第76話 咲いたゴールの華
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
時刻が午後へと迫る太陽の下で立見と真島の後半戦が開始、スコアは0-0。両チームの応援も熱が入る。
東京代表がこの試合で決まる大事な準決勝だ、フィールドに立つプレーヤーは勿論それをサポートし支えるベンチ、そして応援してくれる家族や学校の応援団による声援。
全てが大事な要素であり大きな力となる。
立見が攻め、真島が守る。立見は成海がボールを持つのに対して峰山と黒川の中盤二人がかりの守備で成海に思うようにプレーをさせない。
「2番9番注意な!」
後ろからフィールド全体を見渡せる真島GK田山、要注意のFW豪山と右サイドバック田村の動きをそれぞれ警戒し見ており声を出す。
成海から出されるパスは大体その二人の確率が高い、そして今は峰山と黒川が二人で詰めており単独突破もシュートも困難な状況だ。
此処からやれるならパスだろうと田山は見ていた。
その時、川田がフォローに向かう姿が田山から見えて確認出来た。
「!16番上がって来てる…」
田山から川田が上がって来たとコーチングで伝えようとしていたがそれより速く成海の方がその存在へ気付き、黒川の股の間を通すパスを右足ですかさず蹴り、これが川田へと渡る。
これを見た真島DF田之上は3バックのラインを上げ、豪山に川田から来ると読みオフサイドトラップを仕掛けようとしていた。
だが川田の判断は違った。
ミドルレンジから彼は思い切り右足を振り抜く、パワーある川田のシュートは低い弾道、直線的な軌道でゴール右下を捉えた。
「っ!」
このシュートに田山が反応しており両手を伸ばしシュートへ飛びつき、川田のシュートを弾き右のゴールラインへとコースを逸らした。
立見のコーナーキックのチャンスだ。
『後半最初のシュートは立見の1年川田!真島GK田山がこれを弾き出した!ファインセーブだ!』
『まだ1年ですが良い体格ですね、そのパワーを活かした良いミドルだったと思います。これを防いだ田山君も流石ですよ』
「川田、良いシュート持ってるじゃないか」
コーナーキックへ向かう際、武蔵が川田へと声をかけて良いシュートと褒めた。
「中盤でシュート撃てた方がやっぱ良いと思ってさ、密かにインステップは練習してたんだよ」
そう言うと長身の川田は真島のエリア内へと入っていき高いボールが放り込まれた時のヘディングに備える。
シュートの基本はインステップキック、これは主に強いボールを蹴る時に多用されておりシュートだけでなくロングボールを蹴る時にも使われたりしていてゴールキックの時もこのキックが使われている。
なのでインステップキックは全ポジションにとって重要な技術だ。
川田もこのキックは使っているが彼の場合はロングボールの時に蹴る事が多かった、だが最近はそれでいいのかと考えるようになる。
同じポジションの影山が時々攻め上がりミドルを撃っているのに対して川田はそこまで前に出ず守備寄りだ。
立見の攻撃パターンは主に成海や豪山によるものが多く、影山や田村もそこに絡んでいるが上に行けば行く程彼らで得点する事が難しくなってくる。
この先真島のような強豪と当たる機会は何度もある、その時自らも攻撃出来ればと川田は考え彼なりに動き出しインステップキックの練習を取り入れていたのだ。
立見の1年は主に弥一や優也の活躍が目立ち、武蔵も成長してきてアシストを記録するようになったり大門もスタメンのGKとして定着するようになり、先程は鳥羽のフリーキックを止めて自分のミスを助けてくれた。
同級生の活躍に刺激を受け、川田は彼らに何時までも負けてられないと心を燃やす。
「(此処は…これで行こうか、今何かやってくれそうな気がするし)」
右コーナーに立ち、真島エリア内を見据えた武蔵は何処にボールを放り込もうか考えていたがその考えはエリア内の味方の顔を見てすぐに纏まった。
『立見のコーナーキック、蹴るのは後半から出場の上村武蔵、こちらも1年です』
『今年の立見の1年は優秀な子が多いですね』
武蔵のコーナーキック、左足で高く上げたボールはエリア内右手前の川田へと向かう。
川田がジャンプすると同時に真島DF早坂も飛ぶ、川田と同じぐらいの身長の長身DFとの競り合いとなる。
