第115話 猫と過ごす日々の中で合宿の知らせ


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 世間では夏休みを迎えている時期だが部活動はその間も続けられている。


 インターハイが終わり、夏の大会に参加出来なかった高校は早い段階から先を見据え秋や冬に備えていた。


 インターハイに並ぶ高校サッカーの大きな公式大会となる全国高等学校選手権大会、大晦日や正月の時期にテレビで流れるこの大会を見て来て選手権のフィールドに立つ事を憧れ、目指す者は多い。


 無論立見サッカー部としても選手権には参加してインターハイに続き全国出場、そして優勝を狙っている。


 その強化の為にこの夏の練習は欠かせない大事な日々だ。



「もうちょっと肩動かさずに走ろうかー」


 この日はナンバ走りを軸に練習を重ねていき、幼い頃から難解な古武術の動きを習得し慣れ親しんできた弥一は走りのコーチをしており肩を動かして走っている部員にやんわりと指摘。


 インターハイではあまり思うようにこの走りが出来なかった者も居て夏は完成度をより高めて行く事を目標に優先して鍛える方針で行く。


 全国から見れば立見は選手層が薄い、インターハイの時のように田村が負傷すればその代わりは中々おらず彼が抜けた事による戦力ダウンは避けられなかった。


 更に厳しい夏の暑さもあってではあるが終盤2人程疲労で動けなくなっており、一人一人になるべく長く戦える体力が求められるが急にスタミナというのは身に付く物ではない。


 選手権での強豪との連戦を乗り越えるには今度こそナンバ走りを出来る限り100%に近い物にする、そして新たな戦術や攻撃パターンと課題は言っていけばキリがないぐらいに沢山あった。



「くはぁっ!きっつ…!」


 休憩時間、夏の暑さが加わる厳しい練習に川田は冷えたタオルを肩にかけて草むらの上に座り込む。額や頬に流れる汗をタオルで拭えば冷たい感触が暑さで消耗した身体に癒しを与えてくれる。


「ほあ~」


 鳴き声がして隣を見れば白い猫ことフォルナがフィールドを走り、ボールを蹴る選手達を見ている。


 猫である彼女から見てフィールドの彼らをどう思って見ているのか。サッカーを面白いと思ってくれてるのか、猫の考える事は観察しても分からない。


 ただこれだけは言える。



「…可愛いなぁ」


 この白い猫が可愛いという事、触れ合いたいがフォルナは弥一以外の男子には警戒するような傾向があるので迂闊には近づけない。


 だから距離をとって眺めるまでに留めているが、それでも可愛いなと川田は思いながらフォルナを見つつ配られたペットボトルの麦茶を飲んで心身共に癒されていった。




「一種のアニマルセラピーのような効果があるかもしれない」


「アニマルセラピー、ですか?」


 遠くから川田とフォルナの姿を眺めていた京子、疲れてそうな様子の川田がフォルナを見て和んでいるのを見てその効果がひょっとしたら期待されるかもしれないと、その事を口にすると摩央は聞き覚え無い単語と思ったようで首を傾げる。


「動物との触れ合いで人の心に癒しを与える、それがアニマルセラピーで医療とか様々な分野で取り入れられてスポーツもまた例外ではない。実際にプロのアスリートも活用するから」


「へえ~」


 動物との触れ合いでその人物に内在するストレスを軽減させ、あるいは当人に自信を持たせたりとメンタルにおいて効果が期待される。それがアニマルセラピーであり京子からの話を聞いた摩央は感心の声を上げた。


「まあ、それにはあの白い猫…フォルナが田村君や他の人にも警戒せず触れ合えるようになる必要はあるから」


「田村先輩とか思い切り「シャー」って威嚇されてましたもんね」


 今のところフォルナに問題なく触れ合えているのは最初に出会った弥一を除けば女性陣といった所だ。


 弥一以外の男子にはまだちょっと警戒は解けていないようなのでまだ時間は必要だろう。






 川田がその場から立ち上がり練習へと戻り、その場にフォルナだけ残される。そこにまた新たに近づく人物が居た。


「(この猫の好みなど知らないから適当に買ったけど…大丈夫か?)」


 先程弥一が玩具の猫じゃらしを買いに行った時に優也も共に選んでおり、その時一緒に猫用のおやつもちゃっかり購入していた。


 中々口には出さない彼だが猫と触れ合いをやってみたいという思いがあり、今優也にとってのチャンスが巡って来る。



「ほあ?」


「あ…怖がらせるつもりは無いからな」


 優也が右手に持っているのは猫用のおやつであるフリーズドライのササミ、フォルナがこれを好きなのかどうか優也は知らないが猫用のおやつという説明があったので喜ばれるかもしれないとその時の彼は考えたようだ。



