第103話 サイキッカーDF対天才キーパー
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
容赦なく襲いかかる夏の日差しによる猛暑、試合を見守る観客の方でも水分補給を行う者は数多く居る。
フィールドで動き回る選手達にも当然それは必要であり、田村が負傷で交代するタイミングで八重葉は給水をとっていて立見の方もまた可能な限り水分補給をしていた。
昨日の曇りとは違う夏の快晴は時間が経過する事に気温は上がっていく。
「普段は硬い間宮、田村のゾーンだけど代わって入った1年が早々にその代わりが出来るとは思えない。まだこの試合の感覚に慣れない内に左からガンガン行くぞ」
この間に水分補給をしつつ作戦を立てる八重葉、村山は立見の右が今は長所から弱点になっている、狙い目だと視線を田村と代わって入った翔馬を見つつドリンクを飲んでいた。
翔馬の守るゾーンが今立見の弱点となって崩すなら交代したばかりで試合やボールに慣れてない今が八重葉にとってチャンスだ。
ボールは八重葉側が持ち立見側のフィールドへ攻め込んで来る。
そして作戦通り左からのサイドアタックを仕掛けに行き、快足サイドバック月城がまたも積極的に上がって行った。
その前に代わって入ったばかりの翔馬が月城へと向かう。
同じ1年、だが翔馬と月城では潜って来た場数が違い翔馬を前に月城は近くに居た品川へパスを出して直後にダッシュ、その品川はパスをダイレクトで軽く月城の走る方向へと蹴り返す。
これが綺麗なワンツーとなって翔馬を躱した。
「(やっぱり穴はこいつだ!)」
簡単に振り切れた、これに月城は立見の穴が彼であると確信。そしてこのままチャンスとドリブルで切れ込みにかかる。
だが直後に月城へ立ち塞がる者が居た。
「!?」
そこには立見の左サイド寄りに居たはずの影山、彼が立見の右サイドに居て月城へと詰め寄っていた。
予期せぬ相手の出現に驚く月城。ボールをキープするも影山の寄せに押され、影山が足を出した先がボールに当たり月城のキープから零させる。
これに品川が素早くボールを拾いに向かうが、その前に川田が蹴り出してセーフティにクリア。八重葉の攻め、その流れを此処で一度断ち切るのに成功した。
「良いよ良いよー、良い守りー♪(伝えといてよかった)」
手を叩いて弥一は味方の守りを褒めつつ内心で先程の事を振り返り、伝えて正解だったと改めて確信する。
八重葉サイドが翔馬の居るゾーンを攻めようと決めていた、それは心でも強く思っていたので弥一に作戦が筒抜けとなり、彼はこれに影山の元へ向かい翔馬をカバーするよう頼みに行く。
影山がいなくなるとその分左に守備の穴が当然出来てしまう、その事を影山が言ってきたが弥一は自分が何とかすると言い切った。
そして影山はその弥一の言葉を信じて翔馬のカバーへと向かってくれた。影山が期待に応えてくれたからには弥一の方も応えない訳にはいかないだろう。
クリアされたボールはタッチラインを割って八重葉ボール、品川がスローインで政宗へと放る。
「(立見、右薄いな。あの1年のカバーに拘り過ぎかな…チャンス!)」
政宗から見て立見の左中央、本来なら影山が守っているがカバーに向かっていた彼は戻りきれていない。そして人が少なく照皇がフリーになっている事に気付く。
これならわざわざ村山に託すような手間無く縦に速いパス一発で通るはず、そう思ってボールへ向かい右足を当てる。
「!待て、政宗!罠…!」
政宗が空いている場所へ蹴ろうとしていた、だが照皇からその存在は見えており政宗へパスを中断させようとする。
今蹴るのは不味いと。
「(もーらいー!)」
だが時既に遅し、弥一が既に飛び出してパスコースへと走っていた。近くに居た自分より体格良くて大きな選手、その陰にこのフィールドで最も小さな自らの身体を隠して身を潜める弥一得意の戦法。
全国広しといえどこのような奇策は一際小さい弥一にしか出来ないブラインド方法だ、それは高校最強の八重葉をも欺く。
弥一のインターセプト、ボールを取ると成海がフリーになっているのを見つける。攻撃に意識がつい先程まで行っていたせいか今誰もマークは無い。
守備に意識が八重葉の中で切り替わる前に弥一は成海へ左足でボールを蹴り出す。
「(やろ…!)」
弥一にインターセプトされ自らカウンターのピンチを作ってしまった政宗、地を蹴って全速力で成海へと向かい自分のミスを取り返さんと奪い返しにかかる。
「っ!」
成海と政宗による中盤の争い、身体をぶつけて止めにかかる政宗に成海は腕を使い出来るだけ政宗を近づけさせないようにする。
「こんの!」
すると政宗は身を低くし、地面を滑るように足を出していった。
成海のボールへ向けてのスライディングタックルだ。