頭と頭の激しい激突、ボールはゴールライン右へと外れ審判の判定はゴールキック。
川田の頭が当たって外へ出たと判定が下ったらしい。
「おい、大丈夫か川田!?」
「つつ…平気です、身体や頭は頑丈ですから」
ヘディングの後に川田が倒れているが起き上がり、成海に声をかけられた川田は平気だと伝え再び自分の足でフィールドに立ってみせる。
それに対して真島のDF早坂がまだ起き上がれていない。今の接触で何処か痛めたのかもしれない。
「(早坂は結構前半から動いてきたが…怪我が心配だ、準決勝だが此処は無理させられないな)交代だ、真田!」
「!はい!」
真島の監督は早坂の負傷にこれ以上無理をさせる訳にはいかないと交代の判断をすぐに下して控えのDF、真田に交代を告げる。
準決勝で主力のDFを変えるのはプラン外だが今は選手の身を守る事が第一だ、此処は立見の1年達のようにこちらも1年に頑張ってもらう。
『おっと、どうやら早坂は負傷でこのまま交代のようです。変わって真島は控えの1年DF真田が入りますね』
真島の控えDF1年の真田慶太(さなだ けいた)、176cmの茶髪短髪でCDFだがやや細身だ。
「(大事な準決勝だ、急な出番で緊張してるだろうし此処は慶太にボールを触らせて落ち着かせるか)田山、ちょっと」
真田の様子を見た峰山はキーパーの田山へと声をかけて最初真田に軽く渡してボールに慣れさせるよう伝えた。
真島のゴールキック、田山は打ち合わせ通り軽く近くの真田へとパスしてボールに触れさせると真田はそのパスを受け取った。
そのパスから真田はすかさず中盤の選手へとボールを蹴り、パスを回す。
「(よし、落ち着いてるな。いいぞ)」
峰山は真田の様子を見て小さく頷き安心すると前へと出る。
「(俺にシュートは無い…ハッタリにしちゃ笑えねぇよチビ君が!)」
真島の攻撃となって鳥羽は再び動き出す、立見DF後藤がマークしていたがその後藤を鳥羽は振り切ってフリーになる。
「!(鳥羽がフリーだ!)」
マークがいない鳥羽にボールを持つ峰山が気付く、先程後藤が鳥羽についていた事は峰山も確認していて今はそれが無い。
チャンスと見て鳥羽が走り込むであろうコースへと峰山は右足で正確にパスを狙った。
鳥羽との付き合いはそれなりに長い、彼のプレーや要求は大体アイコンタクトで分かる。ならば此処に走り込んで来るだろうと。
そして思った通り鳥羽はそのコースに走っている。これが通ればチャンスだ。
だがその鳥羽を遮る影が突然現れる。
「!?」
鳥羽も、そしてパスを出した峰山もこの存在に驚いていた。
二人以上にパスのやり取りを前もって分かっていたかのように弥一が峰山のパスコースに飛び込んでいてインターセプトしていたのだ。
『インターセプトー!峰山から鳥羽という必勝ホットラインを1年DF神明寺弥一が断ち切った!』
『これチャンスですよ!?』
「(全部、分かってたよ!)」
心の中で一連のやり取りを盗み見た弥一ならではのインターセプトが炸裂し、武蔵へとパスを出す。
「行け行け!カウンター行けるよー!」
そして後ろから弥一はコーチングで味方を鼓舞していく。
武蔵が左サイドをドリブルで駆け上がり、そこに真島DF矢野が向かう。武蔵はそれを見て中央へと左足でパスを出し、成海がそれを受け取ると変わって入った真田の居るエリアの突破を狙いに行く。
それに真田も止めに向かう、と成海はすかさず右へとパス。
受け取ったのは上がって来た川田だ。
「(こいつ、さっきシュート撃って来た!また来る前に!)」
真田は全速力で猛然と川田へ迫って行った。足が素早くCDFというポジションの中ではかなり速い方に入る、実際彼のスピードは部内でも1、2を争う。
川田はこれをかわそうとすると、真田の足に自らの足がかかり川田が転倒。
審判はこの場面を見てすかさず笛を鳴らし、真田が川田の足をかけて妨害したと判断して真島のファールを取った。
「ナーイス川田!よく此処まで運んでくれたね♪」
「いやー…出来れば躱してシュートまで行きたかったけど」
「良いって、良い位置からのフリーキックだしさ」
弥一が駆け寄り、川田を褒めると本人としては最後まで行ってシュートしたかったらしい。成海は上出来だと川田の肩に手を置いて彼を労った。
真島ゴール正面からやや右位置、距離としては25m程だ。