 左手で猫じゃらしを持つと優也はフォルナに見せるように軽く振って誘ってみる、フォルナの宝石のような青い瞳はその猫じゃらしへと視線が向いており優也への興味はあるようだ。


 優也は弥一みたいに陽気には笑えない、そもそも感情を表に出さないから誤解もされたりする。機嫌が悪い訳ではないが他人にはそう思われたりと、触れ合いにおいて感情の不器用さは不利な要素かもしれない。



 フォルナは四足歩行の状態でゆっくりと歩き出す、それは優也の居る方向だった。


 近づいて来る。サッカーとは違う緊張感が優也を襲う、触れ合うチャンスだ。


 下手をすれば田村と同じように威嚇されるかもしれない。警戒されないように明るく笑いたい所だが優也はそれが出来ず何時もの感じで猫じゃらしを振っている。


「(何か、どんどん迫って来る…今ならあげられるかこれ?)」


 猫じゃらしに寄って来てるフォルナ、この調子でおやつもあげられるかと右手に持つささみをフォルナの前に優也は見せると匂いが伝わったのか、ささみに気付き優也の右手に近づくと鼻でささみの匂いをより近くで嗅ぎ始める。



 やがてフォルナはささみを口にして食べていた。


 これにより弥一の次に男子でフォルナと距離を縮められたのは優也となる。




「(優也の方はアニマルセラピーになってんのか怪しいよなぁ)」


 遠くから摩央は優也とフォルナの光景を眺めていた、優也の表情に変化は無いがフォルナと遊べている。それが癒しになっているのかどうかは正直疑問だが。


 フォルナの方もよく優也に近づこうとなったものだが動物からすれば表面の表情より内面の表情が人間より見えていたのかもしれない。


 優也の気持ちがその猫からは見えて伝わったのだと。









「じゃーん、これがフォルナちゃんの家ですよ~♪」


 サッカー部の部室、その隅に建てられた桃色キャットハウス。彩夏の手によるものであり中々大きめだった。


 おそらくだが高めの物なのかもしれない。


 フォルナがご飯や飲み水に困らないように水やキャットフードがそれぞれ多めに入った皿も用意し、夜など部員達が不在の時も空腹だったり喉が渇いた時も考えての設置だ。


「良かったねフォルナー♪」


「ほあ~」


 弥一の言葉に応えるようにフォルナが鳴くと小屋で身を丸くしていた。







「えー、猫…いや、フォルナでまあ色々あったが来週の月曜から予定通り立見サッカー部は強化合宿に入る事となった」


 猫の小屋が設置された部室から一旦出ると成海は部員達の前で練習終わりに軽く今後の予定を伝えていく。


 立見サッカー部はこの夏の期間を利用し、強化合宿を行う。フォルナの事はあったが予定の変更は無い。


「その合宿だけど、私達と同じく合宿に入るチームがあってそこと合同という形で合宿は行われる」


 成海に続き京子が口を開くと立見の他に今回合宿に参加するチームがあって合同合宿が実現、それを聞いて部員の間にざわつきが起こる。


 合宿については聞いていたが合同となるのは今回聞くのが初めてだった。


「何処と一緒に合宿するんですかー?」


 そこに弥一のマイペースな声が飛んで来て質問を投げかけた。



「関西の強豪校、最神(さいしん)第一高等学校」


 京子が口にした合宿を共にする高校、それは関西の学校で昨年の選手権で準優勝を果たした強豪校であり部員の誰もがその名に反応しざわめく。


 変わらないのはその高校を知らない弥一と呑気に欠伸するフォルナぐらいだった。

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