第78話 更なる戦いへの備え
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『試合終了ー!2-0で立見が昨年の東京代表である真島を下し創部僅か3年目にして全国大会出場だー!』
『これは凄い物を見ましたね!9試合連続無失点に歳児君の9試合連続ゴール、更に神明寺君のスーパープレーの連発と彼らの更なる活躍を期待させられますよ』
立見の勝利に大歓声が会場を包み込んでいた。
この試合で東京代表の座を勝ち取った立見イレブンはフィールドでそれぞれが喜びを爆発させていく、弥一が大門に飛びつき抱き止めてもらい無邪気に喜ぶ姿は子供のようで鳥羽を完全に押さえ込み、更にスーパーゴールを決めた今日のMVPとは何も知らない者から見ればとてもそうは思われないかもしれない。
「智春!俺ら…マジでやったんだな!」
「ああ蹴一!全国だ!行けるんだよ!」
創部初期のメンバーである成海、豪山の二人は互いに涙を流していた。
1年2年と東京の強豪を前に跳ね返され続けてきてそれでも諦めず走り、今年が高校最後の年。
優秀な後輩達のおかげでこの予選を勝ち上がり真島を倒し今日ついに全国への扉をこじ開ける事が出来たのだ。
「勝也……」
ベンチで全員が喜ぶ中で京子はベンチの席に置かれた背番号6の立見ユニフォーム、席の下にあるスパイク。そちらへと目を向けた。
6番のユニフォーム、スパイク。どちらも現役の時に彼が身に付けていた物だ。
この立見サッカー部を一から作り上げた男、弥一を導き教え、成海や豪山達と共に戦い、そして京子が愛した人物。
神山勝也。
彼の作った立見を全国に連れて行ける、京子はその席の傍に向かい大事そうにユニフォームを抱いて小さく微笑んだ。
敗れた真島はそれぞれが項垂れ、フィールドへと倒れこむ。今年の夏は全国に行けない、そのショックは大きかった。
特に後一つ勝てばという所で切符を逃したのは更に計り知れない物となるだろう。
「…まだ、終わっちゃいねぇだろ」
「……鳥羽」
芝の上に座り込む峰山の頭に右手を置いた鳥羽は声をかけた。
鳥羽と峰山も成海、豪山と同じ3年で今年が最後の高校生活、最後のインターハイは逃したがまだ終わりじゃない。
「選手権、そこで立見も、八重葉も全部倒して盛大に華咲かせてやろうや」
次を見据えていた鳥羽に峰山は立ち上がり小さく返事した後に彼も倒れこむチームメイトへ声をかけ始めた。
「(チビ君、神明寺弥一……この借りはでけぇぞ)」
視線の先には立見のチームメイト達と喜ぶ弥一の姿、彼を見た鳥羽は選手権で大きな借りを返そうと誓った。
立見へのリベンジも、そして成し遂げられていない全国制覇も。最後のチャンスに鳥羽は賭けて真島と共に此処から新たに走り出す。
「真島が勝つかと思ったら2-0で立見…あいつら春に俺らと練習試合した時から更に強くなったか?」
「まあ、だろうなぁ。でなきゃ此処までの快進撃に説明がつかねぇだろ」
観客席で八重葉の面々が観戦しており、立見が全国出場を決めたのは意外だという者が結構多かった。
その中で照皇はただ一人何も驚きはせず冷静だった。
「(神明寺弥一…)」
心の中で静かに彼の名を呟く照皇、今日改めて彼のプレーを見て確信する。
弥一はやはり大きな壁であり八重葉優勝の為に倒さなければならない相手だと。
そう確信した後に八重葉は席を立ち照皇もそれに続き、立見の東京代表決定を見てから高校サッカー界の王者は会場を去ったのだった。
フィールドで喜んだ立見はベンチへと引き上げ、それぞれタオルやドリンクを手に疲れた身体を癒しロッカールームにて腰掛けた。
「皆お疲れ、皆のおかげで立見は全国出場を決める事が出来た!キャプテンとして本当に…」
「あー、すみませんキャプテンー」
成海がロッカールームで言葉を口にしている時に弥一がその発言を止めるかのように声をかける。
「最後まだ残ってますから、締めの言葉は早いでしょ?」
最後、それは更に上の東京予選決勝戦だ。
