第102話 アクシデント


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「大門!」


 突然のロングシュートに弥一は振り返り大門へと向かって叫ぶ。


 キックオフ直後に蹴られたシュートは立見ゴールにグングンと伸びて行き、ボールがバーを超えるかと思えば急激に落ちて来る。


 照皇の得意とするドライブ回転をかけたシュートだ。



 これに大門は正面を向いたまま後ろへと下がり、落ちてきたボールに向かってジャンプして両手を伸ばす。



 ボールは大門の両手に収まりキャッチされ、ボールを腕の中に零さないようキープ。


『この奇襲のキックオフシュートを大門しっかりと抑える!しかし照皇誠、いきなりこういうプレーを仕掛けるとは思いませんでした!』


『そうですね、一体どういう意図でこういうプレーをしたのか…読めませんね』





「多分、狙って来た…GKが前に出ていてそれで開始早々のドライブが入るチャンスがあった、だからそうしたのかと」


「けど普通ならそんなの入りっこないですよね、ただでさえロングシュートって入る確率低いですから。いくら天才照皇でも…」


 立見ベンチでは照皇が何故キックオフシュートを放ったのか京子は考えていた、最初大門は前に出ており照皇はその位置を見ていきなり奇襲に出たのかもしれないと。


 しかしいくら照皇でもそれは無謀であり、それで入る確率は低いのではという摩央の言葉を聞いても京子は表情を変えずシュートを撃った照皇を見ている。



「それでも彼ならゴールの可能性があった、それ程の力と技を兼ね備えているから」








「(前回のシュート0本に抑えたお返しのつもりかな?今のでシュート1本撃った事になっちゃうから)こっちー」


 以前の練習試合で照皇は後半出場した弥一の前にシュートを撃てなかった、その時の借りを返すつもりで来たのかもしれない。


 間近であの時彼の心を見た弥一、冷静な心の中に熱く滾る物が確かに彼にあって今のロングはその心が強く出たのかと。


 そう考えつつ弥一はボールを要求し大門からのスローイングでボールをトラップ。



 その瞬間に迫り来る大きな影。



「っと」


 最初のシュートを撃った照皇が弥一へと早くも迫っていた。


 これに弥一はその前に右へパスし、影山にボールを預ける。



 そしてパスを回して行くが成海には仙道兄弟の弟、政宗がマークしており豪山には大城が付いている。



 やはり立見の攻撃の要を自由にはさせない八重葉の守備。


「相手さんの寄せ速いよー!長くは持たないで素早く回そうー!」


 弥一はコーチングで味方へと声をかけていき、八重葉の速いプレスに対してパスは早めに出すよう伝える。



「(成海先輩も豪山先輩もマークが厳しいなら…)」


 影山はボールを受け取ると大きく右へ蹴り出す、そこに岡本が待っているが八重葉の品川と競り合いになってボールは溢れる。


 その溢れたボールを拾いに田村が走るがそれより早くボールを取る人物が居た。



 100mを10秒台で走る快足の左サイドバック月城、彼が田村よりも先に追いつきボールを取っていた。


 ボールを取るとすぐに政宗へとパスを出して走る。



「思ったより遅いんだね田村先輩?」


「!?」


 近くに田村が居る時に月城はわざと聞こえる声量で田村を挑発、これを聞いて足の速さで年下の1年にコケにされて大人しくしてられる程田村は大人ではなかった。


「(ちょっと足が速いからって、王者のレギュラーだからって調子乗んなよ1年小僧が!)」


 心中穏やかではない田村は月城を追いかけ、そのまま彼のマークを担当する。



 政宗から八重葉の司令塔村山へとボールは渡り、村山は一瞬左へ視線を向ける。そこでスペースが空いていると分かれば村山に迷いは無い。


 そこに走り込むと彼のスピードを理解し、右足で強めに左斜め前へと蹴り出した。


 これはタッチラインを割りそうなボール。だがそれに追いつかんと風を切って走る八重葉の選手、月城がこのボールに追いつこうとしていた。


「(は、速ぇ!?)」


 必死に月城を追いかけていた田村、しかし彼が追いつく前に月城の方が先にボールへと追いつきトラップ。



 それにクロスを上げさせまいと田村が迫ると月城はその前に左足でゴール前へと高いボールを上げていた。


「取れる大門ー!」


「任せろー!」


 坂上へのクロス、この高いボールに弥一の声と共に大門が飛び出しており坂上に来る前に高くジャンプし、両手を伸ばしクロスボールを見事キャッチしてみせる。



「たっか、思ったよりジャンプ力あるGKだなぁ」


 大門の跳躍力に若干驚きつつも月城は走って守備へと戻っていく。



「(よし!)」


「大門!遠く遠く!」


「!?」


 ボールをキャッチした事で大門はすぐスローイングに入ろうとしていたがそこに声をかけた弥一、大門がそちらを見ると弥一は今投げるの駄目だとジェスチャーで伝え、口で遠くに飛ばせと短く伝える。


