第164話 柔よく剛を制す


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「ショルダーチャージとか当たる時どうしてる?」


 そんな疑問を弥一が投げたのは選手権から一ヶ月程前の立見グラウンドでの事だった。


「当たる時って言ったらそれはまあ、こうだよな」


 そう言う武蔵と優也が横に並び立つとその場で互いに軽く肩からぶつかる、その際に脇を締めておりこれが普段やってるぶつかり合いだ。


「それ弱いね」


「え?」


 弥一から弱いとハッキリ言われ、武蔵が何故と問われる前に弥一は話を続ける。


「実はちょっと腕を使えば今日からあなたもごっつい相手に競り勝てるプレーヤーになれちゃうんだよねー、勿論練習積み重ね前提ね?」


「腕を?どう使うんだ?」


「こうだよ、手の小指を外側に向けるように回しておく。そうするとー…実際やった方が分かり易いから川田ちょっと此処立ってー」


「ん?ああ」


 川田を左隣に立たせ、弥一は左腕の小指を外側に向けるように返す。


「ちゃんと踏ん張っててよ?」


「分かった」


 そして弥一は川田とぶつかり合う、その結果は皆が驚く物となっていた。



 弥一が川田に競り勝ってどんどんと横から奥へと押し込んで行っているのだ、川田は踏ん張りが聞かず押されてしまっている。


「おいおいおい、どうなってんだ!?川田、お前手抜いてないよな!?」


「ほ、本気で踏ん張りましたよ!でも何か強くて…」


 間宮が川田の手抜きを疑ったが川田の方は本気で踏ん張っていた、だがそれでも弥一に競り負ける。これに間宮は納得出来ず前へと進み出る。


「今度は俺が相手だ」


「良いですよー、なんだったら間宮先輩から強く仕掛けに来てくださいねー」


 間宮は間違っても弥一に対して華を持たせる等そういった事はしない、良い格好はさせないと間宮は弥一へと肩から本気でぶつかりに行った。



「うおお!?」


 これに弥一が吹っ飛ぶはずだったのが弥一は吹き飛ばず逆に強く当たりに行った間宮の方がバランスを崩してしまう。これに部員達の間にどよめきが起こっていた。


「今どうなったんだ!?」


「今のは合気道で言ういなしですねー、ぶつかられた瞬間に肩の向きを変えたり肩甲骨を動かして力を逃がしたりとかで。これは合気道の呼吸覚えるまで稽古重ねないとそうは出来ない事ですけどね」


 ぶつかられた弥一は何も無かったかのようにスラスラと説明を続けている。間宮からぶつかられた影響は全く無さそうだった。


「とりあえず覚えやすいのは最初の手の返しの方だから、皆まずはそっちからやってみよっかー。じゃあ川田改めて此処来てー」


「あ、ああ」


 再び弥一は川田を呼んで隣へと立たせ、部員達の前で指導を続ける。


「こうやって片手を返し、小指を外側に向ける。こうすると構造上この片腕は強い状態になるんだよねー、でもこうするだけで競り合い勝てるって訳じゃない」


 左腕を川田へと斜め下に向けるように出して腕をくるっと返し小指を外側へと向けさせる、弥一がやっていた事を部員達もやってみるとその腕が通常より張っているような感覚がそれぞれ伝わって来た。


「胸を張って身体は開いた状態にして、下半身を沈み込ませる。縮こまったり下の重心が不安定だったりすると体格あってパワーある相手にすぐ吹き飛ばされちゃうからー」


 弥一は川田と並び、左腕を出しながら胸を張り、そして川田の下からそのまま再びぶつかる。


「おわぁ!?」


 予想外の強い力が伝わって来て川田は先程のように弥一に押されてしまっていた、普通ならば180cmを超える川田の体格と150cm程しか無い弥一の体格では勝負にならず小さく軽い方がぶつかり合いでは負けてしまう。


 だがそれを体の構造、そして使い方次第で力の差を逆転させる。


 相手の力を逃がしたり返す合気道ならではだ。


「つまりこれ、常にこんな感じでやった方が相手に競り負けないって事か?」


「80分や90分常にそれやれって訳じゃないよー、僕もやらないし。そもそも流石に相手もこんな状態なのずっと見てたらおかしいと感じて警戒する。常にそうやってガツン!じゃなくて理想はヌルッとガツン!だねー」


 武蔵は弥一の構えを見よう見まねでその場でやりながら問いかける、常にこの方が強いのかと問われれば弥一は首を横に振る。


 相手が近づいて来て競り合いになる、そうなった時にこの動きが反射的に出来ればそれが理想であると。


「とりあえず僕ばっかり実演するのもなんだし、翔馬こっち来てー」


「え?僕?」


 弥一は翔馬へと手招き、やってきた翔馬は川田と並んで立つ。弥一程の差は無いにしても2人の身長差は20cm程はある、体格差もあってこれも普通に当たれば体格で勝る川田が勝つ事は間違い無いはずだ。



