第156話 届かなかった彼女が向かった先


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 立見はサッカー部、野球部に続けとばかりに各部も全国を目指しての戦いを繰り広げていた。


 その中で歓喜に沸く者達、敗退が決まり涙する者達が戦いの舞台ではっきりと分かれていき高校生による真剣勝負が一つ、また一つと始まっては終わりを繰り返す。


 そして輝咲の居る女子バレー部も相手校との激闘が今試合終了の時を迎えた。



 繰り出された相手女子選手から振り下ろされた手がボールに当てるとサッカーで言う弾丸シュート、それにも劣らぬ速度で叩きつけられたスパイクは守備専門のポジションであるリベロがレシーブしきれずボールを大きく弾いてしまう。


 選手達はボールが落ちる前に拾いに向かうが無情にも落下し、この瞬間相手チームにポイントが入り試合終了。


 立見高校女子バレー部はベスト8、全国出場はならず輝咲の今年のバレーは此処で終わる事となった。


「(行きたかったな…彼と一緒に全国の舞台)」


 負けて涙するチームメイトを慰めつつ自身の目にも光る物がある輝咲、思い浮かぶのはサッカーの選手権で全国出場を決めた彼の姿。


 競技は違えど同じ全国に行きたかったと悔いが残る結果となってしまう。










 冬の選手権出場を決めた立見サッカー部、休暇を終えて再び練習の日々へと戻りフィールドではボールを追いかけ走り回る部員達の姿があった。


 1回戦の開幕戦は12月28日からであり、それまで一ヶ月半ぐらいの時間がある。限られた時間で更なるレベルアップを計るのは立見に限った事ではない、今この瞬間に全国の猛者達も自らの持つ牙を更に尖らせ煌めかせようとしているだろう。


「駄目だったぁ~」


 幸は大きくため息をついていた、何か良くない事があったのかは弥一のような心が読める能力がなかろうが容易に伝わる姿だ。


「合同練習、断られましたか」


「桜王さんに続いて空川さんも駄目。どのチームも他で合同練習組んじゃってたし…」


 京子は幸のため息の理由を大体察していた、同じチーム同士で何時までも練習を繰り返していても質の良い練習は出来ず更なる向上は難しい。


 なので他の強豪チームと合同での練習が必要となって交渉していたが、どのチームも早めに合同練習の予定を組んで来年に向けて既に動き始めていた。



「また何か新しい練習法とか考えるしかないんですかね~」


「って言ってもなぁ、良さげなヤツ何かあるかな?」


 摩央と彩夏は共にスマホで動画サイトをサッカー、練習で何か無いかと調べていた。


 強豪校のやっている練習やプロの練習とフィジカルやテクニック、戦術面と動画は色々ある。


 だが全国まで時間は限られており全部を試す時間の余裕は無い、この数多くある動画の中で今の立見に必要で適した物はどれなのかと探し当てる彼らの仕事も中々時間を使ってしまう。




「いっくよー!」


 弥一はボールをセットし、短い助走から蹴りに行く。ゴールマウスに立つのは大門だ。


 彼の前にはフリーキックの壁となっている5体のダミー人形、高さは170cmから180cmとある。距離は30m程で弥一の右足から放たれたキックはダミー人形のはるか頭上を超えてゴールマウスの上を通過しそうなコースを行く。


 そこから急激に落ちてゴールを超えるかと思われたボールは右上隅を捉えている、GKにとって取りづらい厳しいコースを弥一は突いていた。


「くっ!」


 これを大門は左掌で弾き、ボールはゴールマウスから逸れてラインを割る。試合だったらコーナーキックだ。


「まだまだ行くよー♪」


 すかさず弥一は次のボールをセットし、今度は左足でダミー人形の左横を抜けて大きく曲がるバナナシュート。どんなボールを蹴るのかは伝えず更に撃つタイミングも弥一の気分次第。


 弥一のフリーキックの精度を上げるのと同時に変化球のシュートだけでなく何時相手がどんなキックを蹴って来ても対応出来る、弥一考案の何気にキーパーからすればスパルタな練習メニューを大門は味わっている最中だった。


