第153話 勝利を目指して飛んだ結末
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「(きっちぃ…)」
時間が経つにつれて足が重く感じ、足を上げ難くなってきた。
辻はプレーの途切れたタイミングでドリンクの蓋を開けて口へと流し込む、この試合中走り回ってかなり消耗して疲れた身体に染み渡る癒し。
水分補給に関しては試合中に飲水出来るなら積極的に補給するよう高坂から教えられており、辻だけでなく全員がそれを行っている。
少しでも体力の消耗を抑え回復する為だ。
それでも体力的には限界に近い、何時まで目の前に居る立見の要注意プレーヤー歳児優也に付いていけるのか。後半から出場の優也と前半から出場の辻、どちらが先にスタミナ切れを起こすのか可能性が高いのは後者だろう。
「(此処まで来て負けたら悔しすぎるし、此処は無理する時だろ…!)」
だが此処でへばったら優也を自由にさせる事になる、残りの体力を思えばもうあまり攻撃参加出来る余力は残っていない。
残り時間、辻は優也のマークに専念するプランへと切り替えて僅かな水分補給の時間を終えて再びフィールドを走り出す。
後半30分を過ぎると西久保寺の攻撃力は弱まって来ていた。
前半からリスクある攻めを展開し、主導権を握っていたが自慢の攻撃を立見の守備がことごとく跳ね返していき1点が果てしなく遠いのは決して気のせいではない。
これだけ攻めても全然得点出来ないのだ。
シュートは撃てているがエリアの外からのシュートが多く枠内へのシュートは大門がほぼ正面でキャッチしている、事前に弥一がミドルやロングを察知して声に出して伝えてるのも効いており大門はそれに備える事が出来た。
チームの最後尾に立つGK以上に状況がよく見えているのではないかと思うぐらいだ。
「敵さんもうヘロヘロだよー!最初の圧無いから怖くない怖くないー!」
小さなDFは今も後ろから声でチームを盛り立てている、彼の言葉通り西久保寺の攻撃が最初と比べて厚みがそこまで無い。
運動量が落ちてきているのは明らかであり立見がボールを持ってもハイプレスには行かなくなってきていた。
立見の守備と西久保寺の攻撃、どちらがこの根比べを制するかの行方は立見へと傾いて来ている。
後は得点出来るかどうかだ。
その時。
ピィーーー
「あ…!」
立見、武蔵の方でファールがあった。相手のMFがセンターサークル付近でボールを持つ所に武蔵が奪おうと競り合う最中で武蔵の足が相手を引っ掛けて転倒させたと審判が判断して立見のファール、西久保寺にフリーキックのチャンスが与えられる。
「此処はもうパワープレーで行こうぜ。土門、チャド、構わずやっちまおう」
「OK、正直もうあまり足動きそうにないから此処で取って終わらせますかー!」
「んじゃ小平、頼んだ!」
栄田は長身DF2人を呼び、自分も含めてゴール前に長身選手をずらりと集めて高さで勝負に挑む。
サッカーの攻撃戦術の一つで相手ゴール前に長身選手を配置してそこをターゲットにロングボールを放り込み、そこから直接、またはこぼれ球からチャンスを作り得点を狙う。
それがパワープレーだ。
西久保寺のスタミナを思えば延長戦を戦う力はほとんど残っていないに等しい、最後の力を振り絞るなら此処しか無いと彼らは此処で捨て身に出る。
要の長身DF2人をそのまま前線に置いて1点を狙い勝ちきる、そしてその鍵を握るロングボールを蹴る役目がセンターサークル付近にセットされたボールの前に居る西久保寺GKの小平。
高いキック精度を持つ小平のキックに長身の3人のどれかの頭へと合わせ、そこからチャンスを作る。
立見もこのパワープレーに負けないようにとFWの豪山も守りに参加し高さへと備えていた。
「…」
立見ゴール前のポジション争い、多くの敵味方が入り混じり混戦模様となる中で弥一が見る先は一人違う方を見ている。
そして彼は静かに動き出す、誰にも気づかれる事無く。
