第144話 決戦前、何時も通り過ごす彼ら
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「西久保寺を率いる若き名将ですよね、創部から僅か5年でチームを選手権東京予選の決勝に導く手腕。その秘訣を皆聞きたがってると思いますよ」
「いや、はは…。僕などたいしたことは全くしてませんよ」
西久保寺高校の部室に記者と対面する形で話す青年は困ったように頭を右手でかく仕草を見せて苦笑、短髪で黒髪の七三分けで身長は175cm付近で緑のジャージを着ている彼が西久保寺の監督を務める。
西久保寺の卒業生であり元プロサッカー選手、高坂学(こうさか まなぶ)。30歳と監督を務める年齢としては結構若い方だ。
その高坂が率いる西久保寺は東京予選の決勝へ駒を進めて立見と当たる事が確定している、立見が勝っても西久保寺が勝っても選手権の全国出場は初めてとなる。
「そういう秘訣ならむしろこっちが立見さんの方に聞きたいぐらいです、向こうはうちより短い創部2年ですからね。それも今年はインターハイに出場、更にずっと無失点を続けていたりとミラクルだらけですよ」
「自分からすればどちらもミラクルですけどね…両方とも実力ある高校や名門校を下したりしてますし、この前の音村学院との試合では壮絶な打ち合いでしたよね」
「そうですね、音村さん相手にうちはなんとか5点取れましたけど3点も取られましたからね…勝ったとはいえ守備に課題は残りました」
「では決勝に向けてその守備を徹底して修正を?」
「いえ、無論反省点であり話し合いはしましたが強制して此処直せとは言いませんね。そこは選手達に任せています」
高坂の指導スタイルとしては自分があれやれ、これやれと強制はしない。何をどうするべきか、選手達に考えさせて決めさせる。自主性や主体性を重んじた指導が高坂流だ。
そこから養われるのは考える力。
サッカーは試合の中で様々な変化が起こり、選手達には臨機応変に動ける判断力が求められる。
「選手達が自分で動けたら僕が病欠だったりアクシデントで現地行けず不在になったとしても自分達で戦えますから」
「なるほど…では決勝も何時も通り行くと?」
「そうですね、決勝戦だからと言って特別な事はしません。何時も通りの何時もの調子、そういった自然体が一番だと思います」
「相手はインターハイから無失点を続ける立見高校となりますがそこへ向けて意気込みはどうでしょうか?」
「彼らならやってくれると信じてますよ、彼らの攻撃なら無失点記録を持つチームも崩せる。僕はそう思っています」
部室で監督の高坂が取材を受けている間に西久保寺サッカー部員達はフィールドを駆けて行き、ボールを持った辻がゴール前へと左足でアーリークロスを上げる。
そこに長身FWの栄田が飛び込むが同時にDFもジャンプ、彼は栄田より更に背が高くガタイも良かった。
栄田を弾き飛ばし頭でボールをクリアして攻撃阻止に成功。
「んな簡単には行かねーぞ栄田」
「えっぐいわぁ」
倒れた栄田を引っ張り起こすDFの選手、身長は190cmにも届きそうな程に長身でゴール前を守る西久保寺の頼もしきDF。
坊主頭に近い黒髪の大柄な男子は得意げに笑う。
土門源一(どもん げんいち)、高い攻撃力を誇る反面守備に難ある西久保寺を支える守備の要だ。
「この調子で決勝こそは完封するからな、攻撃のお前らばっか目立って悔しいし!」
「何だよ対抗心あったんだー?」
「うっせぇよ!俺だってヒーローインタビューとかそういうの受けてみてーから!」
西久保寺のチームの雰囲気は明るく笑いが起こっている、全体が前向きであり伸び伸びとした感じ。決勝を控えているが緊張や気負いといった物は無い。
張り切る土門に辻は茶化していてインタビューを受けているのは主に栄田や辻といった攻撃陣でDFには向けられない。