「なん、のぉ!」


 生き物のように曲がり、ゴール左隅に向かうボールを今度は低空ダイブで飛びつき大門がしっかりとキャッチし腕の中にボールを収めた。





「弥一のあの上手さは何処から来てんのかな…小学校からやってるっていう合気道が実はめちゃくちゃ効果アリだったってやつか?」


「あ~、そういえば合気道っていうか日本の古武術ってその動きを取り入れるとスポーツが得意になるっていうのを聞いた事あります~」


 器用に色々キックを蹴る弥一、小さな身体で様々な技術だったり体捌きだったりと何かと凄い彼に摩央は弥一が幼い頃から合気道をやっている事を思い出す。


 それに彩夏の方も古武術がスポーツ全体に効果あるという話を聞いた覚えがあると、一つのアイディアが思いつく。




「確かに、ある大学サッカーで古武術の動きを取り入れて強豪の仲間入りを果たしたというのを聞いた事があるし、日本代表で戦う選手の中にもそういった選手が居るぐらい…限られた期間で何処までやれるか分からないけど」


「古武術か…」


 京子や成海達にも摩央は古武術の事を伝え、彼らは話し合うと試しにやってみるという方向で決まる。


 善は急げとばかりに立見サッカー部で唯一合気道を知る弥一、古武術を知るなら彼の力が必要不可欠だろう。







「合気道を教えてほしいー?」


 フリーキックの練習を終えた弥一は呼ばれると皆から合気道を教えてほしいと頼まれる、これにはマイペースな彼も驚いたような顔を見せていた。


「調べていたらサッカーと古武術、というかスポーツと相性が何かと良いらしくてさ。この中で古武術がやれるの弥一しかいないから、お前が皆に…」


「それは無理だねー」


「え?」


 弥一なら断らずに何時もの調子で皆に合気道を教えてくれると思っていた摩央、その弥一から無理だと断られ呆気に取られてしまう。


「合気道を教えるとなると、段位持ちじゃないと危ないから。特に僕が習っていた神王流(かみおうりゅう)は日本屈指と言われる名門…ちゃんとした上級者が教えないと怪我じゃ済まないかもしれないよ、これ冗談抜きで」


 弥一の真剣な言葉に摩央は息を呑んだ、彼が教わっていた合気道はただの護身術ではない、というのが伝わって来る。


 日本武道の名門、それを弥一は小学校の頃から既に習い学び、神王流の合気道を身に付けていた。


 だからこそ神王流がいかに危険なのかも知っている、教え方を間違えればそれこそ怪我の元だ。段位持ちじゃない者が中途半端に教える訳には行かないと弥一は気軽に教えるような事はしなかった。


「上級者ってお前、段位持ちとかじゃないのか?」


「違いますよー、合気道の初段は一級取得してから70日稽古した事に加えて15歳以上じゃないと審査受けられないですから。一応一級は持ってますけどね」


 合気道の上級者と弥一の事を豪山は思っていたが初段ではない、つまり弥一が言う上級者の段位に届いていないので教えられないという事だ。


「うーん、だとしたら合気道のちゃんとした先生を講師として招いて来てもらうしかないですかね~」


「合気道の講師かぁ…予算足りるのかなこれ」


 彩夏は手っ取り早く達人を講師として招いた方が良いと提案し、これを聞いた幸は部費で足りるのかと予算の面で不安になっていく。




「それ、僕がやりましょうか?」


 悩む部員達、このまま講師を呼ぶか古武術を取り入れるのを断念かと考えていた所に凛々しい声が聞こえた。

 一同がその声に視線を向けるとそこに立っていたのは輝咲の姿。


「き…笹川先輩?」


 弥一はその姿を見て普段呼んでいる方の名で呼びそうになったが学校では先輩と後輩、そこは控えて呼び直す。



「僕も神王流合気道は習っていまして、二段獲得したばかりですから」


 かつて弥一と同じ神王流の道場に通っていた輝咲、彼女も新たに一歩を踏み出し動き出そうとしていた。


 彼の力になろうと。

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