第109話 初めてのPK戦


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












『70分の激闘が終わりました立見VS八重葉、0-0で決着はつかず勝負の行方はPK戦に委ねられます』


『八重葉の方は高校No1キーパーの工藤君が居ますが、大門君もこの試合で何本も良いセーブを見せてますからね。八重葉が有利と思われますが、このPK戦。番狂わせも有り得るかもしれません』




 八重葉の方は各自再び給水へと入っており、PK戦に向けて集中力を再び高めて行く。八重葉の監督はその中で選手達へと声をかける。


「0-0か…俺達八重葉が1点も取れなかったのは何時以来になるのか、そしてPK戦を最後にやったのは何時なのか、それぐらい遡らなければならない程に久しい。この八重葉でのお前達には初めての事だろう」


 この王者の軍団を指揮するようになって長くなるが、PK戦にまでもつれた試合は久しぶりであり今の代の八重葉にとっては初めてだった。


 それだけ今まで相手に追随を許さず王者として君臨し続けてきた史上最強と言われる今回の八重葉イレブン。


「だが、お前達なら勝てる。100人以上居る八重葉サッカー部員から選ばれた最強の精鋭であるお前達ならその力がある、俺はそう思っているぞ」


 多くの部員がトップの1軍を狙って日々精進、その中で特に力ある者がレギュラーに選ばれて上がり、もう一方は下がる。今の1軍も気を抜けば2軍へと落ちてしまう。


 その厳しい争いを経て選ばれた1軍の精鋭達がインターハイや選手権、そういった高校サッカーを代表する大会に出られる。


 それが日本のサッカー王国と言われる静岡の名門、王者八重葉学園の古からのやり方であり伝統だ。


 監督は精鋭達を自信持って送り出す、PK戦で出来る事はそれぐらいだった。









「PK戦…こういう時の作戦ってどうすればいいもんなんだっけ!?」


 一方の立見サイドもベンチで各自休憩を取っており、幸は席を立ち上がり隣で座っている京子へと慌てた様子でPK戦の作戦を聞こうとしていた。


「先生、PK戦は作戦も何もありません。立見にとって初めてのPK戦でもありますから、此処から先は選手達の力とメンタルの問題です」


「そ、そうなんだね…」


 色々取り乱している幸に対して京子は冷静であり、PKに関しては選手達に任せるしかない。それはこの形式による決着へ突入してから思っていた事だ。



「大門、頼んだぞ。向こうよりお前の方が多くのシュートを止めていてボールに慣れているなら、天才工藤に勝てる可能性はある」


「強気で行けよ強気で!」


「はい!」


 PK戦になれば必ず必要となるGKのセーブ、よって大門が今まで以上に重要な存在となっていき成海が彼へと声をかけて豪山も背中を叩く。


 大門は先輩二人に対して力強く答えた。





 此処で決めなければならないのはPK戦で蹴る5人のキッカーだ。


 PK戦はそれぞれ5人がエリア内でゴールへと向けて交互にPKを蹴り、より多くゴールを決めた方のチームが勝利する。


 両チームの5人が蹴っても勝敗がつかない場合はサドンデスとなって片方が決めて片方が外し勝負が決まるまで続く。



 PKに関しては技術が優れているだけではない、むしろ求められるのは強靭な精神力の方だろう。



 PK戦に関して過去では大きな国際試合で天才と言われた名プレーヤーでさえも大きく外してしまっており、PKでは後者の方が求められる。そんな声が高まっていた。


「蹴る順番は、1番に豪山。2番は歳児、3番が神明寺、4番は影山、最後は俺が蹴る」


 キッカーの順番は成海が決めていき5人が選出される、その中で最初に蹴るキッカー。最後に蹴るキッカーは成海、豪山と立見のキャプテンと副キャプテンが担当する事が決まった。


 豪山の力あるシュートで切り拓き、冷静沈着な優也とチーム随一技術の優れた弥一、PKを実は得意とする影山と今の立見でPKを決めてくれる確率の高い精鋭を成海は選んだつもりだ。



「1年のお前達には相当なプレッシャーになると思うけど…きついようなら代えようか?」


「いえ、蹴れます。行けます」


「大丈夫ですよー」


 成海は優也、弥一の1年2人へと視線を向けてキッカーに選んで大丈夫かと改めて尋ねると優也は何時も通り表情を変えず動揺した様子は無く答え、弥一は右手でVサインを作り明るく答えていった。




