第163話 衝撃走る開幕戦


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 世界と日本は体格差があり、よくフィジカルで劣っていると言われてきた。


 近年のユース世代からのフィジカル強化、それによって身体を大きく成長させて屈強な海外選手にも競り負けない日本人選手が次々と育ち世界の背中へと迫る。


 海塚も技術面を磨きつつフィジカルトレーニングを多く取り入れ更に食事メニューも筋肉に良い物を徹底し、激戦の鹿児島予選を勝ち抜いて来た。


 海塚の目標は王者八重葉に勝ち優勝する事、ただそれだけだ。



「相手は八重葉と同じく無失点記録を続ける立見、相手さんの守りは一級品だろう。だが鹿児島で数々の強豪を倒して来たお前達なら勝てるはず、競り合いに勝ち続けてチャンスを作り続ければ自然とゴールは生まれる。焦らずじっくり戦うぞ」


 ロッカールームで年配の監督が選手達に言葉をかけて行き、その後に白と赤のストライプが入ったユニフォームに身を纏う海塚イレブンは意気揚々とフィールドへと向かって行く。


 自分達の目標は優勝であり此処で負けるとは当然ながら微塵も考えていない。



「佐田さん、調子はどうスか?」


「好調も好調だって、なんだったらハットトリックも行けそうなぐらいだ」


 海塚で唯一プロ内定のFW、長い黒髪を後ろに束ねていて身長は大型選手が揃う海塚の中では低い方で173cm。


 だが体つきは屈強であり少々のショルダーチャージでは崩されない身体の強さ、更にスピードも合わせ持つ。


 頼れるチームのエース佐田英二は後輩へと自信満々な発言をしており開幕戦に向けて緊張も特に無い。



「でも不安あるとするなら、立見が細くてすぐ吹っ飛ばされて笛吹かれそうな事だよな」


「あー、まあ競り負ける事はまず有り得ないけどそれでやり過ぎと判断されるとなるとやりづらいか」


 立見はまだ此処には来ていない、なので今のうちに彼らは立見が軟弱そうで競り合いは自分達が絶対勝てる。徹底して鍛え上げたフィジカルが負ける訳がない、その自信が彼らにはある。


 だからなのか彼らは自分達よりフィジカルで劣るであろう立見の事を下に見ていた。



 そこにダークブルーのユニフォームを纏う立見イレブンも入場口前へと現れ、両者が並ぶ形となる。


 改めて海塚の選手達は立見の体つきを見れば一部は大柄で屈強な者は居るがほとんどが自分達より細く軟弱そうに見える。


 特に両チームの中でも一際小さい弥一に対しては本当に同じ高校生かと疑う者も居る程だった。




 そんな彼らの心を知るのは弥一のみ、という事を海塚は知る由も無いまま両者がフィールドへと姿を表す。









「この試合、立見は不利だな」


 スタンドで観戦する八重葉学園、その中でもチーム1の大柄な体格を誇るキャプテンの大城がフィールドに居る両イレブンを見て立見が不利と見ていた。


「同感、確かに立見の守備は凄いけど今回は全体的に体格あってボディコンタクト(相手と身体を接触させ、ボールをキープしたり守備をしたりするプレーのこと)が強い相手だ。うちならともかく立見は大丈夫かね?」


