第111話 悔いの残るインターハイ
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「PKでもしっかり勝ち切る八重葉はやっぱ強いわ」
「でも立見の方も食らいついてたよな、高校王者相手に0-0。負けたけど無失点記録破られてないし」
立見と八重葉の試合はPK戦までもつれ、八重葉がこれを制して勝ち進む事が確定。
勝利に喜び合う八重葉イレブンに対して立見イレブンの方はその場でうずくまる者、涙する者、呆然とする者とそれぞれがこの2回戦で敗退のショックを受けていた。
観客席の人々が試合について振り返って語り合う間に立見の方は落胆したまま引き上げて行く姿が見える。
「田村先輩の怪我は軽いもので1週間程安静にしておけば大丈夫だそうです…」
「…そう」
ロッカールームで各自が着替えている間、摩央から田村の怪我の具合について京子は報告を受ける。
前半の立ち上がりに負傷退場してしまったが怪我の方はさほど重いものではない、不幸中の幸いというやつだ。
しかし敗戦直後の立見の重苦しいムードを明るくする程には至らず。
夏の暑い太陽から逃れ、涼しい部屋に居ても身体は癒されるが心は癒されない。
東京予選を優勝し、インターハイという全国の舞台で初勝利。王者相手にPK戦まで戦い健闘した。
部の誕生から僅か2年程で名将もいない、そんな状態でこの舞台まで来たのは快挙であり今年の立見サッカー部はこれで大躍進と言える。
その結果を既に出しているが、八重葉に負けた後の彼らはそれで納得したり満足という者は誰もいなかった。
春の練習試合でも八重葉に3-1で負けているがその時とは違う公式戦での負け、それもインターハイという大きな全国大会でだ。
以前の敗北とは違う公式戦での敗北、練習試合と違い負けたらそこでもう終わり。次は無い。
「…すいません…」
ロッカールームで着替えず大門は椅子に腰掛けたまま項垂れ、か細い声で謝罪を口にした。
PK戦で1本のシュートもセーブ出来なかった。そのせいでチームを追い込んでしまい、最後に蹴った彼に多大なるプレッシャーを与えてしまった事に責任を感じており、そこから出た謝罪の言葉だ。
「お前だけが背負う事じゃねぇよ…俺も、決められなかったから」
項垂れる大門へと右手で彼の肩を叩く豪山、責任を感じているのは大門だけではない。豪山も1番手で蹴って決められなかった、チームに良い流れをもたらす事が出来なかった。
それ以前に試合で自分が1点でも取っていればこういう事にはなってなかった、王者相手とはいえ得点出来ずほとんど何も出来なかった事が自分で情けなく思えてしまう。
「…」
豪山と同じFWである優也も着替える最中同じ事を思っていた。
八重葉の攻撃を止めようと走り回っていたが自軍の方で攻撃が出来ておらず、今回は守備ぐらいでしか貢献が出来なかった事。
もっと何かやれたんじゃないかと優也の中で悔いが残ってしまっている。
「(こういう時キャプテンとして何か言うべきなんだろうけど出てこない…あいつが生きててこの場に居たら言ってくれてたかな)」
こんな状況でチームを率いる者が声をかけた方が良い、成海がそう思っていても彼から言葉は出てこない。
何を言えば皆の心が軽くなるのか、場が明るくなるのか。明確な答えが全く見えないままだ。
かつて強敵相手に前半から大量リードを許し萎縮していた立見を一喝し立ち直らせた、本来このチームを率いるはずだった勝也。もし彼がこの場にいたらどう声をかけていたのか、そんな事を考えながら成海は着替えを終えていた。
それぞれ大きな悔いを残す中で弥一に何時もの明るさは見えない、あのPKを外してから彼は一言も発していなかった。
カメラを向けられたり記者から何か言われたりしたかもしれないが今の弥一にはそれが全く目に入らず覚えていない。
ただ皆と同じように着替えて移動バスに乗り込むぐらいしか出来なかった。
「こういう時の切り替えって難しそうですよねぇ…」
宿泊先のホテルに戻り、各選手が部屋で休む中でロビーにて摩央がスマホを手にしていると彩夏はその彼に声をかけていた。
何時ものんびりしている彼女の口調も何処か暗い、今の敗戦後の立見がそうさせているのかもしれない。
「ただの負けじゃなく公式戦の、それも全国のデカい大会で負けだからな…」
負けたらそこで終わりという一発勝負のトーナメント、インターハイという大きな全国の公式戦での敗北。
そんな時にどう励ませばいいのか。
SNSをやっているとたまにどん底まで絶望しているような書き込みがあったりする、知り合いではなかった上に気を引く為にやっていただけと疑い関わらなかった事が摩央にはあった。
だが今回は自分の関わる部でそういう事が起こり、仲間としては声をかけるべきだ。
分かってはいるが下手な慰めだとむしろ刃物となって更に傷を抉るかもしれない、言葉は癒しになる事があれば時として凶器となり人を傷つけてしまう事もある。
それを恐れてか摩央も声をかけられず時間に委ねるしかなかった。
「それでも彼らには立ち直ってもらわないと困る」
「あ…倉石先輩」
ロビーに現れ、2人の会話が聞こえていたのか会話へと入ってきた京子。彼女の姿を見て摩央はスマホを仕舞って頭を下げ、彩夏も同じく挨拶。