『西久保寺、センターサークル付近からのフリーキックにGKの小平が再び出て来ました。それと同時に立見ゴール前には長身選手が勢揃い!』
『残り時間も少ないですから此処でパワープレーに出ましたね、カウンターのリスクも承知の上で1点を取りに来ましたか』
元々リスクある攻めを展開してきた西久保寺、此処まで来てカウンターが怖いからと言って後込みするような彼らではない。
ボールの前に立つ小平は両手を腰に当てて目を閉じ、正確無比なキックを確実に行えるように精神統一していた。
次に彼が目を見開いた時には短いステップを踏んで右足のキックをボールへと当てて飛ばす。
「!?」
ゴール前に高いボールが来る、立見DF陣はそう思っていたが小平の蹴ったボールは低空である上にコースはゴール前ではない、小平から見て左サイドへと一直線に球は運ばれていた。
そこに待っていたのはFW明石、ゴール前を警戒していたが明石は何時の間にか左サイドの方へどさくさに紛れて移動していたのだ。
田村もゴール前を固めていて明石は完全フリー、これは上手く行ったと小平は口元に笑みを浮かべる。
「ナイスパース♪」
「な!?」
次の瞬間、小平の笑みは凍りつく事態を迎える。
完全フリーの明石へボールが送られて問題なく受け取れるはずだった、だがその明石の前に小さな影が立ち塞がる。
『神明寺、インターセプトォーー!!』
ただ一人見破っていて小平からのボールをカットした弥一、これに小平はすぐに自軍ゴールへとダッシュで戻って行く。
今西久保寺のゴールは空っぽ、だがいくら弥一といえど立見のゴール前から西久保寺のゴールまで飛ばすキック力は持っていない。
なので弥一は中盤でフリーとなっている成海へと右足で寸分の狂い無しで足元へとパスを送る。
残っているDFが撃たせまいと成海の前に立ち塞がり小平が戻り切る時間を稼ごうとしていた、このまま相手のディレイに付き合う気は無い。成海は左サイドへと右足でスルーパスを送る。
広く空いている左サイドに優也は待っていたとばかりに快足を飛ばし、ボールとの距離を一気に詰めていく。
これに追いかけるのは西久保寺で一番のスピードを持つ辻。疲労を気持ちでカバーして優也の独走を許さんとばかりに。
「(撃てる!)」
先にボールへと追いついた優也、トラップした位置から斜め左のエリア外。小平が戻ろうとしているがまだ完全ではない、今なら行けると優也は確信すると右足でシュート体勢に入る。
「(くそぉ!)」
シュートに行こうとしている優也の背中が見え、その姿を見て辻は自らの右手を優也へと伸ばす。
此処で強くユニフォームを引っ張ってでも止める。笛が吹かれる危険性はあるがエリアの外、PKにはならない。
勝利の為に辻が伸ばした右手、だがその前に足がもつれて辻は直前に転倒。
伸ばしたその手は何も掴めず空を切っていた。
その間に優也は右足の甲をボールに当ててシュート、強めに蹴られたボールはゴールへと一直線に飛んで行く。
小平は戻りながらも懸命に優也のシュートへと跳躍力を活かしてダイブ。
低い身長を補おうと磨かれた力は確かな形となり、小平の伸ばした右手がボールを捉えて弾いていた。
優也のシュートを小平がビッグセーブしたかに思われたがボールは勢いを失ったもののゴールマウスへと転がって進む。
これに小平はすぐ起き上がって転がるボールへと追いかける、優也も走るが小平の方が位置としては近い。
彼が追いつくかボールが入るかのどちらかだ。
「うあああ!」
雄叫びと共に小平が転がるボールへと飛びつき抑えに行く、此処での失点は致命的。絶対に止めるという気迫のダイブだ。
ボールに飛びつき、小平は抑える。
その位置を主審が確認すると彼は判定を下す。
立見のゴール、それが主審の下したジャッジ。
小平の身体はボールと共にゴールマウスの中へ入っていた。
後半終了間際、1-0。懸命に攻めていた西久保寺の隙をついてのカウンターで立見が先制点をもぎ取る。
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