第110話 迷いと重圧


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 両者一人目のキッカーを終えて1-0、八重葉の一歩リードで歓声が沸き起こる北海道のサッカー場。


 此処も決められて突き放されては相当きつい事になってしまう大門はキーパーグローブを付ける自らの両手、右掌に左拳を当てて気を引き締め、目の前の相手と対峙する。



 八重葉の二人目のキッカー、両チームの中で一際大柄な体格を誇る男。


 相手チームの中で一番高いキック力を持つであろう八重葉のキャプテン大城鉄二が大門の前に立つ。



『二人目の八重葉のキッカーはキャプテンの大城!先程はパワー溢れるロングシュートを見せてくれましたが、今回も八重葉随一の力で蹴り込んで来るのか!?』


『大門君も惜しい所まで先程は行きましたからね、注目ですよ』


 ボールをセットし、ゴールの方を少し見た後に大城は両手を腰に当てて視線を下に向けて目を閉じる。


 大門は大城のパワーロングを先程受けており、今回もそういうキックが来るかもしれないと見ていた。後はどのコースに来るのかだ。


「(右に思いっきり飛ぶ、そうしないとあのキックに追いつかない)」


 前もって飛ぶ方向を決めて集中力を高める大門。


 立見の応援席から大門への声援が飛び、立見イレブンは固唾を呑んで見守る。



 始まる二人目のキッカー大城のキック、緩やかな助走から大城は右足を当てる。その瞬間に大門は右へと思い切り地を蹴って飛んだ。


 思いっきり来る、そう思われたボールだったが大城から蹴られた球は芝生の上を転がってゴールへと向かっており方向は大門が飛んだコースとは逆。


 大門がしまったと思った時には既に遅く、ボールは転がったままゴールへと吸い込まれていき大城のキックは成功する。


『決めました大城!力で行くかと思えば軽く転がしてのキック!此処は駆け引きと技術のPKでした!』


『大門君の中では先程のロングが強く印象付けられてしまってたんでしょうね、いや上手いなぁ』



 2-0、立見は八重葉に立て続けにPKの成功を許しリードをさらに広げられてしまう。



 外す事が出来なくなり2番手の立見キッカー、優也の出番が此処で回って来て優也はボールをセット。


 その前に立つのは豪山のキックを止めてみせた龍尾。



「(右に飛ぶと思ってたら急に左…土壇場で読み切った?それともたまたま当たっただけ?)」


 先程あった豪山のPKを弥一は改めて振り返っていた、あの時直前まで龍尾は心で右に飛ぶと決めていたのを覚えている。


 ただ直前で彼は左に変更、それが当たってPKを阻止してみせたのだ。



 これからPKを蹴る優也に気負いのような物は無い、2-0で追い込まれている状況でも冷静でありゴールを見据えていた。


 立見応援席からは期待のかかる歳児コール。


 東京予選得点王で冷静な彼なら龍尾とのPKを制してくれるだろうと。


『立見の二人目は歳児優也!此処で決めておかなければかなり苦しくなってきます!』


『これは早くも結構なプレッシャーがかかってきますね』



 追い込まれてきた立見、反撃の狼煙が上がる一撃となるのか優也は助走を取る為に下がって離れる。



「(こいつは、真ん中来そうかな)」


 龍尾の心を弥一は再び読む、今度は彼は正面と見ているようだ。



「(左に転がす、無理に上を狙ったら浮かし過ぎてバーを超える恐れがあるからな)」


 一方の優也は彼から見て左、そこへとボールを先程の大城みたいに転がして行くつもりだ。


 このまま行けば優也のゴールは行けるが、龍尾がまた事前に狙いを変更するのではと弥一は先程のような安心が出来なかった。




 立見の二人目、優也のPKが始まり助走を取った優也はボールへと迫り右足を当てる。


 今度は龍尾に心での変更は見られない、正面で構えた状態だ。



 右足で蹴った優也のキック、当たったボールは芝生の上を転がりゴール左へと心を読んだ通り狙っていた。



 その時龍尾が転がって来たボール、それが動き出した瞬間に左へ来ている球へ飛び込んでいる。


 瞬時に反応してのダイブ、そこから両腕を伸ばして行く。



 並外れた跳躍力に加えての反射神経。



 優也の蹴られたボールは天才と言われる龍尾の身体能力によって彼の両腕に弾かれた。



『立見の二人目歳児も失敗ー!これも止めてみせた八重葉の天才GK工藤龍尾!』


『これで立見は追い込まれましたね、此処から逆転するにはもう外せませんよ』



 スタンドの八重葉応援席は盛り上がり、立見応援席の方は肩を落としており、2-0の今の状況がスタンドの方にも表しているかのようだった。


「っ……くそ…!」


 普段冷静な優也だが立見イレブンの元へと歩いて戻る途中で悔しさを見せている。



 2人続けての失敗、これに大門が次止められなければ弥一が外した瞬間に負けの決まる過酷なPKと化してしまう。



 勘が優れていて更に高い反射神経と跳躍力まで持つ天才と言われるGKが相手。


 イタリアで同じ世代に何人か優れたキーパーを知っているが龍尾はいずれも凌駕している。




「(どうしよう、どう蹴れば…)」


 弥一の中で迷いが生じて来る。普通に蹴っても自分のパワーでは通じない、かと言って技術で騙しきれる容易な相手でもない。


 かつてない強大な壁、これを勝也は過去に突破していた。





 そんな中でPK戦は進められていく。