東京代表はこの準決勝で2校が確定した、次の決勝は夏の東京王者。東京の最強を決める試合だ。
「ああ、そうだな。まだ先はある…この続きはそこまでとっとくか」
弥一に言われて成海は締めの言葉を口にせず次へと目を向ける。
「決勝は明日の午後2時にキックオフ、かなりハードスケジュールになるから各自それまで疲労や体力回復に専念するように。食べるものも出来るならカレーライス、パスタ等の炭水化物の豊富な物に加えビタミンB1(豚肉、うなぎの蒲焼、豆腐など)も併せて採れるメニューで」
決勝は準決勝からたったの1日後とかなりハード、今まで通りでは疲労がかなり残って試合をする事になるので京子は皆へと細かく食事の指示を伝える。
「まあ、インターハイはもっとハードだからな。なんせほぼ毎日試合っていう高校サッカーで一番ハードな大会だしよ」
豪山の言うように全国のインターハイはこの準決勝、決勝よりも更に過酷。かなりの過密スケジュールとなっておりほぼ毎日1試合をこなさなければならないのだ。
「そんな中で毎試合80分大変だなぁ」
「ちげぇよ。夏のインターハイは35分ハーフの70分だ」
「え、そうなんですかー?」
また80分やるんだなと思ってる弥一に対して間宮が指摘、夏は今までより10分試合が短い事を弥一は知らなかった。
夏は猛暑となる季節、特に近年は記録的な猛暑と言われており普通に生活していても暑さに苦しむ人々は多い。
炎天下の中で動き回るサッカーとなると普段以上に体力の消耗が激しくなり、選手達や観客の事も考え試合時間は普段の高校サッカーよりも短く設定されている。
更に近年では各校に巨大扇風機や送風機をベンチに設置してもらったりと更に参加校の体調を考慮されていた。
夏の最大の敵は暑さと言っても過言ではない。
「皆さん、決勝の相手決まりました~!」
皆が会話をしている所にロッカールームに駆け込んで来る立見ジャージ女子の姿があった、彩夏だ。
「4-0で桜王学園です~」
「了解、お疲れ様」
彩夏から決勝の相手を告げられ、京子は彩夏へ労いの言葉をかけた。
流石と言うべきか準決勝も安定した戦いで相手を寄せ付けず優勝候補筆頭と言われてる通りの強さを発揮した桜王。
総合力で言えば真島を超えており今年は怪我人も戻り磐石、今の東京No1高校と言っていい。
「…」
優也は桜王が勝ち上がったと聞いてある人物の顔を思い浮かべる。
かつて同じ陸上で共に競い合っていた友人、彼と決勝の舞台で会って戦う。その可能性が極めて高くなった。
「食事は試合時間に合わせ、10時半に軽食をとる事。重すぎる物を食べないように」
明日の食事時間についても京子は細かく伝える。可能な限り明日、万全に近い状態へと整えさせようと務めるのがマネージャーの役目。
「じゃあカステラも持って行きますね~、あの八重葉の皆さんもよく食べてると言いますし~」
彩夏はスマホを手に何処かへと電話する。
多分幅広いコネを使いカステラを届けてもらうのだろう、彼女も色々調べ知ってカステラがアスリート向けで八重葉も食べる事を知った。
強豪校のやっている真似出来そうな所は真似してみようと。
「じゃ、今日は早めに解散!明日に備えてよく休んでねー」
幸の声でその日は各自解散となり、それぞれが帰宅して明日の決勝に向けて休養に務める。
この1日後に試合という日程を乗り越える為に、そして桜王学園を倒して東京王者となる為に。
「(パスタかぁ、そういえば最近食べてなかったかな)」
帰りの駅へ向かう中、多くの人々が行き交う大通りで弥一は少し前まで当たり前のように食べていた物を最近は口にしていない事を思い出す。
イタリアでピザと共に食べ飽きていたが久々に今日の夕食はそれにしようかと決めると弥一はスマホを取り出し電話する。
「あ、お母さん。今日一緒に外食出来ないー?美味しいパスタと豚肉が食べたいからー」
この日は母、涼香と共に美味いパスタと豚肉を使った料理の出る店で弥一は夕食をとったのだった。
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