第197話 極限まで高めた集中力から繰り出される渾身のシュート


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 初失点の決定的なピンチを想真のファインプレーで凌いだ最神は勢いに乗って立見ゴールへと迫る。


 これに最神応援団の声援による後押しも加わりペースは傾いていた。



 最神の右サイド、西が光輝から出されたスルーパスへと走り翔馬が西との勝負となって彼がボールへ追いつく前にかろうじて蹴り出してタッチラインへと逃れる。



「ロングスロー来るよー」


 弥一の声がした後にその通り最神は山崎が勢いよくロングスローを放り込み幹本を狙うが、間宮がこれをヘディングでクリア。


 その溢れ球に光輝が詰めるが影山が追いつき前へと大きくボールを蹴った、豪山へと高い球が来てこれを頭で落として成海が受け取る3年同士のアイコンタクトによって最神に連続攻撃を許さず体を張ってボールキープしていく。



 こうした時間稼ぎのような事をして守備陣に息継ぎをさせて助けるぐらいしか出来ておらずシュート数は立見が後半は優也の惜しいシュート1本撃っていて最神の方はミドルを何本か撃っている、いずれもDFのブロックや大門のセーブによって今の所は防げていた。




『最神ここも再び三津谷がボールを持ち、攻めに出る!再び驚異のドリブル突破が炸裂か!?』


 立見にとって厄介な存在である中盤の光輝、繰り出されるパスに個人技が何度か立見ゴールを脅かしており此処もまた仕掛けて行くのかと観客の注目を浴びていた。



 光輝に対して優也が戻ってしつこく詰め、足を出してボールを奪いに行き光輝は奪われまいとキープするがその結果速攻をかけられなくなっていく。


 奪えないが結果として相手の攻撃を遅らせる優也の守備が立見にとって大きな助けとなり、最神の攻撃を凌ぎ続ける。




「岡本君、相当疲れてるから上村君。此処で交代」


「はい!」


 アップをして準備を整えてきた武蔵、京子から交代を告げられればユニフォーム姿となって交代の準備を進めていた。


 悪い流れを此処で断ち切って再び流れを立見に引き戻したい所だ。



『立見、此処で選手交代。岡本に代わって上村が入ります』


『守備に追われて岡本君かなり動いて疲れてましたからね』



 かなりスタミナを消耗し動きが鈍くなった岡本を此処で下げて武蔵を此処で投入の立見。


 しかしそう都合良く流れをすぐには変えられず、流れは最神だ。



「おーっと!」


 それでも弥一がパスを読んで得意のインターセプトで攻撃の芽を摘んだりと決定的なチャンスを相手に作らせない、弥一だけでなく他の守備陣も奮闘し攻撃を遮る壁となり最神の攻めを弾き返し続けている。




「左来てるよ左ー!おー、翔馬ナイスブロックー♪」


 後ろから声を出し続け、指示を送ったり味方のナイスプレーを褒めて声でも弥一は守備を支えていく。




「(くっそぉ…しつこい奴らだなぁ…全然ゴール出来ない)」


 意表を突くシュートをブロックされた最神の選手が心で中々ゴールを奪えない事に段々と焦りが出始める、此処でゴール出来なければまた流れは立見に傾いてしまうかもしれない。


 その上延長戦も入る可能性が少しずつ出始めていた、流れが良い内にゴールを奪えると思っていた最神だが立見の守備を未だ突破する事が出来ず時間ばかりが過ぎて行く。



 守っている立見だけが苦しい訳ではない、攻めている最神もまた苦しく焦りが出て来た。



「相手さん苦しくてイライラして焦ってるよー!僕らは焦らずじっくり守ってこー♪」


 心で相手が焦っている事を読んだ弥一は落ち着いて守るようにと周囲へ伝え、正念場となる時間帯を耐えて凌ぐ。







「ああ、危ない!あ、良かった守ったぁ~」


 立見のベンチでは幸が立見のピンチになりかける度にリアクションし、ベンチに居る者の中で一番動きが多かった。


 何度も最神の攻撃を止め続ける立見、この分だと彼女はまだハラハラする事になるかもしれない。


「さっきとかオフサイドになって助かったけどあんな攻め込まれたら、何時失点するのか…!」


 幸ではないが摩央も見ていて万が一の失点がありそうと攻め込まれる立見にそんな感想を言いつつも止めろ!凌げ!と内心で応援し続ける。


「サッカーは何が起こるか分からない、圧倒的に攻め込まれていてもたった1度の攻撃で得点が生まれ試合を決めたゲームもあった。攻めている方に必ず勝利がもたらされるとは限らないから」


 打てる手は打った、後はフィールドの選手達に託して見守るしかない。京子は傍に置かれた立見の6番のユニフォームを左手で小さくキュッと握り締めつつ試合の行方を見る。







 再びボールを持つ光輝、またも彼のドリブルが此処で冴えるかという場面で川田相手に再び突破を狙う。川田の頭上を超えるループを蹴り、彼の横を通り過ぎてボールに追いつこうとしていた。


「(何度も好きにさせるか!)」


 しかしこれに追いついたのは光輝ではなく影山が先、光輝のループを読んでおり詰めていてボールを蹴り出す。



 左のタッチラインを割りそうになる球に優也が追いかけて拾うとラインは出ておらずプレーは続行、これに前を向いて優也は突き進みハーフウェーラインを超えて最神のエリアへと突入する。


