。
急いで前へ運ばなければと最神は前線へ一気にボールを繋ごうとパスを出す、だが焦っているのかコースは甘い。
柿田から一気に縦へのロングパスを川田が頭で弾き返す。
これを拾った成海がドリブルで前へと運び光輝と山崎が2人がかりで奪いに行く、それに対して成海は右が甘く武蔵へのマークが甘くなっているのに気付き右の武蔵へ得意のノールックから右足のパスが出て武蔵の足元へと飛んで来た。
武蔵へのパスが通ると角岡がすぐ目の前まで迫って来ている、これに武蔵はせめてすぐには取られないようにしようと角岡に対して背を向けてボールをキープ。
「(くっ…この…!)」
「だっ!」
焦ったのか角岡は早くボールを奪おうとして武蔵と激しく競り合っていたが武蔵が倒されて最神ファールのホイッスルが鳴った。
「焦んな!もっと落ち着いて何時も通り行きぃや!」
ベンチに戻らないまま前に出て来ている石神も大きな声で選手へと落ち着くように伝え、指示を出していく。
時間が無くてビハインドを背負った状態、焦らないようにとは頭で分かっていても完璧に落ち着く事は出来ない。これがもう少し早い時間帯だったら最神も落ち着く間はあったかもしれない。
だが時間はもうアディショナルタイムへ入ろうとしていた。
『後半の45分が今経過、アディショナルタイムは…4分!』
最神に与えられた猶予は4分、その時間の攻めを立見が凌げば勝ち。それまでに最神は立見ゴールを奪う事が求められる。
此処で再びボールを持った光輝。この試合何度も華麗なテクニックを魅せている彼がこの土壇場で輝けるか注目されるが、そこに光輝へと左から身体をぶつけに行くのは此処まで守備に戻った優也だ。
「くっ!」
弥一に習った合気道流の当たり、それを優也も実行しており光輝は下からガツンと当てられていた。
だがボールは渡さず右足の踵で後ろへと流して西へと預ける。
西は立見ゴール前へと高いボールを蹴り上げて放り込む。
このハイボールに反応していた大門、「任せろ!」と一声かけながら飛び出して地面を強く蹴り高く飛び、ボールへと両手を伸ばして掴み取る。
そして地面に倒れつつも抱えていてファンブルはしない。
『立見GK大門が前に出てボールをキャッチする事に成功!』
『良いキャッチングですね、此処で最神の流れを断ち切ってマイボールにしたのは大きいですよ!』
「良いぞー!達郎、その調子だー!」
「頑張るのよー」
立見の応援席には重三、立江、更に中華料理店の年配常連客達が今日も応援に駆けつけており孫のサポーターとして声援を送り続ける。
「あ、後…何分!?」
「えー…今48分、アディショナルタイムが4分だから後1分です!」
早く審判に終了の笛を吹いてほしいと願うばかりの幸、摩央に何分か聞けばスマホの時計で時間を確認した彼がそれを伝えれば揃って立見へと残り時間守りきれと目一杯声を出して立見を後押しする。
懸命に攻める最神と守る立見、左サイドを駆け上がる角岡へと光輝から正確無比なパスが送られるも田村が足を出し、パスコースがずれてタッチラインを割れば最神ボールのスローインと線審の判定。
『もう時間はアディショナルタイム僅か…おっと?此処で最神のGK洞山も上がって来た!最神、文字通りの全員攻撃で最後の攻撃に賭ける!』
立見のゴール近くでのスローイン、ロングスローで放り込める距離だ。
これにラストチャンスと見たのか洞山がゴールを放棄して点を奪いに上がってくる、エリア内には入らずゴールからは若干離れていた。
「(背のでっかいあいつがエリアの中に行かない…?外から飛び込んで来る気か?)」
最神の中で一番の長身を誇る洞山、彼のヘディングがあるかもしれないと間宮は警戒。または洞山に注意を向けさせてこっちに放り込んで来る可能性もある。
チーム1の長身、そしてGK。その彼の上がりは注目を集めやすい。現に多くの観客の目だけでなく何人かの立見選手が洞山を見ていた。
そのせいか密かに上がって行く彼には気づいていない。
彼と洞山はアイコンタクトで交わし、共に頷く。互いにやる事は把握している、後は上手くいくかどうかだ。
ボールを持つのは光輝、助走を取っておりロングスローの構えなのは明らかだった。ゴール前には洞山以外の最神の長身選手が揃い、立見も豪山がDFまで戻り高さで対抗出来るようにしていく。
『さあ、三津谷。此処はやはりゴール前へロングスローか?今走り出した!』