 3人目に備え大門はゴール前に立ち、八重葉の3人目はやがて大門の前に現れボールをセットする。


 その時スタンドに驚きの声が上がり始める、皆が3人目の八重葉を見た時だ。



『おっと!?八重葉の3人目はなんとGKの工藤自らが蹴りに行きます!』



 GKは主に自軍のペナルティエリア内を仕事場とし、そこで相手の攻撃を止め続けたり時にエリアから飛び出し足や頭でボールを処理したりするのが一般的だ。


 だが時にはフリーキック、PKを蹴るGKというのも希に存在し世界的に有名な名GKの中にもそういった者は居る。


 龍尾は余程自分のキックに自信を持っているのか八重葉の3人目として登場、大門とのGK同士のPK勝負となる。



「(これ以上決められない、なんとしても止めないと!)」


 誰が蹴って来ようが立見としてはこれ以上引き離される訳にはいかない、この流れを断ち切ろうと大門はこのPKを絶対止めてやるとばかりに龍尾をキッ、と睨むように見た。


 その龍尾は緑の帽子によって目が隠れており、具体的な表情が見えづらい状態だ。



『立見はこれ以上突き放されると非常に不味い、立見の大門達郎止められるか!?』


 助走を取った龍尾、PKが開始されるとゆっくりと走り出してセットされたボールに近づいて行く。



 蹴りだされた時に彼の被る緑の帽子が地面へと落ちて、銀髪が夏の日差しを前に露となる。


 右足を振り切りボールはゴール左上の隅へと勢い良く飛び、大門は同じ方向へと飛ぶが伸ばした腕が触れる事はなく豪快にゴールネットを揺らされる。



『厳しいコースを決めてみせた工藤ー!3-0、八重葉が王手をかけました!』


『止めるだけでなくPKのキッカーとしても優れてるとは、これは日本のプロでも今いないタイプですね…ホント凄い』



「くっそぉ!」


 止められない悔しさに大門は倒れたままフィールドに右拳を叩きつけた、一つもセーブ出来てない。何やってるんだ俺はと自分を責める。


 龍尾の方は地面へと落ちた自分の帽子を拾い上げて被る、その表情は不敵に笑っていた。






 もう1本も外せない、キッカーもキーパーも。


 本当に土壇場の状況まで追い込まれて3人目、弥一の出番を迎えると弥一はゴールへと向かって歩き出す。



「(何か…足が重い…)」


 まるで重石か何か重い物が付いたみたいで弥一は自らの足が重く感じた。


 自分の足が、身体がゴールへ行きたくないと拒むかのように。




 心が読めれば天才GK相手だろうがなんとかなると思っていた、裏をかいて蹴り込めば入るだろうと。


 だがそれも今通じるかどうか疑わしい。狙いを途中で変えたり咄嗟に反応して飛びついたりと、そんな相手にどうすればいいのか。


 未だに答えが定まっていないまま弥一は出番を迎えてしまう。



 これが外れた瞬間に立見の負けが決まる極限のプレッシャー、3人目で崖っぷちまで追い込まれ立見が逆転するにはキッカー全員が決めて大門が全部止める。


 そんな奇跡と言える可能性しか立見が勝つ道は残されていないのだ。



 普段はマイペースな弥一、プレッシャーとは縁がないと思われた彼にも例外無く重圧は襲いかかる。


 ボールをセットする中でも足は重く感じており、蹴ったらゴールまで飛ばないんじゃないかと思わせる程だった。



「(もう外せないから決めないと、でも…何処蹴ればいい?)」


 ゴールの前に立つ龍尾、彼の守るゴールは何処に蹴り込めば正解なのか。


 龍尾の姿がより大きく感じて何処を撃っても止められる、そんな気がしてしまう。



 極限のプレッシャーと戦う弥一、何時もの心を読むという事も忘れていた。



『さあ立見の3人目は神明寺!もう1本も外せない状況でマジシャンのようなテクニックが此処でも炸裂するのか!?』


『両校の中で一際小さな彼ですが、技術がずば抜けてますからね。今回はこの状況でどう蹴るんでしょうかね』



 PK戦は止まってくれず弥一の出番が回って開始される。



 まだボールから離れていない弥一、どうするかは定まっていない。




 その時弥一の頭の中で蘇る当時の記憶。



 兄と慕う人物がPKを決める時の光景。




 当時それを見ていた弥一、彼のようにやってみようと重い左足をその場で思い切りボールへと当てて飛ばす。



 助走無しのPK。


 かつて勝也がこの方法で決めたキック、それを弥一も真似て蹴った。




 思い切り蹴ったボールは勢いがある。


 これは入ってもおかしく無い。









 だがそれは枠に行けばの話だった。



 弥一の蹴ったボールは強く蹴り過ぎたせいか、コントロールを失ってゴールバーを超えて上昇、そこからドライブで急激に落ちる気配も無い。


 龍尾は構えを解いて頭上のボールを見送っていた。



 弥一のキックはまさかのゴールから大きく外れてしまう、ミスキックとも言える程の物だった。


『外したー!東京MVPの神明寺、PK失敗!この瞬間八重葉学園の勝利が決定しました!』


 明暗がはっきり分かれた瞬間。


 歓喜する八重葉、崩れ落ちる立見。






 PKを外し、八重葉に勝利を献上してしまった弥一。


 高校生になって公式戦で初めての敗北。



 彼は芝生の上に尻餅をついて動けず、呆然と目の前のゴールを見る事しか出来なかった…。



 立見0-0八重葉

  (0-3)

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