「ファールでもなんでもええから止めろー!」


 想真からの声が飛び、ドリブルで突き進む優也に山崎、柿田の2人がかりで迫る。


 これに優也は2人の間に僅かなスペースがある事に気付きボールを間に蹴って通すと共に自らもスピードを上げて追いつかんとしていた。


 此処を行かれたら不味いと柿田が足を出すと優也はその足で転ばされ倒れる。



 ピィーーー



「ファール、最神!」


 近距離で見ていた主審が即座に笛を鳴らし柿田の反則を取ると胸ポケットからカードを取り出す、黄色いカード。


 柿田にイエローカードが出された。


『歳児が影山のクリアしたボールを受け、そのままドリブル突破!これにたまらず柿田がファール!イエローカードが出されました』


『優也君は、立ち上がりましたね。平気そうです』



 ゴールからは30mあるかないかという距離、位置は左サイド寄り。洞山の指示で壁は作られ、最神のエリア内には豪山が向かい最神も連続ゴールを決めている豪山を無視するような事はせず警戒を怠らない。



『これを蹴るのは成海でしょうか?ボールの近くに立ち…あ、神明寺が近づいて来た!』


『来ましたね、彼から繰り出されるマジシャンのようなキックは今日何が飛び出すのか期待させられますよ』



「来たで神明寺、あいつ来るんやったらカミソリみたいに鋭く曲がるカーブ。またはその裏ついてゴール前のでっかい誰かの頭に合わせるかやろ」


「ありえんぐらい曲がるからゴール外れる思っても油断したらアカンでタケさん」


「分かっとるわ、それよりお前らもっとしっかりくっつけー!隙間開けんな!」


 弥一が成海と共にボールの傍に立つのを見た想真達は弥一の鋭く曲がるキックを強く警戒している、それで何度かゴールを決めているのを動画で見ており今回もそれで来るかもしれない、そう彼らは考えていた。



 壁はしっかりとくっつけば立ち塞がる壁となり弥一と成海の前に現れる。


 立見からすれば2つの壁があった。


 目の前に作られた人の壁、その奥に居る最神ゴールを守る関西No1GK洞山の壁。


 これを超えない限り立見は決勝の舞台に立つ事は出来ない。





「此処、僕行きます」


「分かった、じゃあ惑わす動きは…」



 成海が弥一と打ち合わせをし、キックは弥一が蹴るとなって成海はフェイクでどう惑わせようか相談しようとしていたが言葉は途中で止まる。



 壁を、ゴールを見据える弥一。


 その目、周囲に纏う雰囲気は明らかに普段と違う。成海はその姿を見て話しかける事が出来なかった。


 今の弥一に成海の姿、声は届かず国立の声援にも動じない。驚異的な集中力を持ってゴールの一点だけを見ている。



 並の集中力ではない。


 近距離に居て彼の持つ気に思わず後ずさりしたくなる、それ程の迫力が集中力を極限まで上げる今の弥一にはあった。



 この状況でどんなボールを蹴るのか、成海はゴクッと喉を鳴らし見守る。




「(なんや、あんなゴールにガン飛ばして…そんな顔してもお前は曲げて来るんやろ?カミソリみたいに鋭く!)」


 ゴールを睨むように見える弥一の目を想真は見ていた、弥一のキックは分かっている。


 鋭く曲がる事は洞山も知っていて対応してくるはず、落ち着いて対応すれば彼の実力なら止めてくれるだろうと。






 立見のFK、弥一は短い助走からのステップで右足の甲でボールを捉える。


 右足のインステップキック、何時もと違うのは押し出すような蹴り方で蹴っていてボールを飛ばしていた。



 コースは壁の横ではなく壁の人間の頭と頭の間、僅かに出来た隙間を球が通り壁を超えて真っ直ぐゴールへ向かって飛んで行く。



 鋭く曲げて来る、そう思っていた洞山だが全く曲がって行かない。


「(!回転が…!)」



 弥一の蹴ったボールは全く回転が無いまま飛んでいる事に洞山は気付き、飛んで行く方向へと構えた。


 だがその時に球はブレていくと思えば急に予測しない方へと不規則に変わり落ちていく。


「うおっ!」


 関西No1と言われる名手でもこれを完璧に対応は出来ず、右腕を伸ばすがボールはその下を通過していきゴールネットへと入っていった。







 このFKが決まった瞬間、国立はこの日一番の大歓声に包まれて弥一は四方八方からの歓声によるシャワーを浴びる事となる。



『入ったぁぁー!神明寺弥一、超絶なカーブキックを得意としてましたが全く曲げずに直接ゴールへと叩き込み今大会無失点の最神から得点だー!!』


『これ、無回転じゃないですか!?プロでも蹴れる人はそこまでいないですよ!こんなマジックは想定外です!』





「やったーーー!大成功ーーー♪」


 弥一はシュートが決まった瞬間右腕を高く突き上げながら飛び上がって喜び、その弥一に立見イレブンが駆け寄って行く。一方の最神イレブンはまさかの無回転シュートに呆然となっていた。


 曲げて来る曲げて来るとなって急に曲げずの無回転、弥一に対してそのイメージが強くあり備えていたら急にど真ん中を放り込まれて更に球がブレてしまう。

 彼らにとってこれ以上無いぐらいに対応が困難だ。



 散々攻め込まれていた立見が弥一のFKによる一撃で最神の無失点記録をストップさせ、貴重な先制ゴールをもたらした。

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