第175話 誇れる友
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
琴峯はリードされている。
1点を追いかける展開なら彼らの選択肢は一つ、猛攻を仕掛け続けて鉄壁を誇る立見ゴールをこじ開ける事だ。ボールを取ればすぐに速攻、室の頭は読まれてると監督から指摘があったのでそれ以外のパターンを織り交ぜて攻めに出る。
という後半のプランのはずだが彼らは思うようにそれを実行する事が出来ずにいた。
立見が攻撃を凌ぎ、そのボールをすぐに琴峯が取って連続攻撃へ行こうとする。
『豪山激しい当たりにも負けずにキープ!強い!』
前線で豪山が身体を張り、DFがぶつかりに来てもボールを零さずキープ。琴峯は豪山からボールを奪うのに時間を費やしている。
「ゴールを決めて本当に調子上がってるのかも、豪山君元々競り合い強かったけど全国のDF相手にも負けてないよ」
「いえ、先生。それはおそらく正座によって体幹が良くなったものかと思われます」
豪山が好調で得点決めた影響が普段のプレーをより向上させたのかと幸は思い口にしたがベンチで彼女の隣に座る京子はそうではないと静かに言う。
立見は選手権開幕までの1ヶ月、輝咲による合気道の指導を受けてきた。
その中で合気道による稽古と事前に行われる正座、その効果が出ていたのだ。
「合気道については疎く私も調べました、合気道をやっていると姿勢が良くなり体幹が鍛えられる。正しい姿勢をキープというので体幹の向上、インナーマッスルの強化に繋がり正座もその効果が期待されると」
「うーん、確かに私も始めたりしたけど身体の調子が始める前より良かったりするね。その体幹が鍛えられてるおかげかな?」
「体幹が鍛えられる、サッカーにおいては力強いシュートなど効果的に行えるようになりますからね。前半で決めた彼のゴールはそれが分かりやすく現れたと思われます」
日々の合気道の稽古と正座、サッカーとは無縁のように思えた事が繋がっており豪山だけでなく立見全体のチーム力が増していた。
初戦では翔馬が相手エースに競り勝ち自由にさせなかったりと姿勢や態勢で選手達は力を発揮。
強豪校は主に練習量、更に戦術システム理解を深めたりボールを扱って本番を想定した練習を行う事が多く、立見のようなサッカーの練習を削って合気道などの武道に使うというのは同じ東京どころか全国でも中々無くて、もしかしたら皆無かもしれない。
姿勢によって体幹が鍛えられ、身体が力をより引き出しやすくなりボールに力が伝わりやすい。更に疲れ難い身体になる事にも繋がりスタミナ向上の効果もある。
「皆文句言わずに取り組んで一生懸命練習してくれたね、サッカーと何も関係ねーだろとか言って反発ありそうかと不安は正直あったけど…」
「それに関しては元々合気道の経験があった彼が散々活躍を見せていたので彼に実力で近づけるとなって反対は起こらなかったのでしょう」
幸との会話の中、京子の視線は相手エース室をマークする弥一へと向いている。
この試合では今までの相手の中で最も身長差ある室を此処まで抑えており、室にとって嫌なタイミングでのアタックをしつこく続けて本来のプレーをさせていなかった。
合気道を元々やっていた弥一があそこまでやれるのなら自分達も習えば行けるかもしれない、小柄な天才に並べる可能性を感じたからこそ部員達は真剣に取り組んだのかもしれない。
「相手の琴峯、なんか全然反撃出来てないねー」
「というか連続攻撃が出来てないんだよな。ほら、1回は攻撃出来てるけど次の攻撃まで間が空いちゃってるからDFはその間に陣形整えられたり息継ぎ出来たりするし」
「これもFWとか前の選手が前線で粘ってくれるおかげだよね、それで時間稼ぎ出来てて琴峯にとっては凄い嫌な展開だと思うよ」
見ている側からすれば決定的チャンスが中々無くてスコアに動きが無い退屈な試合展開。
だが全国制覇している桜見の小学生プレーヤーから見ればどうしてそうなっているのかは理解しており、自分達のサッカー向上の為もありしっかりと見ていた。
「(こういう観察も大事なんだよな、自分を鍛えるのも良いけど相手を知る事もまたトレーニング…)」
自分よりも年下の小学生がそれぞれ観察するように試合を見ている、その姿勢に野田は改めて学ぶ所があった。
他のプレーヤーを見る事も自らのレベルアップに繋がっていく、特に全国レベルのプレーヤーともなれば参考になる事は多くあるだろう。
「あ、危ないー!」
「!」
桜見の子の叫ぶような声に野田はハッと気付くとフィールドでは琴峯のキャプテン森川から右サイドへスルーパスが出され、巻鷹と優也が走りコーナーへと転がるボールを目指して両チームの誇るスピードスターが追いかけていた。
そのボールに先に追いついたのは巻鷹、優也がクロス阻止に向かう前に右足で高いクロスを上げる。奥の方には室の姿。
再び室は高く飛ぶ、彼からすれば今度こそ決めてやろうという気持ちは強い。
そう思う室に対して立ち塞がったのは弥一以外の人物、それも室と同じぐらいの高さまで飛ぶ程の者だった。
「大門…!」
スタンドの野田がその名を呼ぶと同時に室と共に大門はジャンプ。
室の頭が届く前に右拳によるパンチングが届きボールは弾かれる、ゴールから飛び出していた大門がこれを阻止。
「!」
弾かれたボールの行方、その先に居る人物が弥一には見えた。
「大門!まだ来る!」
弥一の声が聞こえると大門はすぐ立ち上がる。
ボールに迫るのは琴峯キャプテン森川、彼は大門がゴールから離れ立見のゴールマウスが空いている事に気づけば右足を振り抜きゴール左を狙った。
蹴られたボールは勢い良く狙い通りの方向に飛び、森川も内心で「行ける!」と良いシュートを確信する。
「っ!」
これに大門は地を蹴ってゴール左に飛ぶシュートへとダイブ、その跳躍力と彼のリーチはボールに届かせ両手でボールを掴み取る事に成功していた。
『立見GK大門、なんとこのシュートをダイビングキャッチー!パンチングで飛び出していた所に森川のシュートとGKにとってかなり厳しい攻撃でしたが見事なビックセーブ!!』
「良いよ良いよ大門ナイスセービングー♪」
「弥一が声かけてくれたおかげでなんとか対応出来たよ!」
弥一は明るい笑顔で大門のセーブを褒め、その大門は弥一のおかげと返しつつパントキックで遠く前線へと蹴り出していた。
「やったー!大門お兄さん止めてくれたー!」
「良いぞー!大門ー!」
大門の好セーブによって桜見の小学生達は皆が喜び揃って大門へと元気よく声援を送る。
「(昔からあいつのリーチや跳躍力がシュートを止めてピンチを救ってくれていた、それはこの立見でもそうなんだな)」
彼のプレーを見ていて中学時代共にプレーしていた時を野田は思い出す。
あの時も大門は今のようにシュートを止めてチームを救っていたが自分達の時は彼を勝たせる事が最後まで出来なかった、本当なら彼はもっと大きな所で活躍出来るポテンシャルを持っていたのだが、それを見せつける事が出来ず野田の中で悔いが残ったままだった。
その彼が全国の舞台で注目されている新鋭チームのゴールを守っていて、全国で彼が守るその姿が野田には嬉しく思える。
「ナイスセーブ大門ー!!」
野田は桜見の小学生に負けじと声を張り上げて友へと精一杯の声援を送る。
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