第157話 サッカーと合気道


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 雀が鳴き出し始める早朝の時間帯、立見高校の体育館にてサッカー部は集まっていた。


 目の前には上に白い道着、下に黒い袴と合気道の正装を身に纏う輝咲の姿がある。何時も凛々しくある女性の輝咲がこの格好になれば一段と輝きが増して見えるのは決して気のせいではないだろう。


「おお~、これが合気道の格好ですか~」


「誰でもこの格好が出来る訳じゃないけどね、袴の着用は男性だと初段から、女性は三級取得から認められるんだよ」


 輝咲の袴姿に興味津々で目を輝かせる彩夏に輝咲は柔らかく笑って袴の着用について教える、輝咲は二段の為こうして袴の着用が許されているのだ。



「じゃあ、まずは全員で正座してみましょうか」


 その場で輝咲は最初に行う鍛錬として正座をするよう全員へと伝えると、イメージする正座を各自が行い体育館の床に皆が正座の態勢となった。


 部員だけでなくマネージャーや主務、顧問も全員参加となる。


 合気道は美容にも良いと輝咲から言われた幸が乗り気になって今回は立場関係なく全員でやろうと決めた為だ。




「足裏が重なってる、それ一番駄目な座り方だよ。これじゃ足首に捻れが生まれて膝に負担がかかる、腰も伸びてなくて背中曲がってるし足が痺れる原因にも繋がる。足の親指と親指の合わせて座るようにね」


 正座の姿勢を見てみれば正しくない姿勢の者が多数居る事に気付き輝咲は次々と指摘、サッカーだけでなく日常生活でも彼らは正座するという事をあまりしてきていない。畳のある実家でも適当に座るぐらいだ。


 その中でも流石と言うべきか合気道の一級である弥一はキチンと正しい正座だった、この辺りは小学校の頃から行っていたので慣れたものである。


「膝と膝は握り拳一つ分ぐらいに開けてー…はい正座終わり、立ってー」


 そして一分かそこらで正座を中断させた。


「あれ、もう終わり?」


「慣れない内からそんな長時間やったら逆効果ですよ、足を壊しかねない可能性もありますから。サッカー選手でそれを起こしたら不味いでしょう?」


 もっと長時間やるものかと思っていた成海は意外そうな表情で正座から立ち上がると輝咲は長時間の正座はお勧めしないと言い切る。


「正しい正座で無理せず短時間、普段の生活においても姿勢を正して健康的になれますよ。では次に行きましょうか」


「此処で取っ組み合いの合気道かー?」


 合気道というイメージを間宮は柔道と似た組み合いと思っており、此処からはその時間かと言葉にしたが輝咲は首を横に振る。


「呼吸の方をまず教えないといけない、合気道において大事と言える丹田(たんでん)から力を出す呼吸をね」



 丹田はへそよりも指3本か4本程下にあるツボであり、合気道では常に丹田を意識して稽古していると言われる。組手よりも先に呼吸法から輝咲は教えようとしている。


「正座や呼吸ばかりで退屈、合気道だから相手の力を利用してぶん投げたいとか思いそうだけどね。この二つは大事だよ、どちらも共通してインナーマッスルが鍛えられるし。合気道をするならまずそれを鍛えておいた方がやりやすい」



 インナーマッスル、支える筋肉と言われ身体の深層部にある筋肉でありこれが弱いとスポーツにおいてのパフォーマンスや怪我に影響し、逆に強くてしっかり働いていると姿勢の保持がしやすくなり身体の安定性がとれると言われている。


「動き回るよりもまずは正しい姿勢に呼吸、これを覚えて欲しいんだ」


 ナンバ走法に続き丹田呼吸法と正座、サッカーとはあまり関係無さそうな事を始める部員達。



「鼻から息を4秒ぐらい丹田を膨らませるように意識して吸って~、意識を集中させてゆっくり行こう~」


 輝咲からの丹田呼吸の指導、この呼吸が行われる時間は3分だった。



 その後は合気道の初心者向けに受身の練習を輝咲が指導、横に倒れこみながら倒れる側の手全体で床を叩き衝撃を吸収してみせる。


 初心者である部員達にいきなりこれが出来る訳無いので最初は寝た状態から行い、そこから座った状態、中腰と進み最後は立った状態から倒れこみ受身を取る。


 こういう受身の技術が自然と身に付けばサッカーやふとした日常で反射的に受身をとって怪我を回避しリスクを減らす効果が期待出来るというものだ。



 朝練はこうした合気道の稽古を取り入れるようになり輝咲になるべく見て指導してもらう、という新たな日常が加わる。とはいえ輝咲の方もバレー部があるのでずっとサッカー部につきっきりという訳にも行かない。


 その時の為にノートに書き記してトレーニング方法をサッカー部へと託し、彼女が不在の時はそのノートによる自主トレだ。


 放課後の方は何時も通りのサッカー部のトレーニング、流石にずっと合気道をしていてボールとの感覚も失ってしまっては元も子も無い。


 そして部員達の合気道に打ち込む姿に他の生徒や部の者達は兼業で合気道もやるようになったのかと首を傾げて見ていた。





 此処で意外な才能を見せた部員がいた。


 1年の水島翔馬、小柄なDFの選手は合気道初心者組の中でも上手い受身を見せており経験者の弥一、輝咲から見ても上手いと思える程だ。



 更に優也も翔馬に次いで上達を見せて来ており彼らは初心者の中でも一歩先を進んでいた。



「結構ついて行ってるじゃんー?」


「これを小学校の頃からお前やってたんだろ?だったら高校生である俺達に出来ないという事は無いはずだ」


「大変だけどね…!」


 合気道の受身の稽古を終えて小休憩の3人、小学校の頃の弥一がこれをこなしていたのでそれに負けられないと思っている優也、合気道の技を自分から学び吸収しに行く積極的な姿勢が見えた。


 そして翔馬の方は合気道に実は適していたのかというぐらいの上達ぶり、2人のこの姿に弥一は驚いている様子だ。



「これで相手の力をいなせたり力を逃がしたり出来れば八重葉の大城さんみたいなでっかい相手にも競り負けはしないよー」


「そ、そうなの?そんな大きい相手にも…」


 八重葉の大城と言えば190cmの高校最強の大型DFというのを無論翔馬は分かっている、それに弥一は合気道を応用すれば大きな相手に競り負けないと明るく言い切っていた。


「まあそれにはもっと合気道上手くならないと駄目だけどねー」


 輝咲以外でこの中で合気道に慣れ親しんでいる弥一は休憩を終えてトレーニングへと戻って行く。



「…あいつが大城を吹き飛ばす姿、想像しづらいな」


「僕も…」


 巨人と小人ぐらいの体格差であろう弥一と大城、その弥一が大城を吹っ飛ばす姿を優也も翔馬もイメージしづらく思えた。



 今日も立見は新たな日課にて汗を流す中で高校サッカー冬の選手権の組み合わせ抽選の時は刻一刻と迫って来ている…。

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