 予定通りPK戦はこのメンバーで行われる事となり、大門は一足先に審判団の元へ向かい相手GKの龍尾と共に使用するゴールマウスを決めていく。



 守るゴールマウスが決まり、PKの先攻後攻も決まって八重葉が先攻で立見が後攻だ。


 よって先にゴールに立つのは大門。大きく息を吐いて前を見据える彼の前にボールをセットする一人目の八重葉のキッカー。



『さあPK戦、八重葉の一人目はいきなりエースの照皇が登場だ!』



「(1人目で来た…でも、此処でエースを止めれば勢いは立見につく!)」


 いきなり照皇からのキックで始まる八重葉に大門は驚くものの、チャンスだと思い身構えた。照皇のような優れた選手を止めて出鼻をくじけば一気に立見が優位となる。


 早くも迎えた山場に集中する大門、一方の照皇は落ち着いておりボールから少し離れ距離を取っていた。



 照皇のキックから始まるPK戦、短い助走から照皇は左足でボールを捉え、ゴール左上隅へと正確に向かう。



 大門も反応しておりコースへ飛びつくが、ボールの勢いがあり僅かに大門の手は届かず豪快にゴールネットを揺らしていった。



『決めた!まずは八重葉が先制!照皇コースギリギリをついた見事なキックです!』


『プレッシャーかかる1番手であのようなコースが蹴れるとは、物凄い精神力、そして度胸ですね照皇君。流石ですよ』



「(これが…天才のキック、弥一の正確性と豪山先輩の力強さが合わさったような感じ…)」


 止められず先制を許した大門、その場から歩いてゴールから離れる最中さっきのキックを振り返っていた。


 コントロールにおいて部内で一番の弥一、パワーにおいて部内で一番の豪山。それぞれが優れたキックを持つが照皇はその2人の長所を合わせたような感じだった。


 正確無比にして力のあるキック。そしてこの状況で蹴る事が出来るメンタルの強さ、この3つを兼ね備えて今の一撃を可能とし大門の手を掻い潜る事に成功する。


 ゴールを決めた照皇は軽く拳を握り締めると、その後に龍尾と軽くハイタッチを交わしチームの元へと戻って行った。



「ああ、惜しい…大門!あと一歩だ!次止められる!」


 ベンチから摩央は声を張り上げて大門を励まそうとしていた、その声が聞こえたのか大門は軽く右手を上げて応える。


 照皇のシュートが凄すぎて止められなかったが後少しで触れられる所までは来ている。全く悪い流れという訳ではない。


 次は止めてくれるはずだと信じて応援し続ける、それが今ベンチに居る自分が出来る事だから。




『八重葉に先制を許した後攻の立見、1番手は豪山!豪快なキックを此処で見せるのか!?』


「(いくら天才で中学時代無失点って言っても、PKまでそう簡単に止められっこねぇよな。此処で取り返してやる)」


 豪山の前に立つのは八重葉の天才GK工藤龍尾、大門と比べてボールにこの試合はそう多く触れてはいない。まだそんな感覚に慣れていないであろう今がチャンスだと豪山は見ていた。



「(あのキーパー、右に飛ぶつもりなんだ)」


 一方の弥一は遠くから龍尾を観察、その中で龍尾の心を読む。彼は右に飛ぶ事を思っている、つまり豪山から見て左だ。


 更に弥一は豪山の心を覗き込む。



「(コースは、思いっきり右!そこが一番蹴りやすく狙い易い)」



 豪山は右に蹴る、龍尾とは逆のコース。これは決まったと弥一は思った、後は豪山がシュートを外さないのを願うばかりだ。





 後攻の立見、豪山は助走を取り走る。


 その時だった。



「(やっぱ左!)」


「(え!?)」


 龍尾が急に右に飛ぶ予定から左へと変更し、弥一が驚いている間に豪山は右足で思い切り当初の予定通りゴール右へとボールを飛ばしていた。


 飛ぶ方向を変更し飛んでいた龍尾、豪山の豪快なキックを両手で当てるとボールは地面へと落下。立見の一人目が失敗してしまう。


『止めた工藤龍尾ー!豪山のキックを読み切り、パワーを正面からねじ伏せたー!』


『このビッグセーブは大きいですね!これは一気に八重葉に流れ傾きますよ!』



 PKを止めた龍尾に八重葉応援席から大歓声、その声に龍尾は小さく右拳を上げて答えながら戻り大門とすれ違う。


 止められた豪山は肩を落とし戻って行くと成海に肩を叩かれ励まされる。



「(咄嗟に狙いを変更って、そんなキーパー今までいなかった…!)」


 その中で弥一に戸惑いが生まれ始める、心を読んだはずが目前で狙いを変えて来たGK。



 まるで心を読んだ自分を嘲笑うかのように。

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