第113話 不思議な彼と不思議な猫


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 それはまるで青い宝石のような瞳。


 見つめ合った弥一からはそう見えて、綺麗だなぁと思えた。


 マンション前に佇んでいた白い猫。


 一体この猫は何者で何処から来たのだろうか、誰か飼い主でも居るのか、それとも野良猫なのかと考え出せばキリがない。


 大きさは体長で言うと25cm程といった所。



「やあ、何処から来た?」


 しゃがみこんで弥一はなるべく猫に視線を合わせ、軽く笑って尋ねる。


「ほあ~」


 今のは猫から発せられた声だった、弥一の言葉に反応したのかただ単に鳴いただけなのかは分からないが。


 動物と人間が会話をする事は通常では不可能だが、そこは人の心が読める弥一。


 猫の心も読めるかもしれないと思い心を覗き込んで見る。



 人とは勝手が違うせいか具体的に思ってる事は見えないが、ただぼんやり猫の思ってる事は見えた。


 この白い猫は空腹であると、それが弥一へと伝わると行動に至るまでが早い。


「ちょっと待っててね」


 弥一は一度マンションの中へと入り、買ってきた物を買い物袋に入ったままテーブルの上へと置くと再び外へと出てマンション前へと出て来る。


 猫はまだそこに居る、気まぐれで帰らない事を願いつつ弥一はひとっ走りキャットフードが売ってる店へと急ぐ。


 部活は今日サボりはしたが軽い運動に丁度良い。






 白い猫がどういう味が好きなのかその日初めて会ったので分からない。


 更に言うならキャットフードを買うなど彼にとって人生でこれが初めてだ、なのでどんなキャットフードを買えば正解なのか分かるはずも無い。


 ただ確実に言えるのは今日弥一が食べる昼食の代金をそのキャットフードが上回ったという事、ついでにキャットフードとは別に猫にとってのおやつも買ってみる。


 買い物を終えた弥一はマンション前へと戻って来ると猫はまだそこに居てくれた。



 また一度家へと戻り、戻って来ると弥一は家の食器棚にあった皿を一つ取り出して来ていて猫の前にコトッと置き、キャットフードの封を開ける。


 その皿へと盛り付けて行けば白い猫は弥一の買って来たキャットフードの匂いを嗅いだ後、キャットフードを食べ初めていた。


「お気に召してくれて何よりだよ、じゃあ一緒に食べようか」


 弥一はコロッケパンの袋を開けると猫の傍でパンにかぶりつく、一人で味気なく食べるよりも共に食べる者が居てくれた方が良い。


 それが何処から来たか分からない白い猫相手だろうと。






 パンを食べ終えた弥一はキャットフードを食べる猫をしゃがんだ状態で観察していた。


 この猫は一体何処から来たのか、自分のマンション前に佇んでいたのはたまたまなのだろうか。


 此処にいればなんとかなると野生の勘でも働いたのかもしれない。



「うちだとペット禁止だからなぁ…」


 弥一の住むマンションはペットが共に住む事を許可されてはいない、なので弥一がこのまま白い猫を拾って飼うという事は不可能だった。


 猫の前にあるキャットフードは食べ終えられており、弥一の事を白い猫は見つめていた。


 その猫に対して弥一はそっと右手を伸ばし軽く撫でてみる。


「ほあ~」


 拒否のような反応は無く、弥一がそのまま猫を撫でる事は許されたようだ。



 不思議な感覚だった。


 白い猫を撫でると心が安らぎ落ち着く、インターハイでの厳しい戦い。心身共に疲れたその身を癒してくれるかのように。


「良い人に拾われると良いなぁー…」


 このまま離れる事が名残惜しく思うが、あまり飼えない自分が引き止めておくのも猫の為にならないだろう。この白い猫が野良猫であるならいずれ良い人に拾われてほしい。


 弥一はそう願いつつ最後にひと撫でした後に離れ、軽く手を振ってからキャットフードで使った皿を回収しマンション内へと戻って行った。



 その弥一の後ろ姿を白い猫は宝石のような青い瞳でただ見つめる。










 部活を休んだ翌日、朝はスッキリと起床する事が出来た弥一は朝食を食べ終えて出かける準備を手早く済ませる。


 昨日の猫との触れ合いで思ったよりもリフレッシュしたようで今日は出られる。


 猫に感謝しつつ弥一は再び部活に向かおうとマンションの外へと出て来た。



「ほあ~」


 思ったより早い再会にマイペースな弥一も驚いて動きが止まる。


 昨日会ったあの白い猫が再びマンション前に居て弥一の姿を見れば鳴き声を上げていたのだ。


 キャットフードをあげた事で懐かれたのかもしれない、それか此処にいればご飯が貰えるという事を覚えて今日も来たのか。


「しょうがないなぁ」


 困ったように笑った後、弥一はマンション内へと一度戻ると自宅から昨日使った皿と猫のおやつを持って猫の前に戻って来た。


 皿を猫の前に置いておやつの封を切り、皿の上に猫にとってのおやつを乗せていく。


 すると猫は昨日と同じように匂いを嗅いだ後に皿の上にある物を食べ始めた、問題なく食べてくれるようで助かる。


「飼えないんだけどねぇ~…」


 まいったなとばかりに弥一は軽く息をついた。


「とりあえず僕は部活、って伝わらないか。行く所があるから行くよ、じゃねー」


 軽く猫へと明るく手を振った後に弥一は駅を目指して歩き出す。



 猫は弥一の後ろ姿を見ており、皿の上にあるおやつを完食すると白い猫は行動を起こす。










 本来なら予定の電車に乗る時刻だったのだが猫の世話で遅れ、摩央や大門と合流する事は出来ず弥一は一人揺れる電車内で目的地の立見に着くまで軽くまどろむ程度の睡眠を取る。


 熟睡したら一人で起きる自信は無い、大抵大門に起こしてもらうか摩央に叩き起されるかだ。




 欠伸しながら立見の駅へと着いた弥一は通い慣れた高校への道を歩き始める、その彼の後を追いかける存在には気づかないままだった。










「すみません、遅れましたぁ~」


 立見の練習するグラウンドに到着した弥一は遅れた謝罪をマイペースに言葉を口にした。



「神明寺!体調はもういいのか?」


「何の問題も無いですよー」


「そんなら着替えて早く練習参加しとけよ、お前が一番今遅れてるんだか…」


 成海と豪山が弥一に気付き、傍へと駆け寄ると成海は弥一の体調を聞けばもう大丈夫と弥一は何時もの調子で応える。


 そして豪山が練習に参加するようにと弥一にそう言いかけた時だった。




 弥一の後ろに居る存在、それに豪山が気付き視線をそちらへと珍しげに向けていた。


「?どうした…」


 豪山の様子に成海も気付き、彼が見る視線の先を成海も見てみると同じように珍しく思えた。


 普段の練習場ではまず見かけない存在、その来客に。



 何があったんだろうと弥一は自分の後ろを振り返ってみた。



 すると弥一の表情は驚きへと染まっていく。


 見覚えはある、さっき自宅のマンション前でおやつをあげたばかりだ。



 そこで待ってるものかと思っていたらサッカー部にまで顔を出すのは流石に想定外。


「ほあ~」



 弥一と出会った不思議な白い猫は弥一を追いかけるように立見サッカー部へと来ていて、出会った頃と同じようにその猫は鳴き声を上げる。

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