これに成海はトン、とボールを上へと上げて自らも飛んで躱そうとしたが、政宗の足にかかり転倒。
ピィーーー
審判は笛を吹き鳴らすとプレーを止め、八重葉のファールと判定した。
「今のはボールに行ってる!向こうが勝手に引っ掛けた…!」
「止めとけ!此処で下手にイエロー貰うのは不味いから落ち着け政宗!!」
政宗は今のファール判定に納得行かず審判へ抗議するも、兄の佐助に止められる。主力選手が初戦で、それも前半でイエローカードを貰うのは八重葉としても痛手だろう。
なので政宗をこれ以上放置はせず佐助が止めに入っていたのだ。
「おー、良い位置でフリーキック!」
「ていう事は…あ、やっぱり!弥一が歩いて行ってるぞー!」
観客席からフィールドの弥一がボールへと歩いて行く姿が見え、期待が大きくなる。
皆が知っている。昨日の弥一のフリーキック、鋭く曲がって決まった超バナナシュートを。あれが再び見れるかもしれないという期待からスタンドの歓声は上がっていった。
『カウンターのチャンスを潰した八重葉!しかしこれは八重葉にとっては悪い位置でのフリーキック、逆に立見は昨日決めた距離とほぼ同じ位置からのセットプレーとなります!』
『上がって来ましたね神明寺君、またあのワールドクラスのキックが見れるのか。高校No1キーパーの壁を破れるか楽しみですね』
ゴール正面から右寄り、距離は25m付近と充分直接狙える位置だ。
ボールをセットする成海、その前には豪山。そして弥一が居る。壁から見て豪山が右、成海が左、弥一が正面だ。
「(あいつら結構トリック仕掛けて蹴ってたよな、此処数試合は神明寺が蹴ってる)」
「(なら今回も成海、豪山の二人が何か動き見せてから神明寺が蹴るかもしれないか。タイミング合わせるぞ)」
壁の八重葉選手達が密かに打ち合わせ、これまでの立見の試合はミーティングでチェックしておりフリーキック時には弥一に注意だと監督からも言われている。
またトリックプレーから弥一かと壁の選手達はそう考え、身構える。
その弥一は壁に眼中は無い、見ている先はゴール。そしてその前に立つ八重葉のGK。
驚異の無失点記録を築き上げ続ける天才GK工藤龍尾、彼の壁を最後に破ったのは小学校時代の勝也だ。
柳FC時代に全国決勝を戦ったキーパーと勝也の作り上げた高校で再び激突、不思議な運命に導かれたように弥一はこの場に立っていて龍尾を見据える。
「(漫画じゃ天才キーパーっていうのは何かとビッグセーブ連発したりするけど、此処は見せ場無しでいきなり初失点喰らってもらおうかな)」
龍尾を乗らせる気は無い。弥一は一撃で沈め、あわよくば八重葉の息の根を此処で止めるつもりでいる。
天才GKに良い所は一切見させず1-0でこの試合逃げ切ってやろうという企み。
審判の笛が鳴ると弥一はそのままボールへ向かい、ゴールへと左足で蹴った。
トリックプレーを今回全く入れずに弥一がすぐに蹴り込むパターン、これに壁の八重葉はタイミングを狂わされ弥一のキックを防げない。
今回は壁の横ではなく上を超えるコース。ボールはその上を超えてゴールへと直接向かう。
そしてこのコースのまま行くかと思えば鋭く右へと急激に曲がりゴール右を捉えていた、昨日の壁の横を超える物から今日は壁の上を超えて曲がり落ちる弥一の超バナナシュート。
まさに様々な曲がり、変化を見せて解説者もマジシャンかと驚かれるのも頷けた。
ただこの変化に驚かず冷静に対応する者が居た。
急激に曲がるボール、そこに彼の手が伸びていくと、次の瞬間ボールは彼の両手に包まれて勢いは止まる。
驚異となる弥一のフリーキック、それを龍尾は完璧にセーブしてみせたのだ。まるで生き物のような曲がるボールを飼い慣らすように。
「!?」
キャッチされた事に驚きつつも弥一は自軍のゴールへと向かって走り出す。
巧いキーパーならこの後すぐにボールを出してカウンターへと持って行く、天才と言われる龍尾もそうするはずだと読んでいた。
「…ま、いい。じっくり行くかな」
その弥一が考えていた通り龍尾はすぐにボールを出そうとしていたが弥一の戻る姿、それを見て投げる手を止める。
『止めた工藤龍尾ー!神明寺の鋭く曲がるキックを完璧にキャッチして止めてみせた!流石高校No1の天才GKだ!!』
『去年は鳥羽君のフリーキックもキャッチしてましたからね、あんな難しいシュートをただ止めるだけでなくキャッチングで完全シャットアウト出来るのは高校で彼ぐらいですかね』
本気で蹴って狙った弥一のフリーキック、そこに立ち塞がる八重葉のGK龍尾。
照皇を止めきるだけでなく龍尾からもなんとか点をとらなければならない。
八重葉二人の天才による最高難度の問題が立見、弥一にのしかかって来る…。
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