第117話 西のリベロからの挑戦状
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
グラウンドの方で何やらざわざわと騒いでいたのが見えたので駆けつけていた立見サッカー部、そこに一足早く最神と出会っていた弥一と最神部員に囲まれ珍しそうに眺められているフォルナの姿を発見。
「弥一、お前さっき迷惑かけるなって言われたばかり…!」
「僕じゃないよー、フォルナが何か急に走り出して行っちゃったからー」
気になって見に行ったりはしたけどと心の中でこっそりと弥一は付け足すが、彼と違い心が読めない摩央には当然伝わりはしない。成海は最神部員達へと近づき謝罪する。
「すみません、練習中に妨げてしまって」
「いやー、珍しいもん見さしてもらいましたんで逆に感謝ですわ」
成海に応対する最神部員の一人、その顔を成海や他の立見メンバーは知っている。
長髪の黒髪を後ろに束ね、成海と同じぐらいの身長か応対の時の目線はほぼ同じで温厚そうな印象だ。
「(あいつ、常光(じょうこう)中の三津谷(みつや)だ)」
「(ああ、あいつかぁ…)」
立見の間でヒソヒソと会話が交わされる、成海の前に居る部員の名が三津谷というのは彼を知るものからすれば間違いようがない。
三津谷光輝(みつや こうき)、関西強豪と知られる中学の常光に所属した1年時から既に注目を集めており3年連続で全国のベストイレブンに輝いたOMFで現在高校1年だ。
高校No1MFと言われた先輩の後釜として期待がかかる、と雑誌の記事に乗っていたのを立見イレブンの中で何人かが見ていた。
「なんや賑やかになってきたなぁ、ほなまたー」
「あ、うん。またー」
弥一と共に居た想真は光輝達最神の方へと戻りつつ後ろを振り返らずに弥一へと軽く左手を上げる。
「一緒に居たあいつ、お前と同じリベロの…」
「分かってるよ、1年で八神って人の弟でしょ」
彼の後ろ姿を見ながら摩央は弥一へと話しかける、あいつこそがそうだと言おうとすれば弥一の方は誰なのかちゃんと把握していた。
照皇や龍尾と同じように只者じゃない、そんな雰囲気が弥一には伝わってくる。
「えー、最神第一高校の方々とこの度は合同合宿の機会をいただきまして立見として深く感謝を…」
「固い固い、そんな亀の甲羅みたいな固い挨拶はとりあえず無しでええですよ高見先生」
屋外のフィールドに両校のサッカー部が集まった中でそれぞれの顧問が挨拶、幸の丁寧な挨拶に最神の監督は愉快そうに笑った。
強豪校を率いる監督としては若々しく、20代か30代ぐらいの外見年齢で黒髪短髪。身長は180cmを超えており幸が黒いジャージに対して向こうはアロハシャツと常夏の海を満喫するかのような格好だ。
石神大勢(いしがみ たいせい)、最神を指揮する監督で元プロサッカー選手の経歴を持つ。
「立見さんは部が出来て僅か2年程で東京制覇して全国出場、インターハイで唯一八重葉を0点に抑えた高校である皆さんと合宿はホンマありがたい話ですからね。それこそこちらの方が深く感謝ですわ」
「あ、いえいえそんな…!」
深々と頭を下げる石神の姿に幸は恐縮してしまう。
「おう、お前達!この合同合宿で立見さんのええ所を見習って吸収して実りある合宿にせなアカンぞー!」
「「はい!」」
「えー、わ…私達も私達で強豪と言われる最神さんを見てしっかり学んだりしましょうねー」
高い士気を持つ最神、この時点でそれぞれの顧問に大きな差が出ていた。
元プロと素人と比べてしまえば雲泥の差があって当然ではあるが。
始まった合同合宿、立見と最神がそれぞれ軽く走り出すと互いに気付く。
立見が腕を動かさないナンバ走りをしているのに対して最神も腕を振らず同じナンバ走りをしている、何もこの走りをしているのは立見に限った事ではない。
彼らも厳しい連戦を乗り越えようと省エネの走法を覚え完成度を高めている。
強豪と比べれば選手層がどうしても薄い立見にはそれ以上の完成度が求められ、この合宿で最大の課題となるだろう。
練習が続く中で夏の日差しが部員達を照りつけるように輝く。
午後になれば暑さは厳しくなり、立見と最神のマネージャー達がそれぞれ忙しく動き冷たいタオルやドリンクの用意をしている。マネージャーの数は流石強豪校と言うべきか最神の方が多く付いているのが見えた。
「おう、神明寺」
「あ、八神弟」
「なんやそれ、名前の想真の方でええわ。つか兄貴と比べられるみたいで嫌やし」
冷たいペットボトルの麦茶を飲んで休憩する弥一に想真がスポーツドリンクのペットボトル片手に弥一へと話しかけて来た。
弥一に弟と呼ばれれば若干不機嫌そうな表情をし、想真は優れた兄と比べられるのはあまり好きではない様子。
