第7章 夏の合宿は猫と共に

第112話 気分の上がらない彼が出会ったのは


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 8月へと入り夏の猛暑は健在であり、照りつける暑さが和らぐ気配を見せてくれない。


 東京へと帰って来た立見に待っていたのは夏休み。


 立見高校は夏休みの期間へと入っているが部活動は行われる、立見サッカー部は東京に帰って来てから2日程の休養を取って翌日に部活は再開された。


 夏休みの間に出来る限りチームの強化が求められる、この前の予選では勝てたが次の選手権東京予選はまた容易ではないだろう。


 立見は夏の東京王者となっており、春と違って新設校だと侮る所はいないはずなのだから。何処も立見を警戒し研究してくるはず、主に追う立場から追われる立場で選手権予選を戦う事になる。



「田村、もう走って大丈夫なのか?」


「全力疾走は駄目ですけど軽くなら問題無いとドクターに言われましたから」


 再開された部活の日から負傷していた田村は全体練習に参加はせず軽いランニングを行っている、成海から足の状態を問われると田村自身は特に痛みを感じる事なく軽く走ったりと今の足について伝え、この後も軽い調整をして順調な回復を見せていた。



「次の一週間後に強化合宿があり、それが5日間と。今のところ予定通り行えそうです」


 スマホでサッカー部のスケジュールを確認していた摩央、画面に映し出された予定表を見ながら部の練習を見る京子へと今後について伝えていた。


 強化合宿についてはインターハイの結果に関係なく元々行うつもりであり、次の選手権を見据えてチームの更なるレベルアップの為に予定を組んでいる。


 東京予選を戦ったライバル達も自分達がインターハイへと挑んでいる間に次へ既に動き出しているはず、春頃に戦った時より手強くなっている可能性は高いと考えて良いだろう。


「そう、じゃあ残る問題は…」


 京子の視線の先に居るのは練習する選手達、その中には予選やインターハイで活躍した小さな彼の姿が何処にも無かった。



「弥一の奴、やっぱ気にしてるんですかね」


「ただの体調不良かもしれないし、そういった事情は彼に聞かない限り分からない」


 弥一が練習に来ていない。


 スマホのグルチャの方で摩央は弥一から昨日「何か具合良くないから明日の部活休む」というメッセージを見ており、今日弥一が休む事は知っていて部の方にもそれは既に伝えておいた。


 八重葉とのPK戦、3人目で重圧のかかるPKとなった弥一はそのプレッシャーに加え天才GK工藤龍尾の壁を前に何時ものキックが出来ず大きく外してしまった。


 結果それが八重葉の勝利、立見の敗北が決定。


 何かとマイペースで明るい弥一もこれには平気ではいられない、少なからずダメージは今も残っているのかもしれない事が今日の部活休みに繋がっているのではないかと。


 摩央はスマホの画面から視線を練習している立見の風景へと移す。


 気づけば太一から教わったナンバ走りも最初の頃に比べれば全体的に各自が徐々に物に出来ていた。










 気分の上がらない朝だった。


 インターハイが早々に終わって気が抜けたのか、弥一は昨日から部活をしようという気にはなれず体調が特に悪い訳でも無いのにグルチャで明日休むというメッセージを打っていた。


 朝起きてスマホゲームに触り、気晴らしにゲーム内のピックアップガチャをしてみれば何も当たらず得られずの大爆死。


 ゲームのガチャ運も悪くなり最悪な流れだ。



 起きるのが今日は遅かったが部活の休みは伝えてあるので特に問題は無い、朝食の時間が少し遅くなるだけだ。



「あ…パン無かった」


 弥一は朝食に食べるパンが無い事に気付き、のろのろとした動作で青いパジャマから白い半袖パーカーと短パンへと夏向きの私服へと着替えて自宅をマンションを出ると朝食を調達しに向かった。




 近所のスーパーが丁度開店の時間を迎えており、店へ入ると店内の明るいBGMが流れる中で弥一は食べたい菓子パンを適当に買い物かごの中へと入れて行き昼食や夕食の分も入れる。

 今夜は母親の涼香が仕事でいないから家は弥一だけ、なので今のうちに今日の分の買い物は此処で済ませておく。


 会計レジは今日混んでおり少し待たなければならない、弥一は待ち時間の間スマホを取り出し適当に眺める。


 そこに高校サッカーのインターハイ速報があった。


 この時間、八重葉の試合が行われており前半で2-0とリードを広げていてこの試合も優勢。照皇は1得点、もう一つは村山によるものだ。



 インターハイ、それを見ると弥一の頭の中で思い出されるPK戦。



 そして気づけば弥一の前に並んでいた者が移動を開始しており、弥一はレジにまで到着すると会計を済ませて店を出る。


 北海道から東京へ帰って来ても考えるのは八重葉戦、あのインターハイの事ばかりだった。




 どうやったらあの超高校級軍団に対抗出来たのか、どうすれば照皇を躱せたのか。


 龍尾からゴールを割る方法は無かったのか。



 考えても明確な答えを得るまでには至らない、何も答えが出ないままだ。今日も弥一は答えが得られないまま一日を過ごそうとマンションの前まで辿り着く。





「…?」


 何時もならそのままマンションへと入り自宅へ真っ直ぐ向かっていた、だがこの日は弥一の足を止めさせる出来事があった。



 マンションの前に佇む存在、ついさっきは居なかったと記憶している。居たら出かける時に気づいているはずだ。



 小さな弥一より更に小さな生き物。


 その生き物は視線に気付いたのか振り返る。



 それは白い猫だった。



 何処から来たのか分からない猫と弥一はこの時初めて視線が合う。

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