 何気に自分達なら海塚のフィジカルに対抗出来ると自信を覗かせつつも大城と同じく立見が不利と予想する村山。



 その彼らの後ろで照皇、龍尾がそれぞれ並んで席に座り立見と海塚の試合を黙って見ている。


 そしてこの試合を見ているのは彼らだけではない、海塚と同じく優勝候補と言われる最神、立見と同じく東京予選Bブロックを勝ち上がった真島も観戦する姿があった。





「まずは1回戦、きっちり勝つ。それでこの先も勝ち進んでこの国立に戻るぞ!立見GO」


「「イエー!!」」




 立見が円陣を組んで何時もの掛け声を済ませればそれぞれがフィールドへと散って行く。コイントスで先攻は立見、センターサークルに立つ成海と豪山。



「すげぇよな俺達、この時期何時もテレビの前でコタツ入ってみかん食ってたのに今年は此処だぜ?テレビの中に飛び込むってこんな感じか」


「正直俺も思ってた。皆の前じゃ言わなかったけどな」


 大晦日や元日という今の時期、勝也が生きている頃は彼の家に転がり込んで一緒にコタツ入ってみかんを食べながら高校サッカーをテレビで見る。


 それが正月の日課だったのだが今回は違う、自分達が何時もテレビで見ていた国立のフィールドに今立っている。全国ネットで放送されている今、自分達の姿は多くが見ている事だろう。



 立見のベンチでは京子が座り、彼女の右横に置かれる立見の背番号6のユニフォームとスパイク。



 今は亡き神山勝也、彼も上から見ているはずだ。



 そして誰よりも勝也の作り上げた立見サッカー部を最強へと輝かせたいと思っているのは最終ラインに居る背番号24のDF。




 誰が相手だろうが負けるつもりは無い、初戦もこの先も。





 やがてキックオフの開始時間となり審判が笛を鳴らすと国立の開幕戦が今始まる。



 ピィーーーー





『始まりました、立見VS海塚の選手権開幕戦となるこの試合。インターハイに続いてこの選手権出場も果たした創部2年での快挙を成し遂げた立見と高校随一のフィジカル軍団と言われる海塚、この初戦を制するのは一体どちらのチームとなるのか!?』


『結構体格差ありますよ、まるで少し前の日本選手と海外選手を見ている感じですね』



 開始からドリブルで運ぶ成海、相手が迫るとぶつかり合いを避けてか素早く右へボールをはたき右サイドハーフの岡本へ預ける。



 ボールを受けた直後、岡本に身体に衝撃が伝わって来た。今までに無い強烈な当たり、海塚の選手が岡本を止めようと肩からぶつかりに行ったのだ。


 これに岡本は弾き飛ばされ、ボールをこぼすとセカンドボールを拾ったのは海塚。そこから素早くサイドチェンジで海塚は左から右へと切り替えて攻めに転じる。


『あっという間に攻守は入れ替わり海塚ボールだ!』


『流石の当たりですね、あのパワーが海塚の持ち味なんですよね』



「翔馬!10番だ!」


 弥一は左サイドに居る翔馬へと声をかける、その言葉の後にサイドチェンジにより高く上がったパスを海塚の選手が長身を活かし頭で送り、そこに走り込むのは海塚の背番号10佐田だ。



 翔馬は佐田へと追いつき彼と並ぶ形となると、佐田の左側に立つ翔馬が右腕を広げて来る。


「(それでブロックするつもりか?甘いな!)」


 160代の身長である翔馬とそんな大柄ではないとはいえ170代の身長で更に屈強な肉体を持つ佐田、腕を広げてブロックしてこようが強引にこじ開ける。


 それだけのパワーを佐田は持ち合わせており、翔馬と肩からぶつかり合いに行った。



 このぶつかり合いを制してチャンスを掴み先制ゴールに繋げる。フィジカルの強さを活かした競り合いから多くのチャンスを作るのが海塚のサッカーだ。







 佐田と翔馬のぶつかり合い、誰もが翔馬が吹っ飛ばされると思っている。




「う!?」



 その佐田の身体に伝わる想像よりも強い力と押し、自分よりも小柄で細いはずの相手とぶつかって感じるはずの無い強さだった。


 これに驚愕しながら踏ん張りきれずバランスを崩す佐田、その間にボールへ追いついたのは翔馬の方だ。



「(佐田が競り負けた!?)」


 海塚ベンチに衝撃が走る、プロ内定が決まっているチームの頼れるエースが競り負ける。そのような姿は鹿児島予選でも見なかった、それだけに監督や選手達は揃って驚いてしまう。



