第120話 似た者同士は互いを偵察


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 合宿2日目、空は変わらず夏の太陽が照らしていて青空が広がり晴天の朝を迎える。


「ぐ~」


 宿泊する宿の部屋にて和室の布団で弥一は朝を迎えても爆睡しており、夢の世界から帰還する気配が見られない。寝相なのか暑さから逃れる為か掛け布団は蹴飛ばしておりパジャマの上着がめくれ、お腹を露出させた格好だ。


「弥一、もう全員起きてるぞ!いい加減起きろよお前ー!」


 北海道の時と同じく今回も同室となった摩央は先に起床しており、未だ起きない弥一を叩き起そうと試みる。


「ふあ?」


 摩央の音量を上げた声には流石に気付いたようで弥一はようやく夢から現実へと帰還、まだ意識は半分夢から覚めてはいない様子だ。


「ほら、顔洗って着替えて支度。ったく…俺はお前の目覚ましじゃねぇってのに」


「ん~」


 のろのろと起き上がった弥一は寝ぼけたまま洗面所へと向かって顔を洗いに行く、フィールドでは何時も活躍を見せる弥一だが朝は弱い。


 イタリアで朝練無しの生活に慣れてしまった習慣もあるかもしれない、やがて水が流れる音がして摩央はやっと顔を洗い始めたと軽くため息をついていた。





「皆起きてるって事はもう朝ごはん全部食べられちゃってるー?」


「昨日みたいなビュッフェ形式でその心配はほぼ無いだろ」


 皆とは遅れての起床となった弥一、着替えて摩央と共に部屋を出て食堂に向かおうとすると同じタイミングで部屋から出て食堂に向かう人物が居た。


「ふあ~」


「あれ?そっちも今起きたんだ」


「ん?おお、神明寺か」


 食堂に向かおうと部屋から出て来た人物、想真に気付くと弥一は声をかけて想真の方もそれに気付いて軽く右手を上げる。


「スペインで朝練無しの3年間過ごすと身体がそっち寄りになってから早起きがめっちゃしんどい」


「それ分かるー、僕もイタリアで3年間朝練無しだったから慣れちゃったんだよね。もう朝はしんどいのなんのって」


 海外留学から帰国した者達にとってはよくある事か、弥一と想真は互いに朝が苦手と話しつつ食堂へと共に並ぶ形で向かって歩く。


「(何か似てんなぁ)」


 それが彼らの並ぶ姿を見ながら歩く摩央の感想だった。








 朝食を終えて2日目の練習、立見は入念に各自ウォーミングアップを行っている。今日はインターバルトレーニングを行う日なので怠れば怪我のリスクが出て来てしまう、特に怪我が治って間も無い田村は要注意だ。


 身体をほぐしてからトレーニングは開始。


 速いスピードのダッシュとゆっくりジョギングで流すレスト、これを交互に繰り返し身体に負荷をかけて行く。此処までは春と同じだが、更に此処でナンバ走りを取り入れて走法により慣れてもらう。


 主に走りやスタミナ向上、主な午前の練習メニューはその目的で組み込まれており午後はボールを使って1対2や2対2等実戦を想定したトレーニング予定となっている。



 立見がインターバル走で汗を流す中、最神の方も練習が行われていた。


 向こうは選手達で四角形の形を作り1つのボールをその中で蹴り渡すパス練習、更にその四角形の中に一人選手がボールを追いかけていく。


 パスを奪われるプレッシャーの中でも正確に蹴れるように技術面やメンタル面の両方の向上効果を狙い、ボールを追う選手には食らいつく執念とパスが何処に出されるかの読みが養われる。


「一人追加やー」


 監督の石神の一声に四角形へ新たに一人選手が入る。これによりボールを追いかける係は2人、パス側はより強いプレッシャーを背負う事になり蹴るコースも限定されやすくなる。



 2人がかりでのパスカット、状況判断もより素早く行わなければならない。


 パスが出されボールを受け取ると綺麗にトラップ、このパスを受け取ったのは想真だった。


 カット係の2人は当然ボールを持つ想真へと素早く詰め寄ってボール奪取を狙いに行くだろう、しかし想真は迫り来る2人を見てニヤリと笑みを浮かべ左足でボールを蹴る。


 コースは迫る2人の足元、その僅かな間をボールは正確に通されて先に居るパスの相手へと届いた。


 2人がかりのプレッシャーに足元が狂う事は全く無く通すのが難しいコースを狙って蹴る、正確無比な高い技術と勝気な性格がこれを可能としたのかもしれない。




「(リスクなんか知るかって感じだなぁ)」


 今の様子を練習する最神の近くまで走っていた弥一はさりげなく見ていた。想真の強気な性格はパスにも現れているようだ。





 午前の練習が終わり昼休憩、此処もまた食堂のビュッフェの世話になり午後の練習に備え食べてエネルギー補給に務めてから再び練習は始まる。



 夏の炎天下で動き回りマネージャー達の用意するドリンクや冷却のタオル等で暑さを凌ぐ事も忘れない、これ無しでは到底この猛暑を乗り越える事など出来ないだろう。




 ボールを使っての実戦練習が行われ、その中でボールを持った成海の前に弥一が立ち塞がる。


「(此処は右……)」


 成海は右へと弥一を抜き去ろうとしていた、だがこの動きは囮で本命は違う。


「(と見せかけ左だ!)」


 素早い右から左への切り返し、これで弥一を揺さぶり成海は躱していく。




「(バレてますよ)」


 そこは心の読める弥一。成海のフェイントは最初から読んでおり釣られずボールへと右足を出して弾かせ、成海の突破を許さなかった。



「(ふうん、まあ俺もあれぐらい止められるけどなぁ)」


 1対1で弥一が止める姿をボールが遠くまで飛んで取りに来ていた想真は見ており、その中で自分も同じようにあれは止められると思った。











「えー、皆さん2日目お疲れ様です。明日は午前練習の後は自由時間とします、合宿所を出る時はあまり遅くなり過ぎたり遠くへ行き過ぎないように」


 今日の練習が終わり、食堂にて食事前に幸から立見の部員達へ明日の予定について伝えられる。


 千葉まで来たのだから練習の毎日だけでなく休みも挟んで違う環境をより楽しみリフレッシュしてもらおうと、京子達と共にこの予定を組んで来ていたのだ。



 これに明日の午後が楽しみと、千葉を観光しようかと部員達の間で食事のお供としてその話題が多く出て来ている。







 3日目、朝から午前練習は行われパス練習を中心にボールを使ってのトレーニングが立見の方で行われる。今日の午後は自由時間となる、なので昨日と比べれば夏の暑さはそこまで苦には感じなかった。


 やはり何か褒美でもあれば人は頑張れるものだ。






「さー、何処行こうかなぁー♪」


 午前の練習が終わり、弥一は楽しい気分で自由時間を利用し出かける準備を整え合宿所の外へと出て来ていた。


 そしてスマホで千葉の何処を行こうかと検索、近くに千葉の美味いグルメでも無いかと見ていると。


「ほあ~」


「ん?フォルナ、お前も合宿所ばかりじゃ退屈だから外に出たいって所かな?」


 何時の間にか後ろからフォルナが弥一へとくっついて来ており、一緒に行きたいのかと思った。この前と同じようにフォルナと共に千葉を探索に行こうと弥一は一歩を踏み出す。



 それから遅れて数分。


「何処行こ?千葉でおもろい所ってこの辺りにあったら儲けもんやけどなぁ」


 立見と同じく最神もこの日の午後は自由時間となっており、想真も弥一と同じように千葉を観光しようとスマホ片手に歩き出していた。

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