第126話 劇を華麗に演じた後は


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 劇や出し物が行われる体育館では多くの一般客が出入りしており、様々な部による催しが行われていた。


 陸上部によるマジックショー、アメフト部とラグビー部の合同での漫才やショートコントといったお笑い、軽音部のバンドによる本格的なライブ。


 そこで観客の喜び、驚き、笑い等が起きて普段は多くの運動部の生徒が練習する場であるが今日は大いに盛り上がっている。



 会場が温まっていく流れで女子バレー部の劇は出番を迎えようとしており舞台裏では準備が着々と進められていた。



「えーと、此処でー…」


「そうそう」


 弥一は台本で自分の台詞を確認していて輝咲がそれに付き添ってくれている、姫でヒロインではあるが担当する台詞は意外と少ない。これが長いセリフだったら覚えきれる自信など到底無かったがこれならなんとかなるかもしれないと弥一は台本を輝咲と共に確認を続けた。



「私達が姫をさらう係だからよろしくー♪」


 そこには黒いフードに身を包み悪役へとなりきった他の女子バレー部員の姿が並んでいた、皆ノリノリで姫をさらう気満々だ。


「あはは、お手やわらかにー…」


 これに対して台本から彼女達へと視線を向けていた弥一は苦笑しつつ言葉を返していった。






 やがて始まる女子バレー部の劇、想い合う王子と姫。そこに迫り来る魔の手、魔王の使い達が姫をさらう所から物語は始まる。


「ああ、王子…この想いを私はどう伝えれば良いのか悩むばかり」


「見つけたぞ姫よ!」


「我らが偉大なる魔王様がお前を欲している、来てもらおうか!」


「何しますのー!?」


 黒いフードに包まれた数人の魔王の使いにさらわれる姫、ちなみに叫んだ所は弥一のアドリブ。お嬢様的なイメージをしていたのでそれに合うセリフを考えてこうなった。




「魔王軍よ!我が愛しき姫をただちに返してもらおうか!!」


 物語は剣を携えた王子が仲間と共に魔王軍の住処へと乗り込み、そこで戦いを繰り広げる。


 普段からバレーで鍛えた身体能力を活かし素人とは思えないアクションでそれぞれが戦う演技を見せていた。


 その中でも王子に扮した輝咲の動きは特に軽やかにして巧い。


「(あの動きって…)」


 舞台裏で再び出番を控える弥一、輝咲のアクションに注目していた。観客の中では輝咲の華麗な王子の戦いに頬を赤らめる女性の姿もある程だ。



 そして物語は終盤、王子と魔王の一騎打ちシーンを迎える。相手役の魔王は輝咲と同じ長身の女子部員が勤め、全身黒い鎧に包まれ大剣を手に持つ。無論全部作り物の小道具だ。



「覚悟するがいい王子よー!」


「くっ!」


 これまでの部下のようには行かず魔王の剣を王子はなんとか躱し、剣を受け止め鍔迫り合いとなり押される展開となる。


「王子、貴方なら勝てる。魔王に負けないで!Forza(頑張れ)!」


「姫…!」


 此処で姫の一声、これが王子の活力となって魔王の剣を押し退ける。最後のイタリア語、これが姫から王子に力を与えるという物だ。



 そして魔王を追い詰めて最後に王子の剣が魔王を捉え、魔王は倒れていった。



「王子!」


「ああ、姫!ようやく貴女を救う事が出来た、私はもう二度と貴女を離さない!永久に愛する事を此処に誓おう!」


 救い出された姫を抱き寄せ、王子は愛の言葉で姫への愛を示す。


 実際は弥一が輝咲に抱き寄せられている訳だが恥ずかしさはあり、サッカーの試合でゴールの時に抱き合う感覚とは全然違う。男子には無い柔らかさがあり良い匂いが鼻に伝わって来て弥一の顔を赤くさせていた。


