第105話 炎天下のハーフタイム


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 前半も終盤、夏の日差しが照りつける中でフィールドの選手達は動き回り続ける。


 スコアはまだ0-0で動かないがボール支配率は八重葉が上回っていて、シュート数も積み重ねていく。枠を外すのが2本程、DF陣の体を張ったブロック、大門の好セーブと1本のシュートもゴールにまだ入れていない。


 そして弥一は溢れたセカンドボール、詰められたらピンチに陥る球に素早く詰めてクリアする役割が多くなっていた。



「王者相手に結構守れてますね、この前と違う1軍相手に」


「彼らも伊達に東京予選を無失点で制してない。守備に関しては大きな自信となっているだろうし皆あの春よりもレベルアップしてると思うから、それが今0-0というスコアで現れてる」


 此処もピンチを凌いで守った立見に摩央は今日何度目か数え切れない息をつく、京子は変わらず冷静沈着でありフィールドを見続けていた。


 ベンチに座ってハラハラ試合を見守る幸とはまさに対照的だ、立見がピンチに陥る度に幸の悲鳴がして立見ベンチにとっては馴染みのBGMになりつつある。



「けど、守ってばかりでは負けないけど勝てない…何処かで攻撃を仕掛けないと」


 得点されなければ負ける事は無い、ただこちらもゴールを決めなければ勝ちも無い。そして王者相手に押され続ければ何処かで破られる可能性が当然ある。


 どう仕掛けるべきか、京子は表情に現さないまま頭の中で考えを巡らせ続けた。




 フィールドでは八重葉の左サイド月城が負傷した田村に代わって入っている翔馬と激突、全国レベルの左サイドバックを相手に翔馬はくらいついて行くが月城はボールを持って素早い切り返し。


 これに振られてしまう翔馬、その間に月城は左足で低いクロスを上げる。高いと大門に取られると見て修正して精度を上げて来ていた。


 そこに待っているのは照皇。彼は低いクロスを合わせようと左足のボレーシュート、そのモーションへと入る。




 立見にとって一番要注意のストライカー、なので放置するはずが無い。低いクロスに対して照皇の間に弥一がコースへ入り込んでおり蹴り上げてボールをクリアしていく。



『立見、またしても守る!月城の照皇へのクロスボールでしたが神明寺ナイスクリア!』



 そしてその弥一が蹴ったボールの行方、それを審判が見てから笛を鳴らす。前半終了の笛だった。



『前半終了、八重葉がボールを支配する時間帯が長かったですが立見凌ぎ切りました』


『八重葉は惜しいシュート何本かあったんですけどね、立見のキーパー大門君とDFの神明寺君がよく止めてくれましたよ』





「皆、水分補給を怠るなー」


 八重葉サイドのベンチではコーチから水分補給をするようにと声がかかると同時に、マネージャー達が戻って来た八重葉選手にそれぞれドリンクやタオルを手渡して行く姿があった。


 サポートの面でも死角はなく万全の王者、インターハイの戦い方は熟知している。



「お前のスライディングなんて久々見たわ」


「そうか?」


 ロッカールームの椅子に腰掛け、ドリンクを飲んで束の間の休息を取る照皇。そこに椅子に座らず立ったままドリンクを飲む龍尾が話しかけて来た。


 龍尾が覚えてる範囲では最近彼のスライディングをしたという試合は無かった、最後にそれをしたのは何時だったのか。それぐらい遠い過去になりつつあったのが今日になって照皇は弥一へとスライディングを仕掛けたのだ。



「やっぱ男っていう生物は張り切っちまうもんなのかね、因縁のライバルっつーのを前にすると」


「何時も通りにやっているつもりだが奴を前にすると…負けたくないと思えてくるな」



 照皇としては感情に左右されず常に落ち着いてプレーをしているつもりだが、弥一を前にするとつい気持ちが出てしまう。それが先程のスライディングタックルで現れていた。


 同じ高校生の世代で出て来た強敵、強豪校のDFはこれまでいくつも相手にしてきたが彼は他には無い強さを兼ね備えている。


 冷静な照皇の闘志を引き出させる弥一、そして立見。



「ま、それは俺もそうだな。奴の作った立見を相手すると何時もより負けられねぇ、絶対ゴールは許さねぇって気持ちが出ちまう」




 今の無失点記録を築き上げる前、最後に自分からゴールを奪った神山勝也。


 彼が作り上げた立見と試合をすると龍尾も負けられないという、何時もより強く勝利への気持ちが出て来ていた。











「…限界、みたいね」


 立見のロッカールームではまた深刻な状況を迎えていた。


 引き上げて来た立見イレブンにマネージャー達や摩央がそれぞれドリンクやタオルを配り、各自ハーフタイムの休息で体力回復に務めるがその中で特に疲労している者が二人居る事に京子は気付く。



 周りと比べて特に疲労の激しい鈴木と岡本。二人とも前半からかなり走り回ってきていたが、そのツケが今彼らを襲っていた。

 二人はベンチに座ってタオルを頭に被せたまま動かない。


 炎天下で前日から残る疲労でプレーし、彼らはもう限界近い。田村に続いて二人交代のカードを切らなければならない。



「後半、俺も下がって守った方が良いんじゃないか?」


「お前まで下がったらそれこそ向こうの思う壺だ、カウンターによる攻撃弱めてまでやるべきじゃない」


 守りの時間帯が長く負担をDFにかけ過ぎてると感じた豪山は自分も下がって守るかと提案するが、成海は攻撃は前に残しておこうと反対する。


 確かに高さのある豪山も加われば守備は厚くなる、ただ立見の攻撃は薄くなり得点が望めなくなってしまう。リードしているならともかく今はスコアレスだ、八重葉の鉄壁の守りを崩すには豪山の力が必要となり欠かせないだろう。


 やはり攻撃でも貢献している田村の負傷退場は大きな痛手となり、立見のチャンスはフリーキックとカウンターぐらいという前半だった。



「後半、頭から歳児君と上村君に出てもらう事になるけど良い?」


「はい」


「分かりました!」


 前半終了近くからアップを開始していた優也と武蔵、京子は彼らに鈴木と岡本に代わって後半開始から出てもらう事にして声をかけた。


 これに二人とも頷くと、共に出場の準備を進めていく。





「早い出場だね今日は」


 スパイクの紐を結び直す優也、その隣に弥一は腰掛けて麦茶をゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいた。


「田村先輩の怪我に続いて二人も交代だ、何時も通りとか言ってる場合じゃなくなったんだろ」


 アクシデントに予想より早い疲労、そして攻め込まれる展開と立見に良くない流れ続きだが優也は何時も通り出場しようとしている。


 自分のやる事に変わりは無い、自らの足で走り勝利を引き寄せるだけだ。


「今回は大城さん以上に後ろのキーパーが厄介だと思うから、頼むね」


「ああ」


 前回八重葉から得点を決めている優也、彼に攻撃を託す中で弥一は龍尾の事を考えていた。


 あのGKは今までのGKと違う何かがあると…。

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