第154話 それぞれの始まり


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












『入ったぁぁーーー!後半終了前にスコアが変動!神明寺のインターセプトから成海と繋ぎ最後は歳児が決めてくれたぁ!またしても歳児タイム炸裂だー!!』


『これは攻め込んでいたのが逆に失点を喰らって西久保寺はショック大きそうですね、時間も厳しく体力も消耗してますから』



 立見の貴重な先制ゴール、これが決まったことで立見イレブンは喜びを爆発させてそれぞれが優也へと駆け寄り祝福。


 豪山に自身の銀髪をくしゃくしゃ撫でられつつ優也もこのゴールを密かに喜んだ。



「く、畜生…此処まで来て…!小平、ボール!速くセットだ…!」


 転倒から立ち上がり息を切らしながらも辻がボールを小平へと要求、まだアディショナルタイムは残っている。


「…あれ」


「何だ!?急げよ、時間が…」


 ボールを持って投げ渡そうとしていた小平が見つめる先はベンチ側のタッチライン、辻も同じ方向を見ればそこには交代エリアに交代のボードを持った人物と隣にその交代の人物が立っている。


 それは西久保寺の選手で交代するのは辻だった。


「!?いや、俺はまだやれる…!」


「いいから出ろ!1分1秒無駄に出来ないから、早く!」


「っ…」


 栄田から強く言われ、確かに彼の言うように時間を無駄には出来ない。辻は従い交代人物へと近づき後を託し西久保寺のベンチへと引き上げて来た。



「納得行かなそうだけど、足がもう限界の状態でこれ以上無理をさせる訳にはいかない。どんな状況だろうと」


 戻って来た辻の顔を見れば自分はまだやれる、此処で交代したくないと不満を抱いていた事を高坂はすぐ見抜く。


 だが彼がどう思おうがこれ以上のプレーを高坂は絶対に許さなかった。


「此処で無理をして仮に勝利をもぎ取り、代償として自身が取り返しのつかない怪我でもしたら…サッカー選手としての生命が最悪それで終わったらどうするんだ」


「それは…」


 無理をすれば怪我のリスクは当然高くなっていく、今は身体が動けても疲労からの怪我や相手との接触で怪我等が起こるかもしれない。


 その怪我が重傷、最悪の場合は選手生命が絶たれる事もある。


 そして高坂は若くして怪我で選手生命が終わり引退となってしまった身だ、辻にまで自身と同じ道を歩かせる訳には行かなかった。


 同じ理由で前半に豪山のシュートを顔面に受けて倒れた真中も迷わず交代させて治療を受けさせる、教え子達を怪我で苦しめたくないという高坂の思いだ。


「今は仲間を信じて見守る事、それがこの試合で辻がやる最後の仕事だ」


「…はい」


 辻はベンチへと腰掛けて試合を見守る、自分の出来る最後の仕事をする為に。








 西久保寺は最後の猛攻を仕掛ける、栄田を中心にボールを回して展開し立見ゴールへと目指す。


「っ!」


 武蔵がボールを持つ相手へと右からショルダーチャージでぶつけて行く、更にそこに翔馬も詰めて二人がかりでドリブルを阻止。


 ボールはタッチラインを割って判定は立見ボール、最後に相手選手の足に当たってボールが出たと判定されたようだ。



「川田、思いっきり遠くにぶん投げちゃってー!」


 まだ立見陣内からのスローインだが此処でボールを持つのは川田、少しでも時間を稼ごうと此処であえてロングスローで遠くに運ぶ事を選び弥一から声援を貰いつつ川田はロングスローの構えを取った。



「どぉりゃぁぁーーーー!!」


 川田による渾身のロングスローはぐんぐん距離が伸びて行き、立見陣内を超えて西久保寺陣内まで向かう40m程のビッグスローとなる。


「ぐっ!」


 空中戦で豪山と土門のヘディングによる競り合い、互角でボールは溢れて素早く反応し拾ったのは優也。これに彼は左サイドへ走り、彼も時間稼ぎの為にボールキープに専念した。



 焦る西久保寺、優也からこちらも二人がかりでボールを奪いに行くとキープしきれず優也がボールをこぼすとそれを武蔵が取ってフォローする。



 時間は過ぎるばかりで西久保寺は攻撃が出来ず立見はボールを渡さない。


 そしてその時は訪れた。





 試合終了、その笛が鳴らされると一方のチームは歓喜に沸いて一方のチームはフィールドに崩れ落ちる。



『今試合の終了が告げられた!高校サッカー選手権東京予選Aブロックを制したのは立見高校!1-0で超攻撃サッカーの西久保寺を完封し、インターハイに続いて予選無失点で選手権の全国初出場、その切符を掴み取りました!』





