第106話 落ち着いていれば強い彼


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 ハーフタイムの15分が終わり、暑い中でフィールドを走り回り消耗した身体を癒していた選手達がフィールドへと戻って来る。


 八重葉は特に交代は無い。そして立見の方は鈴木と岡本に代わり優也と武蔵の1年二人を後半の頭から投入。場内アナウンスで交代が告げられるとスタンドに歓声が上がった。


『後半、立見は選手交代のようですね。中盤の両サイド鈴木、岡本に代わり歳児と上村が入ります』


 スタンドからは早めに歳児タイムが見れると盛り上がり、やはり途中出場の優也にかかる期待は大きい。この後半に多く得点して東京の得点王に輝いている実績がそうさせていた。



「(歳児優也…あいつが入ったという事は豪山と2トップで来るか)」


 前回の練習試合、優也に唯一八重葉のゴールを割られた事を大城は忘れていなかった。


 得点王となった事で春よりも実力を上げたと見ており立見の攻撃で一番警戒する相手、優也に視線を向けていたが大城はそこから視線を外して皆へと声をかけていく。




「奴らが後半も攻めまくって来るなら、こっちもとことん粘って守りきるぞ。立ち上がり特に集中な!」


 立見側のフィールドでは間宮が周りのDF陣へと声をかけ、後半立ち上がり集中して守ろうという意識を改めて強く持つ。


 暑い中で間宮も結構守っており連日からの出場だが疲れている様子は無い、DF陣の中で一番体力があるのは間違いなく彼だろう。


 間宮の気迫にDF陣も声を張って返事して後半開始に向け、気合を入れた。



「そろそろ固さは取れた?」


「!?」


 前半は自分が結構抜かれていて周りにカバーしてもらっていた、後半しっかりしなければと翔馬が改めて強く気持ちを持とうとした時に後ろから弥一が翔馬の肩をポンと叩く。


 これに翔馬はビックリする表情となり、その顔のまま弥一の方へと振り返る。


「あー、まだ固いって感じだねー。王者相手に上手くやろう、食らいつこうと闇雲に走ってたよね前半」


「それは…一生懸命やって田村先輩の穴を埋めようと思って」



 前半の立ち上がりに攻守の要である田村が負傷、その代役として同じサイドバック。1年の翔馬に任される、出る試合の相手が高校サッカー最強に君臨する八重葉とあって翔馬は力の限りプレーをして走ったつもりだった。



 だが前半は月城に手玉に取られてばかりで穴を作ってしまい、足を引っ張っただけだ。後半なんとしても取り返さないといけない、その思いで翔馬の頭はいっぱいとなっている。


 当然その頭の中は心が読める弥一には筒抜けだ。



「さっき成海先輩から言われたばかりじゃんー、無理に田村の代わりをするな。お前はお前だ、ってさー?」


 成海の真似のつもりか弥一は前半の時に言っていた成海の台詞を真似し、なりきって完コピしたつもりで言ってみる。



「……あはは、あんま似てないよねそれ。成海先輩に見せられないよ」


 あまり似てない弥一のモノマネを見て翔馬はつい吹き出して笑ってしまう。


「んー、ボケて笑い取った訳じゃないんだけどまあ面白いと思ったんなら結果オーライかー」


 弥一としては笑いを誘ったつもりは無いのだが翔馬のツボを刺激したようで彼は笑っていた、なら良いかと弥一も呑気に笑う。



「ま、もうちょっと落ち着いて相手見てみれば月城って人も止められると思うよ。翔馬って落ち着いてれば強いし」


 落ち着いていればお前は強い、王者八重葉にも負けない程に。


 そういう風に彼へ伝えると試合再開が近いので弥一はポジションの方へと翔馬に軽く手を振ってから戻って行った。



「(落ち着いてれば……か)」


 一生懸命やっていたが振り返ってみれば必死になるあまり落ち着きは失っていたかもしれない、なので相手の動きがよく見えず見失う事が多くなっていた。


 それは相手が王者八重葉だから、そして月城が自分と同じ1年で王者のレギュラーとなっている天才だから。実力の差と決めつけていたが、自分が落ち着いてなかっただけなのだとしたら。