 弥一は察知している。近くに居る坂上、照皇の八重葉2トップは隙あらばキーパーからの甘いボールのカットを狙っている事を。


 それでボールを取られれば流石に弥一といえど守りきれない可能性がある。



 大門はパントキックで出来る限り遠くへ飛ばすよう意識して蹴る。



「おお、でっけぇ…!」


 八重葉ゴールから大門のパントキックを見ていた龍尾、センターサークルを超えてこっちのフィールドにまで伸びて来る大門のキックに少しではあるが感心した様子。


「ぐお!」


 ボールは豪山へ向かうがこれに大城がジャンプ、豪山も競り合うが屈強な大城とぶつかり弾き飛ばされる。


 力強い彼が力負けする事は早々無い、だがその豪山をパワーで跳ね飛ばす大城。あの練習試合で分かっていたが改めてぶつかり、力比べでは勝てないと豪山は早くも体で教えられてしまう。


 この溢れたボールを仙道兄弟の兄、CDFの佐助が拾ってそのまま弟の政宗へパス。



「(此処で止めないと流れが向こうだ!)」


 成海は政宗へと素早く詰めて行き、パスコースを無くさせようとしている。


「戻せ!」


 政宗は兄の声を聞いてヒールでボールを蹴り、後ろの佐助へと戻す。



 すると佐助は左へと右足で大きく蹴り出し、その先に走って前へと上がっていた月城が居た。


 またも月城の足、スピードを使おうと企む八重葉。



 だが好き勝手させないとパスコースに飛び込む存在があった。




「(調子乗らせるかよ!)」


 月城にやられてばかりではない田村、このパスを読んでインターセプトに成功する。



「ち…!」


 これに月城は小さく舌打ち、すぐに田村からボールを奪わんと足を出して行く。



 ガッ



「っ!?」


 ボールを奪われんとし、そのまま右足で近くの川田へとパスを出す。


 その時、月城のスパイクが田村の右足首付近に当たってしまい、田村に痛みが襲いかかり彼の表情が歪む。




 そのまま田村はプレー続行するが走る度に痛みが走る。


 彼の異変はベンチの方でも見て分かった。



「田村先輩、怪我してる!?痛そうな顔してませんかあれ…!?」


「…水島君。準備して、出番」


「!?は、はい!」



 田村が今ので負傷したと摩央は彼の様子を見て京子へ伝えると、京子は控えDFの1年へ声をかける。



 立見の1年でSDFの水島翔馬(みずしま しょうま)、予選にはベンチ入りも出来てなかったが最近実力を急激に上げて来て1年ながらインターハイのメンバーに抜擢された。


 水色の短髪、身長160cm、体重51kg。決して大きくはない彼の身体、むしろ小さい方だ。





 フィールドでは田村の様子がおかしいと成海が気付き、ボールをタッチラインに出すよう指示。


 川田がタッチラインへとボールを蹴り出すとプレーは止まり、田村は右足首を抑えてしゃがみこむ。



『おっと、これは立見にアクシデント!どうやら右SDFの田村が右足を負傷したようです』


『どうやら交代になりそうですね』



 やってきた担架によって田村は乗せられ、フィールドを去って行く。立見にとっては攻撃と守備、両方で活躍する選手の離脱。


 かなり不利となりかねない負傷交代だ。



 これに代わって背番号21、水島翔馬。彼が田村に代わって入る事となった。


 本来なら左サイドバックのプレーヤーだが今他にSDFが出来るのは控えで彼しかいない。



 すぐに医務室へと運ばれて行く田村の姿、それを見た後に翔馬はフィールドへと入る。



「落ち着いていけ、無理に田村の代わりをしようとするな。お前はお前だ」


「はい…!」


 成海は緊張しているであろう翔馬の肩を叩き落ち着かせていく。



 高校サッカー界の絶対王者相手に序盤で主力選手が負傷と立見にとって苦しい展開となってしまう…。

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