 こうして劇はフィナーレを迎えて会場は拍手に包まれたのだった。









「終わったぁ~…」


 弥一は控え室へと戻り1人椅子に座って背もたれに背中を預け、天井を見上げていた。


 試合とはまた違う疲れがあり、それが終わった安堵感で今はいっぱいだ。


「なんだ、もう着替えてしまったのかい。似合っていたけどなぁ」


 控え室に入って来た輝咲は王子の格好のまま、椅子に座る弥一はもうドレスではなく着慣れた制服へと戻っている。ロングヘアーのカツラも外し、すっかり元通りだ。もう少しドレスを見たかったのか輝咲は何処か残念そうにしていた。


「笹川先輩、さっきの動きって合気道?」


 天井から輝咲へと椅子に座ったまま視線を向けて先程見せたアクションを頭で振り返りながら尋ねる、人々からすれば華麗なアクションと思うもその動きは関わっていた者からすれば分かる。あれは合気道の動きを応用していると。


「ああ…やはりキミには分かってしまったか」


 隠す事なく輝咲は何時もの柔らかな笑みで答え、その通りだと弥一に正直に話す。


「これは幼い頃から習っていてね、それこそ身に染み付くぐらいにやったもんだよ」


「へえー、そんな前から…僕も小学校からやってましたからそれで分かったんだと思いますね」


「うん、それ分かってる」


「?」


 弥一と同じように輝咲もかなり前から合気道を習っていた、その中で弥一が小学校ぐらいから合気道を習っていた事を輝咲は知っているようで彼女の目は彼を真っ直ぐ見つめる。



「覚えてないかな?僕とキミ、会っているんだよ」


「会ってる…?」


 輝咲にそう言われると弥一は幼い頃の、小学校の頃を振り返ってみる。







 サッカーをやっていていくら心を読んでも動きについていけなかったり体格ある相手に競り負ける、そんな時に勝也から合気道を勧められて行動に移るのが早い弥一はすぐ近所にある合気道の名門、その門を叩き習い始めていた。


 当然ながら始めた当初から上手く行く訳がなく弥一は苦戦が続く。


 そこに同じ年頃くらいで弥一より少し背が高かった紫髪で短髪の子が弥一へと声をかけてきた。


 自分より早く合気道を習っていた事もあってか巧くて動きが鮮やか、同年代でこの動きが出来るんだと当時の弥一は目を輝かせた。

 そんな弥一にその子は合気道について色々と教えていく。



 そこから弥一はその子と仲良くなり道場で一緒になる時は話し、自分がサッカーをやっている事も話した。それは弥一が小学校4年生まで続き、その頃になると家の事情で引越しをしなければならなくなり以降その人物は道場に来なくなった。


 それ以来話していない、その子の名前が笹川輝咲。高校生となった今弥一の目の前に居るのが幼い頃合気道を教えてもらって仲良くなったあの子供だったのだ。




「思い出したかな神明寺君、いや…弥一君」


「思い出した、輝咲ちゃんだったんだー。凄い背が高くなって格好良くなっちゃったから分かんなかったよー」


 昔を思い出したせいか弥一と輝咲は当時呼び合っていた名前の方で呼んでいる、互いに小学生だった当時は身長こそ輝咲が勝っていたがそこまで大きな差は無かったが今では30cm程の差が開いていた。


「はは、褒め言葉として受け取っておこう。キミの方は凄い活躍をしていて驚いたよ、サッカー部を全国に導いて東京MVPを取っていて大きく成長したんだと感じた」


「身長はたいした成長無かったけどね」


「それでも体格で勝っている相手に勝って行っただろう、僕の方も分かるよ。サッカーに合気道の動きを取り入れているって」


 立見サッカー部の試合、輝咲の方もバレーの傍らで試合をスマホで見ていた。そこに映る弥一のプレー、弥一が輝咲のアクションで合気道が取り入れられてると分かったように輝咲もまた弥一のサッカーに合気道の要素が入っていると分かった。



「久々に会えて良かったよ、それで…」


「どうかした?」


「キミはこのまま僕の着替えを見たいのかな?」


「あ…!ごめんー!」


 これから着替えを始めると変わらぬ笑みのままに言う輝咲に弥一はハッと気付き慌てた様子で部屋を出て行った、その様子が輝咲には可愛く思えてしまう。



 その後に弥一と輝咲で連絡先を交換、幼い頃に合気道の縁で出会った2人は時を経て再び会い歩み始める。

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