第107話 互角の勝負に彼は笑う


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 前半はボールをほとんど支配し、攻めていた八重葉。


 しかしこの後半はパスの出し難さを感じ始める。原因は中盤に下がっている一人の選手によるものだ。



『歳児、中盤まで下がってボールを追っている!』


『後半出場とはいえよく走り回ってますね、この炎天下の中で』



「っ!」


 ボールを持つ村山へと優也はしつこく足を出していき、球を離させようとしている。高い技術を持つ村山、そう容易くは優也に渡さないがパスを蹴る事も中々出来ずにいた。


「(しつこい奴だな!)」


 何度も食らいついてくる優也、品川がフォローに来てくれたおかげで村山はようやくパスを出して託す。


 その品川に対して成海が寄せてチェックをかけていた。



 成海の右足が品川の持つボールを捉え、奪取に成功。それを見た優也は八重葉ゴールへ走って行く。




「優也の奴、あんな下がって走り回って体力続くのかよあれ?」


「でも彼の走りは八重葉もだいぶ嫌かもしれない、この後半炎天下で前半から消耗してる選手からすれば素早く寄せられ、チェックをかけていくおかげでゴールまですぐ攻め込まれるような事は避けられてるから」


 かなり走り回る優也の姿にペース配分大丈夫かと心配になりつつペットボトルの麦茶を飲み水分補給する摩央、その走りが何処まで続くか分からないが今のところ優也がしつこく八重葉の司令塔村山をチェックしており、執拗な守備は八重葉を苦しめてる。


 京子は村山の姿を見ていた、アシストキングである彼を封じれば八重葉の攻撃力はかなり下がるだろうと。


「倉石先輩、水分補給どうぞ~」


「ん、ありがとう」


 そこに彩夏が京子へとペットボトルの冷えたスポーツドリンクを手渡し、京子はキャップを開けて口を付ける。


 喉越しに感じる冷たさと味覚に伝わって来る甘味が厳しい夏の暑さを和らげてくれて、再び彼女はフィールドへと目を向けた。



 ベンチの方も暑さとの戦いだ。








 後半、中盤で攻撃を止められるようになってきた立見は八重葉ゴールへ攻めに武蔵がボールを持つ。


 当然の如く八重葉もそこに厳しい寄せ、チェックが待っており武蔵へと政宗が激しく当たる。


「(やば!)」


 政宗の当たりに武蔵はキープしてたボールを零してしまう。


 不味いとなったが直後に影山がフォローに入っており、代わりにボールキープしていた。



「(やっぱ硬いな八重葉の守備)」


 影山はそのままパスに出ようとしていたが前線の豪山は大城が、優也には月城が付いている。更に成海もマークされており中々パスを出す所が無い。


 後半に入っても守備に切り替わった八重葉の動き出しは速かった。



「こっちー!」


「!」


 その時遠くの右サイド、翔馬が手を上げる姿が影山から見えた。


 左サイド寄りに居た影山は大きく蹴り出してサイドチェンジ、月城がわざわざ優也のマークに行ったのでその分翔馬が自由に動けている。



「(良い流れ、だったら攻撃に厚みをかけ時かな)」


 今が攻撃の時と見て弥一はこっそり上がろうとしていた。



 その弥一と並行するように走る者が居る。



「!(照皇…)」


 弥一が攻撃に参加しようとした時、照皇が弥一をマークし自由にさせない。


 振り切ろうとフェイント入れて走ったりするが執拗に付く照皇、意地でも離れないという意思が見えていた。



「余程僕って意識されてるみたいだねー、ボール持ってないのにこんなマークされるなんて」


「お前が攻撃でも厄介なのは東京予選で知っている。だから目を離さない方が良いと判断した」


「へぇ、意外と喋ってくれるんだ?だんまりかと思ってたら」


 弥一がDFながら得点を重ねている事は東京予選を見てきたので知っている、なのでマークするのは当然だと弥一と共に走り回る中で照皇は語った。


 何も特別ライバル意識し、それで弥一を追いかけたりはしない。これも八重葉の確実な勝利に必要な事なので行う、その為なら真夏のフィールドを走り回るのも普段からストイックに己を高め続ける照皇にとっては苦ではない。