「まずは軽く普通に当たってみて」


 弥一がそう言うと翔馬は川田へと肩から軽くぶつかりに行く、体格差通り川田は翔馬のタックルに対してびくともしない。


「そこに腕を返して胸を張って沈めるように下から相手を浮き上がらせるようなイメージで当たりに行くー」


 先程やった弥一のやった合気道のやり方を翔馬が頭で思い出しながら言われた通りの態勢を取り、改めて川田へとぶつかる。



「っと…!」


 するとさっきは微動だにしなかった川田の身体は少し後退、弥一と比べて合気道の技をまだ習得していない翔馬でも身体の使い方次第でこれだ。


 この結果に部員達は皆驚いている。


「いいね、翔馬それ良い感じー!習いたてでそれなら上出来上出来♪」



「さっきの間宮先輩の時みたいないなし技はどうするんだ?」


 手を叩き喜ぶ弥一に優也は間宮とのぶつかり合いの時に弥一が力をいなした技について覚えようと思って問いかける。


 自分からぶつかりに行くだけではない、特に優也のような前線の選手となれば相手が容赦なくガンガンぶつかって来る事が予想されるので合気道のいなしを覚えればかなり使える可能性があるからだ。


「あれに関してはあえて上半身で受けちゃってるから、下半身は力を入れて重心しっかりして上半身はもう脱力。ただいなしについては初心者だと簡単じゃないよ。相手との間合いやタイミングあるし、さっきも言ったけど間宮先輩との時は合気道の稽古積み重ねたからこそ出来た事だし」


 力を逃がす、いなし技については簡単ではないと弥一は語る。相手とのぶつかり合いでタイミング良く実行出来なければ失敗して吹っ飛ばされ力負けしてしまう諸刃の剣のような要素があった。


「それに今教えた事も実戦じゃ相手も自分も動くっていう状況でやらないといけない、このテクニック覚えてそれで勝てるかどうかはこれから先の皆の努力次第だよ」


 本番では敵味方共に動き回るフィールド、今のような止まった状態での競り合いはセットプレーでも無ければ早々無い事だ。


 活用するなら選手権が行われるその時まで各々努力を重ねて磨きをかけなければならない、弥一や輝咲のような達人レベルとまでは行かずとも1人前ぐらいには上達しないと難しい事が予測される。



 そして弥一が教えた技を実際フィールドで動き回り、そのテクニックの練習を行っていた。いなし技に関しては難しいが腕の使い方、下半身の重心、そこから相手を浮き上がらせる感じで下からぶつかりに行く事についてはそれぞれ上達を見せる。



 それが本番の選手権で特に合気道の素質が感じられた翔馬が相手エースの佐田との競り合いを制し、練習の成果を披露したのだった。













「腕を相手へと広げたままぶつかる…威力それで出んのか?そのまま肩から強くぶつかった方が相手吹っ飛びそうだけどな」


「サッカーではそれが正しいやり方かもしれないですが、今のような武道を応用したぶつかり合いだとすると変わるでしょう」


 合気道の要素を+しているとまでは気づかないものの武道のような動きだというのは照皇が気付き、村山はそれでパワーが本当に出るのかと疑っている様子だ。



「その武道を立見が覚えているとしたら、試合前に言った立見不利は…不利じゃなくなって来るか?」


 そう言う大城の目の前で行われている試合、フィールド上では体格ある海塚の選手相手に今度は影山が身体をぶつけて奪う。


 体格で劣るはずの立見、フィジカルで海塚が有利とされていたのが立見は競り合いを制してペースを掴んでいた。










 エースの佐田は戸惑っていた。


「(どう見てもそんなにパワーあるようには見えない、なのに何で競り勝てないんだ!?)」


 体格で勝りフィジカルの強い自分達が何故こうも競り負けてばかりなのか、こうなるはずではなかった。


 試合前は前半のうちに自分達が立見の無失点記録を打ち破り前半のうちにリードを奪う。そのプランだったはずが試合は1-0と立見が弥一の先制ゴールでリードしているという予想していなかった展開だ。



 そこに佐田へと中盤の選手からスルーパスが出て佐田はそれに反応し自慢の足を飛ばしボールへとグングン追いつき迫っていた。



「(通さないっとー!)」


 だが佐田の前に立ち塞がる小さな壁、佐田がこのスルーパスに追いつく前に反応していた弥一が先にボールを左足で蹴り出してクリア。


 通ればチャンスという海塚の攻撃を未然に防いでみせた。



 此処まで立見がシュート4本、海塚はシュート2本と立見がシュートで上回っており海塚は思うように攻撃が出来ていない、というよりさせてもらえていない。その表現が正しいだろう。



『立見、此処も神明寺がクリア!エース佐田に決定的なチャンスを作らせません!』


『いやぁ本当に良い読みしてますよね、まるで先の未来が見えているかのようにすら思えてきますよ』




 そして前半終了の笛が鳴り、立見が1点のリードを保ったままハーフタイムへと入り両イレブンのロッカールームへと一時引き上げて行く姿が見えた。

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