「高校サッカーは今年まだこれで終わりじゃない、選手権が残ってるから」
敗戦後も表情は変わらず京子は一人既に先を見据えていた。
もう一つの高校サッカーの公式戦、全国の高校プレーヤーが目指す舞台である冬の選手権を。
宿泊ホテルで最後の一泊を過ごした立見、八重葉との試合から翌日。帰りの飛行機は昼過ぎの午後となっており、それまで帰り支度をそれぞれが済ませて速やかに引き上げる準備は整えられた。
「(どうせ帰るんだったら、その前に札幌のラーメンでも食べとこ)」
朝に準備を終えていた弥一は以前に豚丼を食べに行った時と同じようにホテルを一人出て、札幌市内へとスマホ片手に歩いていた。
午前という時間帯に加えて今日はそれほど厳しい暑さではない、今日の夏の青空はそんな試練を与えないらしい。
北海道の美味い食事を元々楽しみにしていた弥一、今日北海道を離れると次は何時この北の大地に来れるのか分からない。
どうせもう試合は無いのだから食事は気にしなくていい。だったら最後に美味い飯を堪能しようと彼はそう思って行動に出たのだった。
市内へ到着すると目に止まったラーメン屋、見た所チェーン店ではない趣のある個人経営の店で朝10時台の時間帯というせいか行列等は特に無い。
今の立っている場所から香ばしく食欲を唆る匂いがしてきて此処のラーメンが食べたいという思いが強くなる。
弥一はこの店に決めると自動ドアが開かれ、店内へと入って行く。スーツ姿の男性客や年配の男性客が数名居るぐらいで店内は空いている。
テレビも設置されており昔ながらのラーメン屋という感じでレトロな雰囲気ある中、弥一は注文する。
「味噌ラーメンお願いしまーす」
「はい、味噌一丁ー」
「あいよー」
テレビがよく見れるカウンター席へと座る弥一の注文を聞くと年配の女性店員は厨房に居る年配の男性へと声をかける、2人だけという事は多分夫婦でやっているラーメン屋だろう。
弥一はラーメンが来るまでの間、今日まだログインしてないスマホのゲームへと触れて毎日ログインを途切れさせないようにする。
そして適当にゲームで戦闘周回をしていると店の外で感じた香ばしい匂い、それがより強く感じた。
「はい、味噌お待ちー」
弥一の前に年配女性店員の手で出された丼、そこから湯気が出ており中身はメンマとチャーシュー、刻まれたネギが入っており海苔が添えられていた。
結構な大盛りの量だった。
スマホを仕舞って店に備えられてる箸を右手で持つと弥一は麺を勢い良くズルズルと啜り食べ始める。
中太の縮れ麺がスープとよく絡んで相性が良く、美味しさが味覚に伝わっていきレンゲを左手で持つとそのままスープをすくい飲む。
「うまぁ~…」
札幌の美味しいラーメンを堪能する弥一、その中でテレビの方では実況の声が大きくなって弥一の耳に入る。
『決まったー!八重葉学園、前半で既に3-0!エースの照皇誠、今日2点目だ!』
弥一がテレビの方へ視線を向けると放送されているのは八重葉の3回戦、彼らは立見に勝利して3回戦へと進んだのでその翌日の今日試合を行っている。
相手も3回戦まで勝ち進んできた強豪のはずだが王者の前にリードを広げられてばかりだった。
「はぁ~、相変わらず強ぇなぁ八重葉は」
「ホントにねぇ。特にこの世代は今までで最強って言われてるし、今年もインターハイだけじゃなく選手権も連覇しそうかな?」
年配の男性客は常連のようで女性店員と今やっている八重葉の試合を見て今年も天下は揺らぎそうにない、2人のそういう話はラーメンを食べる弥一の耳にも届いていた。
「(昨日勝ってたら僕達の方があのテレビの中に居たんだよなぁ…)」
ラーメンを食べる手を止めて試合の方を見ている弥一、八重葉の勢いは止まらず4点目が前半の間に入るかもしれない。それほどの怒涛の攻めを見せていた。
あの試合、自分達が勝っていたら今テレビの中に居るのは八重葉ではなく立見。試合をする側と試合を見る側で立場は逆転していた事だろう。
だが負けたのは自分達の方。
それは揺るぎない事実であり、弥一はPKを大きく外して負けてしまった。
勝也の真似をして行ったキック。それは技術に優れた彼も物にする事が出来なくてあの結果だ。
勝也の超えた壁を越えられなかった、そして負けた。
優勝するつもりでこの全国に挑み王者相手とはいえ二回戦で早々に敗退。
「(…畜生)」
ふつふつと湧き上がる気持ち、悔しさが蘇る。
八重葉との試合で負けた悔しさ、プレッシャーに負けて足が言う事を聞かずミスキックしてしまった悔しさ、そして勝也の超えた壁を自分が越えられなかった悔しさ。
弥一の瞳から一筋の雫が溢れ、頬を伝って落ちていく。
「(畜生…畜生…畜生…くそぉ!!)」
自分が許せない、悔しい。この気持ちをぶつけんと弥一は再びラーメンをズルズルと啜り始めた。
泣きながら味噌ラーメンを食す弥一の姿に女性店員も年配の男性客も何かあったのか、と関心を集めているが弥一は気にする様子無く食べ進める。
高校1年の弥一が初めて挑んだ夏の全国大会は大きな悔いが残ってしまった苦い夏となり、この北海道の地を離れる事となる…。
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