第118話 東西リベロの1on1
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
公園には今誰もおらず、周囲にも特に人の姿は無い。道路の方で車が通るぐらいであり、近くに住宅も無い。
なので人々は知らないであろう。
東と西の高校1年生、サッカープレーヤーであり2人ともDFで同じリベロのポジション同士が1対1の勝負を行うというのは。
「ほなボールはもらうわ。俺について来れるもんなら来てみぃや!」
先にボールを持って攻撃側となる想真、ドリブルで弥一を抜き去らんと真っ向から仕掛けに向かう。
まるで足元に吸い付くようにボールをスムーズに運び動きも速い。
想真はスペインに3年間留学しており、弥一のイタリア3年間留学と同じように中学時代をヨーロッパで過ごしていた。本場のサッカーをその間に肌で感じて直に学んだのは想真も同じなのだろう。
それが彼のドリブルの巧さを表している。
弥一はこれに対してすぐ足を出すような事はせず、一定の距離を保ち抜かせないように想真の動きを伺う。
「(飛び込む気無しかい、つかこいつ隙が無い!)」
1対1で弥一と間近で接して競い合うと想真に伝わって来る。
隙が無いと。
これが飛び込んで来てくれたりすれば足の裏でボールを横に流し、すぐ前方を蹴り出すダブルタッチで抜き去るつもりだったが想真の企みを見抜いているかのように弥一は飛び込んで来ない。
「(速いなぁ、こいつ。スペインで3年間っていうのは本当みたいだ)」
一方の弥一も想真の技術と速さにレベルの高さを体感していた、この感じはイタリアに居た上手いプレーヤー達とデュエルした時の感覚に近い。
ボールと共に素早く動き回り想真は突破を狙って行く。
それに対して弥一は想真の行く方向へ先回りして一歩早くドリブルのコースを塞ぎ、想真に縦への突破をさせない。
「(何で俺の行く所バレとんねん!?読み鋭いにも程があるやろ!)」
球を奪われる事までは避けられているが想真は内心で驚愕していた、何故こうも自分のドリブルで行く所を塞がれるのか。
弥一は心が読めるから、そんな考えに至るはずもなかった。
「(奪いづらいな…!一歩手前で止まって警戒されるせいで中々来てくれないし!)」
想真の相手をする弥一の方も中々彼からボールを奪えずにいた、警戒されているせいか深く飛び込んで来ない。
今までの相手なら此処で突っ込んで来ており、弥一はその隙をついてカットしてきたが相手が今回は突っ込まないので奪うまでには至らず。
こうなると根比べだ。
先に痺れを切らした方が負ける。
弥一と想真の公園での攻防戦は続き、真夏の太陽の下で共に動き回る。
どっちに軍配が上がるのか、その終局は突然訪れた。
「あ、僕のボールあったー!」
幼い男の子の声がして弥一と想真、両者の動きが止まった。2人が奪い合うボール、本来の持ち主が此処で現れたようだ。
見た所小学校低学年ぐらいの男子でありボールは彼の忘れ物と見て良いかもしれない、そうでなければ此処に都合良くボールが置いてある説明がつかないだろう。
「なんや坊主のボールやったんか、大事な物なら忘れたらアカンよ?」
想真は踵を使って器用にボールを上へと浮かせるとそれを右手でキャッチ、そして本来の持ち主である男の子へと近づきボールを差し出して返す。
「凄いー!サッカー上手いんだね、お姉さん!」
「おね…!?いやいや坊主、俺はお兄さんやからな?」
「ぶっ!」
真っ直ぐな瞳で見上げられて性別を勘違いされてしまう想真に弥一はつい吹き出して笑った。
「お兄さんはそのうちこの日本全国で有名になるからよう覚えとくんやで」
小さな少年の頭を優しく撫でてあげる想真、意外と子供好きな面が見られる。
「うん、僕もサッカーやってるから何時かお兄さんに追いつくー!」
「ほー、そりゃ将来有望やな。ほんなら頑張ってサッカー続けやぁ、頑張らんとあっちの子みたいに身体小さいまま年取ってまうで」