 王者相手といえど隙があるかもしれない。




 ピィーーー



 立見のキックオフで後半の試合が開始、八重葉は前線から早いプレスをかけて行く。


 パスを受けた弥一に坂上が走って来ているがプレッシャーをものともせず弥一は坂上が出してくる足をボールと共に躱し、そのままドリブルで進む。


「(お、走り込んでる。やる気だね優也)」


 前を向く弥一、優也は既に八重葉のDFラインの手前まで来ている。前半のキックオフで照皇もかましてきた、だったらこっちも後半開始早々に奇襲を仕掛けるのも悪くない。



 そう考えた弥一は迫り来る政宗が自分に到達する前に右足でパスを出した。


『神明寺、此処でロングスルーパス!歳児がDFラインを抜けて走る!』


 弥一からパスが出た瞬間に優也はスピードを上げて走る、佐助が後を追いつつ右手を上げてオフサイドをアピールするが旗は上がらない。


 オフサイドではない、チャンスだ。優也が追いつきボールを取った。


 その瞬間を死角から狙われているとも知らずに。



「ぐっ!?」


 優也の右肩に伝わる衝撃、それと共に彼の身体が浮き上がり吹き飛ばされる。



 優也が走り出したのを見て大城が動き出し、トラップのタイミングを狙って強烈なショルダーチャージを彼は仕掛けていた。


 190cmの大城によるチャージ、160cm程しかない優也の身体はまともに受けた事により飛ばされてしまう。


『強烈ー!大城、歳児を吹っ飛ばした!ファールはありません!』



「(あー、相変わらずでっかい図体で速いなぁ!)」


 同じDFの大城にチャンスを防がれてUターンし戻る形となる弥一、分かってはいた事だがやはり高校No1DF、その壁も厚い。



 そして大城はボールを大きく蹴り出す。高く蹴り上げられたボールはグングンと伸び、立見サイドのフィールドまで飛んで行った。


 この高く上がった球に川田、照皇がジャンプして競り合い。川田の方が身長で勝っているが照皇が正確なポジショニングに加えジャンプのタイミングが良かったので川田に競り勝ち、頭で村山へとボールを渡す。村山は照皇を見るがその後ろに間宮が見えており、相変わらず照皇のマークは厳しい。


 それならと立見の今の穴、左から狙うまでと月城の上がりに合わせ村山は月城へとパス。



 その月城には翔馬が付く。



「(懲りない奴、でも足引っ張るこいつが居てくれるのは楽でありがたいけどな!)」


 前半で難なく手玉に取れた事に月城は翔馬の事を取るに足らない相手だと思っている、こいつが立見の穴だと。



「(速いけど、よく見ればそんな難しいフェイントはしてない)」


 さっきとは違い、すぐには飛び込まず落ち着いて月城の動きを見てみる。彼のスピードは驚異的だがずば抜けてテクニックがある訳ではない。


 月城のドリブルが今ならハッキリ見える、そして分かった。



 これなら止められると。



「うぉわ!?」


 ここぞとばかりに翔馬は月城のボールめがけてスライディングタックルを仕掛ける。


 突然のスライディングに月城は転倒、ボールは翔馬の足元にあった。



『水島止めた!八重葉の月城から取った!』


『ファールは、無いみたいですね。チャンスですよ』


 転倒したが審判の笛は無い。これに翔馬は行けると思い、そのまま自らドリブルで進む。


 品川が正面から止めに来ているのが見え、翔馬は左にいる成海へと右足でボールを出してからすぐに走り出し品川の右を追い抜く。


 それを見た成海はパスを受けてすぐに走る翔馬へと球を蹴り返しワンツーの形となる。



「(行ける!このまま!)」


 通じる、自分の力が王者相手に。このまま行ける所まで行けるかもしれない。



 その彼に対して一度止められた人物が追いかけ、追いつこうとしていた。



「(調子乗んな!)」


「わっ!」


 翔馬がボールをトラップした瞬間に追って来た月城が球に足を出し、翔馬はボールをキープしきれず弾く。



 右サイドから良い流れがあったが此処で月城によって断ち切られてしまう。




「ナイスプレー、その調子だ翔馬」


「あ、はい!」


 翔馬の背中を軽く叩き、声をかける成海。この試合初めて活躍する事が出来ていた。




 後半立ち上がり、翔馬の固さもようやく取れて急成長してきた本来の実力で月城を止める事に成功。



 流れは少し立見に傾き始める。

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