「それこそあの小さいの、神明寺弥一ぐらい活躍しないと無理じゃね?」
土門に引っ張り起こしてもらって栄田はその場で軽く屈伸しつつ活躍するDFで弥一の名を口にする、彼はDFながらインタビューを受けているだけでなく東京MVPも取っている。
DFながら華やかな活躍を見せていた。
「ていう事はフリーキックでえぐいカーブかけたりとかバシバシインターセプトかましたりとか華麗なテクで1対1抜き去る…あ、お前無理だわ」
「無理言うんじゃねー!まあ、俺も無理とは思ってるけどよ」
これまで弥一がやってきた事を辻が思い浮かべると土門には無理だと思い、彼自身も一度は無理と言われたくないとなっていたが同じように弥一のプレーを思えば無理だと感じた。
真似出来ないから自分らしくサッカーすれば良いと。
全体的にポジティブなチームであり士気は高い、明るい口調ながら彼らの狙いはただ一つ。
立見のゴールを割って初の全国出場を決める事だ。
「攻撃の西久保寺が攻め勝つか、守備の立見が守り勝つか。Aブロック最強の攻撃と守備が激突する決勝戦!ていう感じで注目されてるねこれ」
「んん?あー、見出しこんな感じなったのか」
部室のロッカーで練習着から制服へと着替える間宮の耳にスマホを見ている影山の声が届き、間宮も自分のスマホを確認。記者が書いた記事で守備の立見と攻撃の西久保寺、注目の新鋭対決!という決勝に向けての物だ。
立見がインターハイに続いて無失点を続けるのに対して西久保寺は予選で大量点を取って勝ち進んで来た。
同じ新鋭でもそのスタイルは異なる。
「お疲れですー」
「あ、お疲れー」
「おう、気をつけて帰れ」
そこに着替え終えた弥一が先輩2人へと声をかけてから部室を後にする。
「…ホント、あいついなかったら今頃立見はどうなってたかな」
「啓二?」
弥一が帰った後に間宮はそこに弥一がいない事を確認すればぽつりと呟くように言う。
「だってそうだろ、立見の快進撃は勿論成海先輩や豪山先輩、お前や田村の力とかあったけど何より…弥一の活躍が一番デカかった」
間宮は最初の頃は弥一の事を良くは思っていなかった、イタリアでサッカーが上手くなって調子に乗っているように間宮には見えて正直気に食わないと。
だがそれも試合を共に重ね彼のプレーを身近で見て来て変わる。
後方からの積極的な声掛け、的確なポジショニングと驚異的な先読みを兼ね備えたインターセプト、プロにも劣らないボールテクニック。
普段マイペースだが試合となると彼は活躍してくれる、それこそピンチとなる場面を救われた回数は数え切れない程だった。
弥一がいなければインターハイに全国出場は無く今の無失点記録も無かった、かもしれないでなく確実にそうだと間宮は確信している。
1年にして彼は超高校級のリベロだと。
「マジ凄ぇよあいつ、今度の西久保寺相手にも何かやってくれそうで」
「何かすっかり弥一君大好きっ子になっちゃってるね?」
「はぁ!?んだよそれ、そんな訳ねーだろ!つかさっき言った事は弥一には言うなよ、それであいつ調子乗るかもしれないからよ!」
「はいはい」
影山に言われた言葉に対して間宮は顔を真っ赤にしながらムキになって言い返し、そんな幼馴染の様子を影山は分かり易いなぁと思いつつ小さく笑うのだった。
敵味方問わず最近何かと噂されるのを当の本人は知らないまま小走りで夕焼けに染まる道を進んでいる。
「待っててー、今日限定のビーフカレーパンにメロンクリームパンー♪」
弥一の今の関心は決勝の相手である西久保寺よりも行きつけのベーカリーショップに売られてる本日限定のパンであり、今はそれを食べる事しか考えてなかった。
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