「基礎練ばかりも退屈やから、折角のこんな合同合宿の機会やし周囲の探索がてら軽く走らん?」
「いいねそれ♪行こう行こうー」
想真は自校に居る時でも出来る練習より誰かを誘って合宿所の周囲をランニングも兼ねて走ろうと弥一を誘い、同じく千葉まで来たので軽く見て回りたいという気持ちはあり弥一は迷わず乗り気で想真の誘いに乗った。
「ほあ~」
「ん?フォルナも行きたいの?良いけどはぐれちゃ駄目だよ」
「ええやないか好奇心旺盛な白猫で、ほな2人と猫1匹で軽く冒険へとしゃれこもうや」
弥一が何処かへ行くと動物の勘が働いたのかフォルナも弥一の傍に行き、共に行くと伝えるように鳴く。
弥一と想真は2人で走り出し、フォルナもその2人に続いてくっついて行き2人と1匹のちょっとした探索が始まる。
合宿所を出て周囲が緑の自然に覆われた細い一本道を5分程走ると大通りへと出ると、それまで無かった人の往来や車が通る姿が見え、近くにはコンビニもあって合宿所は人里からそう離れてはいない事が分かる。
「しかし偉い猫やなぁ、どっかではぐれるか思ったらしっかりお前についとっとるな。ホンマに飼ってへんのか?」
「うちペット飼ったら駄目な家だからホンマだよー」
弥一の傍に居る白い猫、フォルナへと想真は視線を向けて興味が出て来ていた。野良猫ながら弥一から離れず此処までしっかりついてきている事に相当この猫は弥一に興味惹かれているのかと思わせる。
更に2人と1匹は走り、探索を続けると公園を発見。遊具は無く、ベンチと水飲み場と更に近くに自販機が置いてあって一休みするには最適な環境だ。今は誰の姿も無く、それを見た想真は公園行こうと提案し弥一も賛成して2人は公園へと入りフォルナもそれに続く。
水飲み場の蛇口を捻ると噴水のように水が生み出され、その水に想真は口を付けて飲んでいけば身体に染み渡る水の冷たさ、厳しい夏の暑さの最中に飲む水は格別に美味く感じる。
想真が飲み終えた後に弥一も続いて水を飲むと2人は揃ってベンチへと腰掛け、フォルナは器用にベンチへと飛び乗り弥一の傍で身体を丸くさせた。
「僕の事誘ったのってただの探索目当てとかじゃないよね?」
「なんや、見抜いてたんか。東京MVPは伊達やなさそうやな」
ベンチに座り空を見上げたまま弥一は想真へとそれが目当てではないだろうと言えば想真は軽く息をつく。
見抜いたというより弥一は想真の心を見て分かっただけだ、彼は単に探索したかった訳ではないと。
「噂で聞いたんや、お前がインターハイ以前にも八重葉と練習試合してごっついFWで知られる照皇を後半シュート撃たせんかったっていうのを」
「ああ、あの時かぁ」
インターハイと違い情報があまり知られていない八重葉との春に行われた練習試合、3-1で敗れはしたが弥一は後半から出場し照皇にゴールを許さないどころかシュートも許さなかった。
SNSが流行っている今の現代社会、公式では知らされない情報も知られる事があり練習試合の情報等がSNSで流れ、それが噂となって関西に居る彼の耳にも届いていたのだ。
「最初ホンマか?って疑いはしたけどな、全国の名だたるDFでそんなん出来た奴今までおらへんかったし。それをなんや信じられんぐらいちっさい奴が照皇を封じたとか、更に東京予選10試合全部無失点に東京MVPと、どんなシンデレラボーイやねんと思たわ」
「あはは、こんなシンデレラボーイです♪」
「ボケたつもりかい、大阪やったらそんなん笑い取れへんぞ」
弥一のやってきた偉業、それを聞いていた身である想真は当時信じられなかった。全国の凄腕のDFが照皇を止めようとしてきたが彼を完全に抑える事はいずれも出来ず敗れ去る者ばかり、そんな中で結果としては敗れ去りはしたが唯一照皇に得点させなかった弥一。
同じポジションに居る想真は無関心ではいられなかった。
「ほあ~」
フォルナは急にベンチから降りると、近くにサッカーボールを見つけて頭で押して転がしていき2人の前に持って来た。多分何処かの子供が忘れた物かもしれない。
「はは、中々洒落た事をする白猫やないか」
ボールを転がして持ってきてくれた事に想真はベンチから立ち上がり愉快そうに笑った。そして弥一へと勝気な笑みを浮かべたまま見下ろす。
「僕と勝負がお望み、なのかな?その顔は」
「どっちが優れたリベロか、選手権まで待つ程気ぃ長い方ちゃうねん。当たるかどうか分からへんし、此処で最強決めようや」
想真から突きつけられた挑戦状、思ったよりも彼は好戦的だ。
これに弥一は同じくベンチから立ち上がり想真を真っ直ぐ見ると面白いと思ったのか弥一もまた口元に笑みを浮かべていた。
此処でどういう獲物なのか確かめてみるのも悪くないだろうと。
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