 一体彼の何処にそんなパワーがあるのかと。



 ボールを奪い返した翔馬、そこから弥一、影山とパスを素早く繋ぐと立見の逆襲カウンターが始まる。



「落ち着け!中央固めろ!」


 海塚は素早く守備へと戻り、ゴール前には長身の選手を揃えて守備の陣形を取っていく。影山は右へ大きくパスを出すとサイドを駆け上がっていた田村が器用なトラップを見せてそのままドリブルで右コーナー目掛けてボールを運ぶ。


 そこに田村へと迫る海塚の選手、簡単にクロスは上げさせまいと阻止に来た所へ田村は相手の足にボールを当ててゴールラインを割らせた。


 線審がこれを見て立見のコーナーキックと判定、主審も同じ判定であり海塚は手前や奥の自軍エリアに長身選手で固めてハイボールを跳ね返す構えだ。



 右コーナーにボールをセットするのは成海、ゴール前には豪山に川田と立見の長身選手が配置されており海塚の方は当然彼らを警戒しておりマークは怠らない。



「グラウンダー気をつけろ!」


 海塚の監督は前まで出て行き選手達へ低いボールに気をつけるよう声をかけていた。長身選手が揃う海塚、そう簡単にハイボールは通さない。来るとしたら低いボールの確率が高いと監督は読んでいる。



 ニアかファーか、ハイボールかグラウンダーかと海塚の選手だけでなく会場の観客達も成海のキックに注目が集まっていた。



 成海が右手を上げると蹴る合図を示し、左足でボールは高く蹴られる。


 高いボールだが海塚の選手や豪山に川田といった立見の選手も飛ぼうとしない、そのボールは選手達の入り混じりエリアの外へと逸れて行く。



 そこに1人の選手が走り込んでいた。



「(ナイスパース!)」


 誰のマークもついていない、何時の間にかスルスルと上がっていた弥一は成海の左足から蹴られたボールを走り込んでからの右足のボレーで合わせた。


 余程完璧なミートだったせいか弥一の右足ボレーから放たれた球はまるで弾丸のような勢いで飛んで行き、相手GKがダイブするがコースはゴール左上隅と取りにくいコースに向かっている。



 ボールがゴールマウスへと突き刺さり、ゴールネットが揺れ動くと国立の会場もまた大歓声で揺れる。



『は、入ったぁぁーー!高校サッカー選手権、今大会第一号ゴールは立見DF神明寺弥一から生まれたー!彗星の如く今年出現したスーパールーキーがこの国立のピッチでも躍動している!!開始僅か3分で鮮やかなゴールだ!』


『コーナーキックのボールを走り込んでダイレクトボレー、しかもキーパーの取りづらいコースに飛ばしたりと開幕戦でいきなりこんなゴールを見せますか!まるでプロのようなスーパーゴールですよ!?』




「いえー!決まったー♪」


「こいつ、第一号ゴールと美味しいの持っていきやがってー!」


「あははー、お先ですー♪」


 成海や豪山達から手荒く祝福を受ける中で弥一は自ら決めたゴールで気分が良いのか笑顔だ。


 一方ゴールを決められた海塚の方は呆然となっており、少ししてからキャプテンが立て直そうと手を叩く。







「おー、あのおチビちゃんデカブツが集まる集団相手にかましてくれるねぇ」


 八重葉の居るスタンドでは龍尾がゴールを決めた弥一を見て愉快そうに笑っていた。


「神明寺のゴールにも驚いたけど、それよりも気になるのは…」


「ああー、あの立見の左サイドバックと佐田がやりあった時っスね」


 大城が弥一のゴールよりも驚き関心が向く事、それは龍尾も分かっていて目を向けたのは弥一と共にゴールに喜ぶ翔馬の姿。


 それは他の八重葉のメンバーも気になる箇所は同じのようで弥一のスーパーゴールよりも何故体格差ある相手にあの時競り勝つ事が出来たのか、そちらへといずれも強い関心があった。



 そしてある事に気付いたのは照皇だった。


「遠くから見た限りですが、立見の左サイドバックの腕の広げ方…あれはサッカーの腕の使い方とは違う気がします」

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