 そしてこれにより弥一の攻撃参加が叶わなくなってしまう。





 同じ頃に右サイドでボールを持った翔馬は右コーナー付近まで来ているが、品川が近くまで迫る。


 此処はもうクロスを上げるしかないと翔馬は右足でゴール前へと蹴った。


 高い浮き球でニアの豪山へと上げるが、高さで勝る大城が豪山と競り合い頭でボールをエリア外へ出していく。



 中央へと流れたボール、そこに走り込んでいく成海。政宗も追っているが成海の方が一瞬早くセカンドボールをそのまま左足で振り切りシュートを撃った。



 勢いは充分でありゴールへと向かう球、それに対して龍尾がほぼ正面で成海のシュートをキャッチし受け止める。



「上がれ上がれ!カウンター!」


 声を出しつつ龍尾は右足のパントキックを蹴り、低い弾道のコース。それが八重葉のFW坂上の元へと一直線に向かう。


 翔馬が上がりっぱなしの今薄くなってる今の立見の状態を見てカウンターを龍尾が仕掛けに行く、これに一斉に八重葉の攻撃陣が走る。



『成海のシュートをキャッチした工藤!すぐに蹴り出して八重葉のカウンターだ!』



「川田ー!6番上がってるから気をつけてー!」


 弥一から見てボールを持つ坂上とは別に政宗が立見ゴールに迫り上がって行くのが見えた、これに川田は政宗の方へと付く。


 その弥一は照皇をマークし返している。



「(ち…!)」


 坂上の前には間宮が居る、彼を躱すのは中々骨であり上がって来た政宗が見えて坂上はそっちを使おうとしていた。だがそれは弥一に見抜かれてしまう。


 左からの上がりも月城は優也のマークに付いていたのでカウンターに間に合っていない。


 ゴールと間宮に背を向けて後ろを見ると村山が上がって来ている姿が見えた、此処は彼に託すのが確実だろうと坂上は一旦ボールを託そうと村山にパス。



 だが村山を追い越していて前に出ていた選手が居る。


 優也がまたも追いかけており、このパスをカット。そしてボールをタッチラインへと出して八重葉の攻撃を一時的に断ち切った。



『八重葉のカウンター!村山へのバックパスを此処も歳児が追いかけて来てボールをカットする!』


『両者共に予選含めて此処まで無失点で来てる事もあって硬いですね守り、これは決定的なチャンスを作り出すのは苦労しそうですよ』



 立見の守備に八重葉の守備、どちらもこの後半エリア内で決定的な仕事はさせず攻撃を凌ぎ続けている。


 特に立見の守備を前に八重葉はこの後半シュートを撃てていない。優也の村山に対する執拗な守備が効いている証拠だった。




 ボールはタッチラインを割り、立見ボール。立見が王者に食らいついて0-0の均衡が続いている事に観客はひょっとしたらとなってきている。


 大番狂わせが起こる可能性があるかもしれない、後半の35分へ近づくにつれ思いが大きくなり歓声の方もそれに合わせるかのように大きくなっていた。



「(此処まで0-0、ねぇ。春の時の前半で3-0からよくまあ此処まで来たもんだ)」


 ゴール前の龍尾はスローインのボールへと向かう翔馬の姿を見つつ、春の時の立見を思い出していた。



 あの時2軍主体で立見戦に臨んでいた八重葉、それを龍尾は見物していて今までと同じように王者の前に叩き潰されるだけの取るに足らないものだと思っていた。


 それがあの日に限っては違う、弥一が立見イレブンに怒ってからチームは立ち直り更に弥一や優也が出場してから後半は立見のゲームとなる。


 結果は3-1、後半だけで言えば0-1。2軍とはいえ後半の八重葉は立見に負けている。



 今回はスタートから龍尾も含め本気の1軍、あの時の2軍とは総合力が違う。それでも今スコアレスという状況だ。


 これが立見、自分から決勝点を決めた神山勝也のチーム。




「(それでもお前らには万に一つの勝ちも無ぇがな)」


 自分がこのゴールに立つ限り立見の勝ちは無い、龍尾の口元には笑みが浮かんでいた。



 後半25分を過ぎて次の35分が近づく、このまま得点があろうがなかろうが八重葉の天才GK龍尾にとっては何の問題も無いのだから。

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