さっき吹き出された事を根に持っていたのか弥一の方を見てああならないようにと、注意するように優しく想真は男の子へと伝えた。
男の子はボールを手に2人へと笑顔で手を振って走り去って行く。
「全国で有名、随分と大きく出たもんだね」
「別に嘘言ってるつもりはあらへん、最神として全国優勝は当然狙っとるからな」
対決が中断となって弥一はフォルナへ近づき、頭を撫でてあげると想真の方は自販機へと近づきスマホで手軽かつ素早く購入。ガコンという音と共に飲み物が出て来て想真はオレンジジュースの缶を取り出し、プルタブを開けてゴクゴクと勢い良く飲みだした。
弥一に負けず劣らずのビッグマウスであり、勝気な性格をしている想真。スペインで実力を付けて自信となっているのか元々の自信家なのか定かではないが強気なのは間違い無い。
「それに世間さんから見れば今、八重葉の一強やろ?あいつらインターハイに選手権に高円宮杯と高校のタイトルを総ナメしとるし」
「あー…リーグ戦の方までしっかり勝ってるんだ八重葉って」
弥一が日本に帰国してから高校サッカーについては軽く調べて勉強していた、高校サッカーはインターハイや選手権とそちらが有名だったりするが高円宮杯というプロがやっているリーグ戦の高校生バージョンのようなものがある。
この3つが高校サッカーにおいての三冠、三大タイトルだ。
高円宮杯はUー18のサッカーリーグであり各都道府県で行われる都道府県リーグ、その上が全国を9地域に分けて行われるプリンスリーグ、さらにその上にある東西2つのリーグに分かれたプレミアリーグと三重構造の構成であり、毎年そのリーグの上位チームと下位チームが入れ替わる。
そのリーグをも八重葉学園は制覇しており今まさに同年代で敵無しの強さを誇る絶対王者だ。
「けど、流石にもう勝ち過ぎや。大会が開催すれば出場している八重葉が勝つ、ワンパターン過ぎておもんない頃やろ。インターハイも八重葉の連覇で終わってもうたしな」
ほぼ半分のオレンジジュースを飲み干し、一旦口から離して想真はフォルナを撫でる弥一へと振り向くと弥一も想真の方を見て視線が互いにぶつかり合う。
インターハイは八重葉の優勝、照皇が得点王に輝きMVPを取っており失点は0。誰も八重葉の守りを崩せず龍尾の無失点記録を破る事が出来なかった。
今年も王者の強さは健在であり特に今年は歴代最強と言われ、高校の年代で勝てる者はいないと思う者も少なくない。
「何が起こるか分からんサッカーで八重葉が今の所全部勝ってまう、そろそろ此処であいつらのワンマンショーが終焉を迎える時や思わんか?」
「…」
敗れてきた高校の中には立見も居て、弥一もその一人となってしまった。
負けた試合は鮮明に記憶に残り今も頭から離れない、忘れたくても忘れられない悔しさ。
大きな悔いが残ったあの試合、これを払拭するには再び八重葉と戦い勝って優勝のタイトルを手にするしかない。
「このまま天下を許すつもりなんてこれっぽっちも無いよ、次に当たった何が何でも勝ちをもぎ取りに行くから」
想真を真っ直ぐ見つめ返して弥一はハッキリとした口調で言い切った。
八重葉にこれ以上勝ちを献上する気は無いと。
「なら、八重葉の首をどっちが先に取るか競争やな。立見が先か最神が先か、ほんでさっきのお預けなった勝負の決着はそこで付けようや」
「そう言って途中で負けるの無しだよー?」
「アホか、こっちの台詞や!お前こそ全国出る前に予選でコケる落ちは無しやからな!」
ムキになって言い返す想真の姿に弥一は陽気に笑った。
場所は違えど互いに八重葉に勝つと考えており、優勝も狙っている。
気づけば2人がこっそり合宿所を抜け出してから結構な時間が経過しており、これに気付いた弥一と想真は慌てて揃って合宿所への帰り道へと走り出してフォルナも後に続く。
東と西のリベロによる交流を知る者は結局ボールを取りに来た少年以外に分かる者は共に居た白い猫しかいなかった。
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