 喜びを爆発させる立見イレブン、それを西久保寺ベンチから見ていた辻は下を向いて悔し涙を浮かべる。


「来年だ」


「!」


 高坂の言葉に涙を流したまま辻が顔を上げた、涙で視界がぼやけつつもそこに映るのはその場に立ってフィールドを一点に見つめる高坂の後ろ姿。


「辻や皆が2年、3年となる年に全国へ必ず行く。相手が立見でも桜王でも真島でも…必ずだ」


「…絶対、連れて行きます…!」


 来年どんな強豪が立ち塞がろうとこのチームで全国に行く、高坂は強く誓い辻も西久保寺を来年は全国に導くと泣いたまま彼もまた誓った。


 立見に敗れ全国出場出来なかった西久保寺はこの瞬間から来年に向けての戦いが始まる。







 Aブロック優勝の立見が表彰式を行い、選手達は喜びを抱えたままロッカールームへと戻って来た。


「皆、今日はお祝いだよ!先生が焼肉に連れてってあげる!」


「マジ!?ラッキー先生最高ー♪」


「(まあ、食べ放題の所だけどねー)」


 立見の選手権全国出場、それを祝して幸が部員全員を焼肉に連れてく事を笑顔で伝えるとその場の皆が焼肉に盛り上がる。


 その中で食べに行く場所は安く済む食べ放題の所だと幸は内心でこっそりと付け足していた、彼女の給料ではまともに焼肉を全員に奢っては財布が持たないからだ。



「あ、すみませんー。僕は用事あるからお先失礼しますー」


 焼肉なテンションの中で弥一はその誘いを断り、一人荷物を纏めて足早にロッカールームを後にした。



「何だ?美味い飯に目がないあいつにしては珍しい…」


 試合後の焼肉は美味しい物であり美味しいご飯が大好きな弥一がそれに食いつかず用事があると言って抜け出した、その様子が摩央には珍しく見える。



「そういえばさっき試合前に勝利の女神のエール受けてたとかなんとか、言ってたけどまさかそれ関係?」


 大門は試合が始まる前、入場口で並ぶ時の事を思い出していた。その時に弥一だけ来るのが遅れてこっそり後で加わった事は大門だけが知っており、弥一はその時確かにそう言っていた。


「勝利の女神のエール…つまりあれか!?あいつ彼女が出来てこれからデートかよ!?かー!ませたチビだなぁ!」


 勝利の女神=女性と結びつけ、そこから田村は弥一に彼女が出来て今からデートなのだと推理すれば一人でエキサイトする。


「いや、まあほら…彼も高1だし普通に恋愛とかするだろうし、落ち着こうよ?」


「ああー。大丈夫大丈夫、あいつがいくらモテようが俺ぁ嫉妬しねぇよ。どうぞよろしくやってくださいって感じで、なんせ俺もモテ期入ってるんでねー♪」


 影山がなだめに入ると田村は弥一に嫉妬する、かと思えば彼は余裕だった。女子に声援送ってもらう等今まで女子とほぼ縁が無かった人生が華やかとなっているからだろう。



「ったく、どいつもこいつも女にうつつ抜かすようになりやがって…」


「おいおいモテないからって嫉妬は良くないぜ啓二君よぉー」


「してねーよ!俺はサッカー一筋だ!」


 つい最近まで嫉妬する側だったのを棚に上げ、間宮に対して余裕な発言の田村。間宮は女子と遊んでばかりになってサッカー鈍ったらどうする気だとぼやいており、自身はサッカーだけと言い切る。


 影山はその幼馴染の発言を聞いてこれで彼に彼女でも出来たらどうするんだろうなと、間宮に春が訪れる事を密かに願った。











 東京予選Aブロック決勝を終えたその足で弥一が向かった先は駅前の広場。


 大勢の人々が行き交い、彼がその試合を終えたと気付く者はほぼいないだろう。その大勢の一部に溶け込みつつ弥一はサッカー部のジャージを着たまま広場へと到着。


 そこには先に待っている者が居て弥一に気付くと軽く笑って手を振る。


 弥一も明るく笑って手を振り返しつつ近づいて行く。



 凛々しく格好良い背の高い女子、輝咲が待ち合わせの相手。彼女は私服でありジーンズやジャケットという格好は男装となり身長の高さもあって女性とは気づかれにくい。


 弥一と並べば年の離れた仲の良い兄弟か友人、そう思われる確率が高いが実際はれっきとした女子と男子だ。



 輝咲から送られたエールは弥一の力となり予選を張り切って戦う事が出来た、弥一にとって輝咲はまさに勝利の女神となってくれた。


 そして弥一は全国出場の知らせを持って輝咲の前に現れ、共に並んで歩き大勢の人々の中へ溶け込んで行く…。






 立見1-0西久保寺


 歳児1



 高校サッカー選手権 東京予選Aブロック


 優勝 立見高等学校



 2回戦 VS亀岩 5-0


 3回戦 VS河雲 3-0


 準々決勝 VS空川 2-0


 準決勝 VS北村 1-0


 決勝 VS西久保寺 1-0



 得点12 失点0

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