第176話 意地の猛攻と懸命の守備
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
後半に琴峯は良いリズムで攻撃を奏でて来ている、森川のチャンスと思われたシュートを大門がダイビングキャッチするというビッグセーブによって得点はならなかったが流れは傾いていた。
中盤で成海に対して3人で囲む厳しいマーク、これに成海はキープしきれずボールを奪われ琴峯の速攻。
前半のようなロングボールは使わないで森川や巻鷹を経由しての攻撃が目立ち、エースに頼ってばかりじゃないと言わんばかりに室無しで攻めていた。
それに対して立見の方も懸命に守り続ける。
「(コースは此処か!)」
巻鷹と互角の走り合いを此処まで展開し、彼のクロスを許したりした優也だがパサーの出してくるパスコースを読んで此処にボールが来るとサイドの直線をそれまで主に走っていたプレーから切り替え、ボールへと向かって飛び込んで行く。
相手を徹底マークするという守備の役割、優也は此処に来て守備技術が向上していた。
巻鷹へと出されたパスをカットする姿がそれを証明しており琴峯のチャンスを潰している。
『このスルーパスをインターセプトー!珍しく前半から此処までフル出場の歳児、今日は攻撃ではなく守備で活躍!』
『FWだけでなくこういう徹底マークで封じる仕事まで出来るとは万能ですね彼』
「優也ナイスカットー!(本当上手くなってるなぁ)」
優也のプレーを褒めつつ、弥一は彼が目を見張る程に上手くなってると思った。
前から努力家である事は知っていたが知らない間に守備も向上しているのは正直驚きだ、弥一は彼に守備技術を教えた覚えは無く優也が自分で学び磨いたのだろう。
豪山と違って得点する事には拘らず立見勝利の為なら何時もとは違う守備も献身的に行う。
そして今まで途中出場で目立っていなかったがスピードと同時にスタミナが優れている優也、後半戦になっても彼の運動量はほとんど衰えない。
後半しか出てなかったのはスタミナ不足だからと思う者も多数居たが今日の試合を見てその考えは覆される。
「(立見の守備が…崩れない…!)」
再三チャレンジして仕掛け続けてきた森川、少し息切れを起こしており額の汗をユニフォームの袖でぐいっと拭いて前を見れば前方には立見の守備陣。
元々立見の守備は2年の間宮、影山、田村を中心としたDF陣が要と聞いていたがそこに1年の弥一、川田、翔馬、更にこの試合に限っては優也も守備に参加しており1年と2年によって構成された守備は何度も琴峯の攻撃を跳ね返している。
監督からは室の高さに頼り過ぎだと指摘され、この後半は室に頼らない攻撃パターンを実行したがいずれもゴールには至っていない。
自分達の時間帯の間に最低でも追いついておきたい所だが時間が経つばかりでスコアに変動なく1ー0のままだ。
「(結局此処は室に頼るしかないんじゃないか?もう時間も無いし迷ってる暇も無い!)」
室に頼り過ぎ、ワンパターンと言われる時があった。
しかし分かっていても止められない、その力を、圧倒的な高さを室は兼ね備えている。
「室に集めろ!」
ワンパターンと言われようが構わない、勝てれば良い。この試合で負ければ今回の選手権はもう終わってしまう。
だったら悔いなくやってやろうと森川は決意を新たに声を上げて指示を飛ばす。
「うおっ!」
再び室へと高いボールが上がり、室はそこへと目掛けて地を蹴り飛びにかかる。
その室に対して弥一は容赦無く室の意識が飛ぶ事に集中するタイミングで身体をぶつけに行く、彼が此処で飛ぶというタイミングは心でお見通しだ。
これにより室はまたしてもジャンプを狂わされてヘディングで合わせる事が出来ず、ボールは間宮が頭でクリアして弾き出した。
「(くっそぉ!まだまだ!)」
ボールはタッチラインを割っており巻鷹がすぐボールを取りに行き、手に持つと視線は室の方に向いている。
『琴峯、巻鷹がボールを放り込む!これはロングスローだ!』
ゴール前にロングスローを高く上げて室の頭に合わせるようにする。
「(此処は、森川先輩に!)」
室は前へと走って来る森川の動きを見ていた、このロングスローを頭で落とし森川の足元に合わせる。頭で描かれたイメージは整い飛び、今度は思うように飛べた。
弥一の邪魔は無い、室は頭で森川の走り込む方へとこのハイボールを落とす。
だがこのボールを受け取ったのは森川ではなかった。
「やっぱ良いポストだねー♪」
「!?」
室のポストプレーを読んで出される方向へ先回りし、頭で落としたボールをインターセプトしていた弥一。これに室は驚愕する。
「(何度来ても通す気は無いけど!)」
