第125話 王子な彼女と共に臨む文化祭


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 女子バレー部で人気の2年から頼まれた内容、劇に出てもらうという事。


 頼んで来た輝咲は王子のような雰囲気を纏わせつつ穏やかな笑みを浮かべていた。


「劇って女子バレー部だけでやる訳じゃないんですかー?」


「そういう決まりは特に無いかな、こちらの方で行う劇による役がキミと合うのではないかと思い声をかけさせてもらった訳だ」


 輝咲達の劇、まだどういった内容なのか聞いていないが弥一に合う役がある。そう判断してわざわざ輝咲は1年の教室までやってきた訳だ。


「劇の内容としては王子と姫の物語でね、簡単に言えば悪者にさらわれた姫を助け出す為に仲間と共に王子が戦っていくという感じなんだよ」


 さらわれた姫を助けようと奮闘する王子達。


 よくある内容の劇だ、そこに弥一に合う役目があるようだがどの辺りになるのかと弥一は考えてみるがどれに該当するのか分からない。


「その劇の中にはイタリア語を使った台詞がある、神明寺君はイタリア語が非常に上手いと聞いた事があったからさ。それで僕は真っ先にキミが浮かんだ。顧問の高見先生を通すべきだろうがキミ自身の意思が大事と思って真っ先に声をかけさせてもらったんだよ」


 幸へ頼み、それで許可を貰っても肝心の本人が嫌なら意味が無い。輝咲は弥一の意思を考えていた。


 イタリア語に関しては弥一も得意だと思っており今の所自分以上に喋れる者は講師以外にはいない、それで自分へと声がかかったんだなと弥一は納得する。


「それで僕の役目ってイタリア語で喋るの誰ですかー?」


 劇中でイタリア語を使うのは誰なのか、それが気になり弥一は身長差ある輝咲の顔を見上げたまま尋ねる。


「ああ、姫だね」


「へー…え?」


 さらりとイタリア語を喋るのはこの役目だと輝咲は弥一へと笑みを崩さず伝えると弥一は一瞬我が耳を疑った。


 言い間違いでなければ喋るのは姫であると聞こえた気がする、まさか自分が物語で言うヒロインを演じないといけないのかと。


「あの、笹川先輩?僕、男子ですよー?」


「無論分かっているとも、僕も女子だけど王子役に選ばれている。光栄な事に似合うと皆から言われてしまってね、それで引き受けた訳だけど…同じようにキミも姫は似合うと思うぞ、身長が小さく華奢で顔が可愛いキミなら」


 輝咲も今回王子役に選ばれ、男装する事が確定している。輝咲が王子に合うというのは頷ける、纏う雰囲気と柔らかい笑みがまさにその感じだ。


 その輝咲は弥一が姫に似合うと向いている要素を褒めているつもりで言っていく、本来は男が言われてもあまり嬉しい事ではない物ばかりではあるが。


 そして姫役に選ばれるという事は当然ドレスを着なければならない。


「…いや、すまない。突然の誘いでいきなり姫に向いてるだの言われればそれは戸惑うだろうな」


 弥一の事を察してか輝咲は申し訳なさそうな表情へと変わっていた。


「キミがどうしても無理と言うなら無理強いは無論するつもりは無い、個人的にはキミが姫だと良いなとは思うが…」


 此処で断ればこの話は終わる、それで済むはずではあるが輝咲は自分が相手役であってほしいと望んでいる。それは心でも強く望む程だった。


 そして何故か知らないがこれを断ったら駄目だと弥一は感じていた、断ったらインターハイに続いてまた後悔が残るかもしれない。



「あの、やりますよ。劇、僕で良いならですけどー」


 ドレスにそこまで抵抗が無いかの如く弥一は劇の話を引き受ける事になった。


 やらずに悔やむよりやって悔やんだ方が良い、そう思っておこうと頭の中でそれは決めていたのだった。


「そうか!ありがとう!」


 弥一が引き受けるとなって輝咲は顔をぱあっと明るくさせて弥一の手を握り感謝を示す。


 触れ合う手と手の感触、男子との握手とは違う。


 弥一がそう思う中で輝咲に感謝される、性別通りなら弥一が王子で輝咲が姫だろうが身長差や纏う雰囲気もあって役目は逆となる。




 それから輝咲や女子バレー部の行動は早く、部に連れてこられた弥一は衣装係の女子にサイズを計ってもらって衣装を選んでいく。


 輝咲の方はその間に幸へと話して正式に文化祭には弥一を借りたいという許可を取っていた、幸に対して王子のような雰囲気を出して柔らかな笑みを浮かべて会話をする輝咲。


 その雰囲気に幸は押されたとか、そんな噂が立見サッカー部内で一時流れた。




 サッカー部の方でも餃子の焼き方など大門を通して重三に教えてもらい、これに才能を発揮したのは安藤で彼が一番上手く焼けていた。

 餃子は安藤を中心に作り上げる事が決まったようだ。










 9月の第2土曜日に立見の文化祭は開催。


 他の多くの運動部による屋台がある中でサッカー部の中華屋台は餃子の焼ける音や匂い、人間の五感の内2つを刺激されて屋台へとやって来る者は多く注文する声は途絶える事を知らない。


 おかげで部員はフィールドを走り回るように忙しく動いていた。



 サッカー部が屋台で忙しくなっている頃、弥一の方は女子バレーの面々と合流しバレー部の部室でメイクをしてもらっている。


「弥一君にはナチュラルメイクが良いねぇー、その方が弥一君の肌とも相性良さそうだし魅力もより引き出せると思うの」


 メイク係のバレー部員にこういうメイクがオススメだと言われて弥一は流れに身を任せていた。


 女装など人生で初めてであり、する時が来るとは思っていなかったが人生何がどうなるのか分からないものだ。




「うう~ん、ヒラヒラしてるし動き難い~」


 ロングヘアーの黒髪、ノースリーブの青いロングドレス衣装。低い身長かつ華奢な体格、更に可愛らしい顔立ちによって何も知らなければ弥一は可愛い姫で通るかもしれない。


 スポーツ校である立見となれば大抵が体格ある男子ばかりであるがそういう意味では弥一は男子の中で奇跡の人材と言っていいだろう。


 男としては嬉しいものではないとは思われるが。



 弥一が動きづらそうにしていると目の前にやってきた相手役、その準備が終わったようで姿を見せた。


「今日キミは動かなくて良いんだよ、それでサッカーをする訳じゃないんだから」


 白いスリムパンツに赤い服と貴族服を思わせる衣装の上に青いマントを付けて輝咲は登場、背の高さや柔らかな笑みに纏う雰囲気が益々王子と思わせてくれる。


 女子達が輝咲を推すのもこの姿を見れば頷けた。



「さて、それではまいりましょうか姫」


「あ、はい…」


 もう既に役に徹しているのか劇が始まる前からまるで王子のような振る舞いを見せる輝咲、弥一の右手をそっと重ねてそのままエスコートする形となり弥一は輝咲と共に劇へ向けて歩き出す。

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