「す、すみません!」
「大丈夫だ。此処守れれば良い」
ファールをした真田は頭を下げて謝り、峰山は気にするなと伝えてから壁の役になる為ボールの前に立つ。
田山の指示で真島の壁はしっかり作られていき、立見のフリーキックをなんとしても止めようとしている。
『さあ、立見のフリーキック。鳥羽が蹴った位置より近く、立見のキッカーはキャプテンの成海、シュート力チーム1の豪山、最近ではコーナーキックを蹴る上村もいますが彼は…ボールの前に立ちませんね』
ボールの前には成海、豪山と立見のキャプテン、副キャプテンの二人が立っていた。
そこにもう一人の人物がゆっくりと近づいて来る。
『おっと?これはDFの神明寺までボールに近づいていく、まさか彼のキックもあるのか?』
「(神明寺?あいつが蹴る?いや、注意をそっちへと向けて成海か豪山に蹴らせるただの囮かもしれない)」
田山は弥一が蹴ってくるのかと一瞬考えたが本命は成海、または豪山であって彼は囮なのだろうと考えた。
守備がいくら凄くてもフリーキックでも凄いとは限らないはずだ。
「(多分神明寺は囮だ、俺達を惑わせようとしてる。あいつは無視して成海と豪山に集中するんだ)」
「(おう、了解)」
壁役の真島選手達は小声でやり取り、壁のタイミング、狙いは二人のみに限定する事を決める。
立見は右に成海、左に弥一、そして助走の距離をとった豪山がそれぞれボールの近くに居て誰が蹴るのか分からなくしようと位置についていた。
真島の方は狙いを成海、豪山と決めて弥一の可能性は捨てている。
仮に来たとしてもそこまでのキックは蹴れない。止められると思っていた。
審判の笛が吹かれ、豪山が走る。これに壁は身構えた。成海は動かない、豪山かと壁もキーパーも判断した。
次の瞬間、弥一が軽やかなステップから右足でこするようにボールを蹴り上げた。
意表を突かれたがボールは壁の右横を抜けたもののゴールからは外れている、そこから曲がるとしてもゴールは捉えられない。
外れる。
田山はそう思っていた。
だが外れると見えたボールは急激に曲がる、ボールは外れると思われたコースからゴールを何時の間にか捉えている。
生きているかのように、外れると油断させて一気に噛み付いて来るように。
キーパーの田山がそれに気付いた頃にはもうボールはゴールマウスへと吸い込まれるように入っていた。
『き、決まった!?1年の神明寺弥一、完全に外れると思われたキックがまさかのゴールだ!?鳥羽の必殺フリーキックのお株を奪うワールドクラスのフリーキックが炸裂ーー!!』
『彼はマジシャンですか!?』
準決勝の先制点が入り試合がついに動く。弥一がもたらした先制ゴール、彼の芸術的フリーキックに会場が揺れる事は避けられなかった。
「やったやったーー♪」
弥一は飛び上がって喜び、チームメイトもこのゴールに全員喜んでいた。
「凄い凄い凄い!神明寺君凄いよー!」
「く、くるし…ラッキー先生~…」
弥一のスーパーゴールによる先制点、ベンチの幸は摩央の胸ぐらを掴んで揺らしてエキサイトしている。
「(よし…!)」
ベンチに座っていた優也も小さく拳を握ると席を立ち、出番に備えてアップを開始した。
「嘘だろ……何なんだよ今の曲がり…」
信じられない急激な曲がりをしたボールに完全に外れると思ってしまった田山、反応しきれずボールを見送ってしまいゴール前で彼は呆然としていた。
鳥羽のキックも受けて来て変化するボールへの対応に自信はあったはずだ。それなのに何故、油断したのかそれとも弥一のキックがその鳥羽を上回っていたのか。
どちらにしろゴールを割られたのは事実だ。
そして呆然としていたのは鳥羽も同じだった。
その鳥羽に一通り喜び終わり、ポジションへ戻る弥一は鳥羽とすれ違う。
鳥羽と弥一、目が合うと弥一はニヤリと笑みを浮かべて見せた。
まるで鳥羽の宣言したゴールという華、それを自分が先に咲かせてやったと言わんばかりに。
「神明寺…弥一…!」
ストライカー対決という声が高く、どちらのFWがゴールを決めるか注目される中でそれを嘲笑うかのように先にゴールを、先制点をかっさらっていった弥一に鳥羽はギリッ、と弥一を睨んだ。
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