頭で正確に落とす室、ただ高いだけでなくコントロールも良い。DFまで回ったりと本来のFWだけでない仕事でも活躍する所は優也と似ている。
ただ凄い事は認めるが彼に、琴峯に1点を献上する気など弥一には全く無い。
「敵さん必死になってるよー!向こうの意地の猛攻通しちゃ駄目だよー!」
「分かってるって!」
周囲への声がけを怠らず弥一は琴峯の猛攻を注意と伝え、田村がその声に反応し返事を返していた。
『琴峯の猛攻!しかし立見も守る!後半のシュート数は琴峯が上回っているがまだ得点出来ない!後半もうアディショナルタイム…おっと、7分の表示が出たぞ!』
『7分ですか、中々長く来ましたね今回は!』
「まだ7分あるぞ!行ける行けるー!」
アディショナルタイムの時間を確認した琴峯のGK近藤は後ろから大声で伝え、この時間は間違いなく追い風となり琴峯に勢いをもたらしてくれる物。
これを活かさない手はない。
「(長いよー!)」
あまり試合の中断無かったのに何で7分も時間を取るのか納得行かず内心で不満な弥一、だが一度表示されたものを長いと言って短くしてくれるはずもない。
7分だろうが10分だろうが最後まで戦い続けて勝つしかなかった。
「川田チャレンジ!草太カバー!」
間宮は相手をマークしつつ川田へとプレスをかけに行くよう指示、更に田村はそのサポートに向かう。
この連携により琴峯を好きにはさせず川田は相手がこぼしたボールを力一杯蹴り出して遠くへとクリア、時間をこれで稼ぐ。
「(後ろがあんだけ頑張ってんだ、少しでも楽させる為にも…!)」
豪山が前線でボールをキープ。琴峯にすぐには奪わせず出来る限り守備陣が陣形を整えられる時間を作っていく。
「(時間は…!?)」
巻鷹は焦りつつも時計の方をチラッと見る、7分の時間を取っているが攻守で立見が奮闘しており思うような反撃が出来ず時間は過ぎて行く。
「こっちだー!」
手を上げながら走りボールを要求。これに森川は高い浮き球のスルーパスを出して巻鷹がそれに迫り、マークする優也も追いかけていた。
優也が追ってくるのは分かっている、コーナー付近まで来てボールを取った巻鷹に優也が迫る。
すると巻鷹はクロスを上げずに優也の足へと軽くボールを当てて弾かせ、ゴールラインを割らせた。
これに線審は琴峯のコーナーキックという判定。
強引にクロスは上げず、確実にセットプレーの方を取りに行った相手を利用した巻鷹のプレーだ。
『後半アディショナルタイム、琴峯コーナーキックのチャンス!最後のチャンスと判断したかGKの近藤まで上がって来た!』
敵味方が立見エリア内に入り混じる中でGKの近藤までそこに参加し入って来る、リードされているチームのGKが最後に追いつく為にセットプレーへ参加するというのは現代サッカーにおいて珍しい事ではない。
室ほどとは行かないが近藤も185cmを超える長身なのでこのコーナーキックでは攻撃で活きる可能性充分だ。
キッカーはプレースキックに定評ある琴峯キャプテンの森川。
文字通りの全員攻撃の琴峯、それを守ろうと立見も長身の豪山がDFまで戻り守備に参加する。こちらも全員守備の構えだ。
そして森川が右手を上げると蹴る合図をし、コーナーキックで試合が再開された。
右足で高く正確に蹴られたボール。そこに合わせるのは室、勢い良く飛んだ彼のジャンプは周囲の選手よりも高く飛んでおり何者も高さで彼には届かない。
ただ1人を除いては。
室が今度こそ頭で合わせて豪快にヘディングシュートを叩きつける、そのはずが飛び出していた大門の両手が室よりも高く先にボールへと届いており掴み取っていた。
大門の鍛え上げてきた長所である跳躍力、それは自分を超える長身の室にも負けていない。
そして地面へと落ちればファンブルしないようしっかりとボールを抱え込み、大門は混戦の中でキープ。
「取ったー!?」
大門と入れ替わる形で弥一は空いていたゴールマウスの前に立っており、ボールをその大きな身体で覆っているであろう彼へと声をかける。
その声に応えるかのように大門は弥一へと右手で親指を立てれば左手にはしっかりと球を抱えていた。
直後に審判によって試合終了の笛が吹かれ、室に一度もまともにシュートさせず最後の猛攻を凌ぎ切った立見の守り勝ちが決定すると勝利を掴み取った大門は弥一とハイタッチを交わし勝利を共に喜んだ。
スタンドから試合を見守っていた野田はその光景を目に焼き付けるように見ており友の勝利を祝福。
その周囲では少年少女による大門コールが流れていた。
立見1ー0琴峯
豪山1
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