第152話 我慢の時間帯


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 ボールをキャッチしたGKの小平、そのまますぐ出すかと思えば両手に持ったまま前を見据えている。


 サッカーのルールでキーパーはボールを持って6秒以内にスローインかパントキックをしなければならない、それを超えてしまったら反則となってしまう。


 これが自軍エリア内でその反則が起きた時は相手に間接フリーキックが与えられる。


 小平は勿論その事は分かっており時間を使いつつ、6秒を超える前に右足のパントキックでセンターサークル付近へボールを正確に蹴り出した。


 味方の上がりを待っていたようで中盤での空中戦による競り合いから球は流れて行き、セカンドボールとなったのを先に拾ったのは前田だ。


「!両サイド上がってるぞ!」


 立見ゴールマウスから状況を見ていた大門は気付く。


 前田と辻、ボールを受けた前田だけでなく辻もスルスルと前に上がって行くのを。



「(元気な奴らだな…前半も動き回ってたってのによ!)」


 その姿を間宮も確認すれば彼らのスタミナはどうなってんだと内心で愚痴を零していた、前半から攻撃サッカーを展開してきて前線で動き回っていた辻に積極的な上がりをして攻守に渡り同じく動き回った前田。


 エネルギッシュに動く西久保寺は何処かでガス欠を起こすものだろうと考えられたが、ひょっとしたらそれは無いのではという考えが頭をよぎりつつある。


「川田、9番!」


 間宮は川田へと指示しつつ自らは相手エース栄田をマークする。


 その間に前田は左サイドを重戦車の如くドリブルで運び、田村とサイド際の競り合いとなる。


「(止まんねぇこいつ…!ホントにこいつ年下か!?ごっつい化物め!)」


 体をぶつける田村だが1年にして既に頑強な体を持つアメリカ人とのハーフである前田、田村のチャージに止まる気配が無い。


 このような大きなサイドバックとデュエルするのは田村のサッカー人生において初めてでありパワーの差を感じた。



「うわっ!」


 体同士がぶつかり跳ね飛ばされたのは田村、ホイッスルは鳴らない。田村を振り切った前田がクロスを上げずにそのままゴールに斜めから侵入しようとしていた。






 だがその直後、彼の足元にあるボールは弾かれる。


 一瞬何が起きたのか前田には分からなかった、分かったのは弥一が傍に立っていた事。


 前田はこのまま自分で狙おうとしていた。


 長身のFW達がマークされており、クロスを警戒している立見DFの逆を突こうと自らの単独での突破を仕掛けようと。


 田村を振り切り上手く行ったかに見えたがその企みは弥一によって阻止され、ボールは蹴り出されてタッチラインを割っていた。


「(ミステリー!?何が起こったよ!?)」


 前田は驚いた顔で弥一を見下ろしており、弥一は前田を見ないままポジションへと戻って行く。



「(上半身マッスルで当たりが駄目なら足元ってね)」


 田村が突破された直後、ボールが前田の足元から離れた所を狙い弥一は前田の死角からボールへとスライディングで捉えて弾き出していた。


 上半身の強さは日本人離れしており当たりに強い前田だが弥一から見れば足元の隙があり、まともにぶつかって駄目なら直接奪い取る。


 そして前田の企みは既に弥一が心で読んでいてお見通しだ。




 西久保寺のスローイン、前田が前へと軽く投げれば受けた選手は素早く前田へとダイレクトで軽く蹴り戻し、此処で前田は大きく左足で蹴り出して左から右へとサイドチェンジ。


 このボールを上がっていた辻がトラップし、前線の栄田へとパスを出した直後に右サイドへとダッシュすると栄田は来たボールに対して受けてすぐに右サイドへとはたく、辻はそこへと走り込んでいて栄田とのワンツーの形が成立する。


「(行かせない!)」


 立見もこれをただ黙って見ているはずがない、左サイドバックの翔馬がボールへと反応し詰めていた。



 辻がこれを取っていたらサイドからのクロス、またはドリブルで切れ込んでのシュートのチャンスだったが先にボールに触れたのは翔馬であり此処は確実にクリアしてタッチラインへと逃れる。




「ううん、折角武蔵君や優也君と攻撃2人変えましたけど~…変わらず相手が攻めちゃってますね~」


 立見ベンチでは攻め込まれている立見に彩夏は心配になってきていた、後半に流れを変えるはずがペースは西久保寺が握ったままだ。



「西久保寺の5バック、あれは5-2-3だけど両サイドが積極的に上がる事によって3-4-3の形になってる。サイドからの攻撃に厚みを足して来た…攻撃の時は3-4-3、守備の時は5-2-3と」


「ふわ~、変幻自在なシステムなんですねぇ~5バックって」


「勿論それが絶対無敵という訳じゃなく弱点はある、両サイドバックが積極的に攻撃参加してサイドを往復する分運動量は多くスタミナの消耗がそれだけ激しくなるし、途中でボールを取られでもしたらサイドはがら空きになるから」


「…向こう、そのリスクも知るかって感じで攻めて来てるように思えますけどね」


 京子や摩央、彩夏達が話している目の前ではボールを持った川田に栄田や明石の2人がボールを取りに行っている。


 得意のハイプレスはこの後半も彼らは行うつもりであり足を止めない。



 守備の時は前田も辻も最終ラインまで下がっており5バックの形、優也にはスピードある辻が警戒していた。





「(この決勝戦、彼らは何時もより多く走っている。皆も分かってるんだろうな…それだけ走らないと立見に勝てないというのは)」


 西久保寺ベンチで腕を組んで試合を静観する高坂、その表情は険しい。


 普段ならこういうシステム変更はせずにそのまま4トップで押して点の取り合いを制する、それがこの決勝では違う。


 フィールドで戦う皆が感じていたのかもしれない、今までの試合と同じままでは立見に勝てないと。



 辻や前田に他の皆も懸命に走り回り、攻めと守りを繰り返して来た。


 此処で得点が出来れば一気に西久保寺が優勢となるのだが肝心のゴールは未だ決まっていない、大事な所で止められてばかりだ。


 それでも彼らは得点を諦めずゴールを狙い続ける、PKは狙っていない。


 正直そこまでの体力は持たないだろう、ただでさえスタミナ消費リスクあるハイプレスをやってきて更に左右の運動量が求められるシステムを敷いたのだ。


 それで延長戦も戦えるかと問われればほぼ無理だろう。


「もっと中も使って行けー!」


 高坂はベンチから立ち上がり前へと出て行き選手達へと声をかける。この後半で決着を付けようと、彼らに負担をかけ過ぎない為に。






「キーパー、ロングー!」


 弥一は大門へと声をかけた、ボールを持った土門が40m程ある位置から右足のロングシュート。


 パワーのある彼のキックで球は剛球となって飛んで行くが大門は真正面でしっかりと剛球を受け止める、土門のパワーシュートを受けて体にズシンと衝撃が伝わるがそれでも両手からボールをこぼさずにキープ。


「ナイス大門ー♪」


「おう!皆落ち着いて落ち着いてー!」


 弥一が右手親指を立てて賞賛し、大門は立見のチームメイト達へと声をかけていく。


 そしてパントキックでセンターサークルを超えて左サイドへと蹴られ、タッチラインを割って一旦此処でプレーの流れを切るとDF陣の息継ぎの時間を稼ぐ。



 攻撃の優也と武蔵が投入されたが流れはまだ立見に傾く事はなく攻撃的な5バックシステムの西久保寺が攻撃を続け、それを凌ぎ続ける。


 西久保寺の攻撃が実るのか、立見が守りきるのか。時間が経つにつれて1点の重みは増すばかり。



 此処まで来たら意地の根比べだ。

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