助走で勢いを付けて思いっきりボールを放り投げる光輝。
彼が投げた場所はゴール前ではない、そこからやや離れた位置に居る洞山へのスローだ。
「(高い、ボレーは無い…ヘディングもいくらなんでもあそこからじゃ決まらない)」
高いボールを見上げる影山、いくら彼がヘディングに優れていてもエリアの外から頭によるシュートは早々入るものではない。なら頭によるパスで一旦洞山を中継にしてそこから中に居る選手へと送るつもりか。
影山はそう読んで駒田に張り付く。
すると洞山は高く飛び上がってジャンプすれば頭で後ろへと流す、FWや長身選手へのパスではない。
「!!」
そこに間宮、そして影山が気づく。
何時の間にか洞山がバックヘッドで後ろへ流していた位置に洞山が注目を浴びている間密かに上がっていた人物。
最神のリベロを務める想真が飛び上がってこの球に対して左足のジャンピングボレーで合わせようとする姿が見えてしまう。
全てこの為の布石、ゴール前の選手達や上がって来た洞山いずれもが囮。
立見はこれを予想しておらず想真をフリーの状態にしていた。
後はこのボールに足で合わせてゴールへと撃つだけだ。
「間に合ったー!」
「!!」
左足でジャンピングボレー、想真の足がボールを捉えようとしたその刹那だった。
それよりも早く弥一の左足が球を蹴り出していてボールは最神側へと目指して飛び立つ。
撃つはずだった想真のシュート、だが弥一が先に蹴り出した事によって足は何も捉えられず想真はそのまま地面へと落下して倒れた。
最後の最後、想真によるトリックプレーを心で読んで見破った弥一。
想真のシュートを阻止したその瞬間に審判の笛は此処で鳴り響いた。
『試合終了ー!立見、虎の子の一点を最後まで守りきり1ー0!創部2年の部が選手権の決勝にまで勝ち上がりました!!』
「ま、守った…勝ったー!」
「決勝だー!」
勝利が決まった瞬間、立見の選手達はそれぞれ喜び、立見の応援席からも歓喜の輪が広がっていく。
初めての選手権で決勝進出、これが盛り上がらない訳がなかった。創部から2年での決勝進出、選手権出場だけでも充分な快挙だが立見によって高校サッカーの新たな歴史が次々と刻まれている。
「弥一!やったな!優也もよく守って走ったよ!」
「お前も、よく守ってくれたよ」
「もう皆よくやったって事で、やったー!だよー!」
ゴールを離れて大門は弥一と優也の元へと駆け寄り3人で共にこの勝利を喜び、それぞれの活躍を労う。
「立見が、立見が勝った!決勝よ!?これ凄くない!?」
「は、はい~…!」
「凄いですよ立見~!」
幸が勝利の興奮から摩央の肩をガクガク揺らし、摩央は揺らされつつも立見の勝利を嬉しく思い彩夏もマイペースに喜んでいた。
密かに京子は右拳を小さく握り締める。
まだ戦いは終わってない、だが初の全国決勝進出は立見にとって快挙である事に変わりは無いので小さく喜んでおく。
「うああ~~~ん!負げでもうだ~~~!」
普段強気な顔と共にプレーも大胆にして高度な最神を1年生で率いる美少年はフィールド上、敗北が決まった瞬間に仰向けで倒れて空を見上げた状態で大泣きしていた。
想真の今の姿は先程までの彼とはかけ離れた姿、これを見せるのはインターハイで敗退した時以来だ。
「今回はこいつ泣かせんよう頑張ったんやけどなぁ…あかんかったな今年も」
「…面目ないです」
「何謝っとんねん、お前らようやったやろ」
今回で高校サッカー最後の大会となる洞山、高校最後の試合にしてしまった事に光輝は頭を下げて謝り他の後輩達も同じように謝り、それぞれが想真程ではないが涙を見せていた。
「兄ぢゃんに代わっでぢょうで…とろおもっどっだのに…!だげざんばで負がじでもうで~!」
「泣きすぎやって、ちゃんと喋れてへんで」
立ち上がった後も子供のように泣きじゃくる想真の頭を軽くぽんぽんと撫で、労う洞山。彼の言わんとしている事は伝わっていた。
「(悔し涙流す奴程よう伸びる…あいつはよう泣くから更に伸びる、いや伸ばしてやらんとな)」
フィールドの想真や部員達の姿を見て石神はフッと口元に笑みを浮かべる。
彼らがまだまだ伸びる、それを指導者として伸ばせる所まで伸ばしてやろうと改めて誓ったのだった。
立見1ー0最神
神明寺1
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます