第151話 奇策を敷いて臨む後半戦


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「はぁっ、何なんだよあのチビの読みは」


 うんざりしてるのか疲れた様子で辻はロッカールームに辿り着いて早々、椅子へと座り込んで項垂れていた。


「東京MVPは伊達じゃないって事だろ、ほれしっかりせぇ」


「あ、サンキュ」


 自分の分のドリンクを飲みつつ土門が辻へとドリンクを手渡すと辻は蓋を開けてグビグビと喉を鳴らしつつ勢い良く飲んでいく。


「惜しい所までは行ってますよね?何度かチャンスはありましたから」


「まあ行ってるとは思いたい、最後のボレーとかブロック無かったら行けてたかもしれないし…俺としても会心の当たりのつもりだったんだけどなぁ」


 前半について振り返り栄田と小平は話し合い、前半はこっちが攻めていたが1点が結局取れず後半はどういうプランで行こうかとハーフタイムの僅かな時間を活用する。


 西久保寺のペースで攻めていたが後半はどうなるか分からない、そして立見の後半となれば向こうにはスーパーサブが居る。その事を彼らは当然知っていた。



 歳児優也、自分達が消耗しているタイミングで出て来るだろうと。


「じゃあ皆、後半に向けて…」


 高坂は西久保寺イレブンへと後半に向けての作戦、そして指示を伝える。








「なんとか凌いだは良いけど、あいつら思ったより守備も強いぞ」


 立見のロッカールームで豪山は前半で彼らとぶつかった感想をドリンク片手に語る、前線の攻撃力が目立つが西久保寺DFの要である土門と前田の屈強な守備、前半途中交代になったとはいえGKのガッツ溢れるセービング。


 1点を決めなければいけない所を外し後悔が残りつつ彼らの守備を破るのは容易ではないと感じた。


「相当彼ら動き回ってましたけど、あれ…最後まで持つんでしょうか?」


 大門の頭に浮かぶのは前線で絶え間なく動き回っていた西久保寺の前線選手達、ハイプレスによって彼らは前から立見DFへとプレッシャーをかけ続けていた。


 それを立見が凌げたのはパスとプレスの練習を積み重ねたおかげがあるかもしれない。


 練習でパスを回しつつプレスを躱し続け、迫り来る圧に慌てず対応する力をそれで身に付ける事が出来ている証だ。


 更にパスを取られたらすぐに守備へと切り替えられるようにその場でパスとプレスの攻守交代をする、それによって攻守の切り替えの素早さも向上の狙いがあった。


 この後の後半も彼らはそれをやって来るのか、ハイプレスのリスクは体力の消耗が激しい事。この後半で彼らも何か変えて来る可能性は考えられるはずだ。


「後半からは岡本君と鈴木君に代わって歳児君と上村君に頭から出場してもらうから。後半よろしく」


「おお、良いねー!歳児タイムだー♪」


「本当に誰が言い出したんだそれは…」


 京子から後半は選手交代がある事を伝えられ、ロッカールームにはアップを済ませた優也と武蔵がユニフォーム姿となっている。


 弥一は期待を込めて世間で言われている歳児タイムを優也に向けて言うと本人はため息をつきたくなるのを我慢、一体何処の誰がそれを考えて言い出して流行らせたのか。


 どちらにしても出るからには勝つ為に出来る事をする、何時も優也がやっている事に変化は何も無い。


 勝利の為に走るのみだ。





 両チームのハーフタイムは終わり、休憩を終えた選手達はスタンドの声援を受けながら再びフィールドへと姿を表す。



『後半に向けて両チーム選手交代ありましたね、西久保寺は中盤の2人を下げて新たに中盤の選手2人を入れました』


『彼らはこの試合だけでなく此処まで走り回ってましたから、此処で新たにフレッシュな選手を入れて運動量の低下を防ぐ狙いでしょうかね?』


『そして立見の方は中盤の岡本、鈴木を下げて歳児と上村。此処で歳児優也の登場となりました』


『出ましたねぇ、立見のスーパーサブ。この決勝で歳児タイム見せてくれるのか楽しみです』



「歳児ー!一発行ってくれよー!」


「優也君ガンバー!」


 優也がユニフォーム姿となって後半から出てくれば歳児タイムを知るファンからの熱い声援、ゴールや活躍を期待しているのが伝わって来る。


「…ん?」


 その時、西久保寺のポジションにつく姿に優也は何やら違和感を感じた。ベンチで見ていた時とこの後半、西久保寺は何かが違うと。


 それはすぐに分かった。




「え、あれ?辻が…右サイドバックの位置に?」


 摩央が辻の居る位置に驚きを隠せない、西久保寺の辻と言えば右だったり左だったりとウイングのFWという印象が強い。


 だが今の彼は前線ではない、DFラインの位置。右サイドバックにまで下がっていたのだ。



「これは、向こうシステム変えて来た…」


 立見も優也が入った事でシステムを4-5-1から4-4-2の2トップに変えていたが、西久保寺の方にもシステムの変更があった。


 超攻撃的な4-2-4から5-2-3、辻をDFに下げて5バックの3トップへと西久保寺はこの後半に変えて来る。



「5バック?わざわざ辻をDFに下げて此処で守備固めか?」


「歳児に裏を取られないようにする為じゃね?けど意外だなぁ、超攻撃的な西久保寺が此処で守備的な5バックにするって…」


 西久保寺のこのフォーメーションを見て一部の観客達にどよめきが起こっていた。


 前半押していた彼らは後半、立見の方に居るであろうスーパーサブの優也に対して守りの対抗策をしてきたのかと。




「(5バックが守備的、か。ただこっちとしては守備固めのつもりなんか全く無いんだけどね)」


 ベンチで腕を組み試合を見守る高坂、後半に向けての策は敷いた。5バックにしたが守備的ではない、むしろ攻撃的のつもりだ。


 優也への対策を取りつつ更に攻撃も出来るように。



 ピィーーー



 後半キックオフは立見ボールから始まり、後ろへとボールを下げるとすかさず前線から栄田達FWがプレッシャーをかけに後半も走って詰めて行く姿があった。



 プレスが来る前にパスを出して行き、ボールを右の足で受けて止める弥一。その彼にも相手のFWである明石がボール奪取を狙いに迫る。


 これに弥一は口元に笑みを浮かべていた。


「!?」


 すると次の瞬間、ボールをカットしようとしていた明石の頭上を右足で軽く球を蹴って浮かすと自身も明石の右を通って突破。


 DFながら魅せる弥一のボールテクニックに会場からは驚きの歓声が上がる。


 更に相手が迫る前に弥一は成海がフリーになっているのを見逃さず素早く左足で正確に彼の足元へと送る。



 足元へと送られた成海、前を見れば豪山はマークされているがシュートコースは空いている。成海から見てゴール左、これに左足を振り上げてエリアの外からのミドルシュート。後半開始早々に立見が先制のシュートを放つ。


 DFのブロックは間に合わずゴールへと飛んで行き、ゴール左を捉えていた。




 それに対して反応したのは前半から代わって入ったGKの小平。


 横っ飛びでシュートへと飛びつき、ほぼ体の正面でボールをキャッチする事に成功する。



『立見、神明寺の華麗な技から成海へと渡り後半の1本目から良いシュートが飛び出した!これに西久保寺1年GK小平がこのシュートを防ぎナイスセーブだ!』



「(体は小さいけど、その分跳躍力でカバーしてるんだ…腕を伸ばさず止めたし)」


 小平が止めた姿は弥一の目にしっかり映り、個性あるDFに加えてGKも中々優れていると感じた。



 それに加えて超攻撃的なチームが急にこの5バック、この後半戦また一筋縄では行かないかもしれない。

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