第71話 準決勝開始前


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「いっきま~す~」


 立見サッカー部でのんびりした声が発せられるのは一人しかいない、1年マネージャーの彩夏はサッカーマシンの傍に立っており右手を上げ、合図を送る。


 コーナー付近にマシンを置いて、その先に居るのは攻撃陣と守備陣それぞれを担当する部員達。



 そしてマシンからボールが発射されるとかなりのスピードクロスで飛び、低いクロスとなる。



「うお!」


 これに間宮は頭から飛び込みダイビングヘッドでボールをエリアから出すが、飛んだ先はゴールラインの方であり試合ならコーナーキックだ。


「あー、くっそ…前に飛ばしたかったけどなぁ」


「あのスピードで来られたら正確にクリアは難しいね…それこそプロトップレベルとかじゃないと」


 間宮は狙いとしてはクロスを前の方に飛ばしてエリアから離れた位置までなるべく飛ばし、タッチラインを割って相手のスローインに逃れるというイメージだったが思うように行かず悔しげな表情となる。


 影山は今のクロスボールを自己分析し、守りとしてはあのスピードで放り込まれると厄介でありクリアしづらいと感じた。



 東京予選もいよいよ終盤、此処まで来ると東京トップレベルの選手。そして全国クラスの選手とぶつかる事は確実だろう。


 特に立見が次に戦う真島高校の鳥羽は東京No1ストライカーでユースの日本代表経験も持つ。


 北村戦で見せた華麗なテクニックに強烈なシュート、更に芸術的なワールドクラスのフリーキックまであり彼を抑える事が真島戦の勝敗を大きく左右する。



 向こうも次が準決勝で東京代表がかかる重要な試合だと分かっており、此処に来てエースを温存という事はおそらくしない。全力で代表の座を取りに来る事が予想される。



 試合まで時間は限られている、今日のセットプレーの攻守による練習と色々出来る事はやっておく。無論疲れを引きずらない程度にだ。







「よーし、今日の練習終わりー」


 準決勝2日前、キャプテン成海の一声で決戦に向けた練習が終わり部員達は部室へと集合。


 そこで準決勝のスタメンが発表される事はもう部員全員が分かっている事、京子の口からスタメンが発表される。




「GK、大門」


「DF、間宮、神明寺、田村、後藤」


「MF、成海、鈴木、岡本、影山、川田」


「FW、豪山。スタメンは以上」



 京子からスタメン発表が終わりベンチメンバーも発表される、スタメンに選ばれていない武蔵、優也は此処で呼ばれた。





「相手は真島、東京を代表する強豪校であり今までの相手より1ランク上の相手。本気で来る分練習試合の時の八重葉より手強いかもしれない」


 成海は部員達に真島は強いと改めて伝える、練習試合の八重葉も2軍主体にも関わらず強かったが今回の真島の方がベストメンバーであり公式戦の大一番という要素も考えればより強い相手となる可能性が高い。


 彼らとしても負けられない試合であり、立見としても初の全国出場がかかるので負けられない。


「名前に飲まれず自信持って行こう、情けないプレーして年下、または同級生から怒鳴られるのは嫌だろ?」


「あ~」


 その成海の言葉と共に部員達は一斉に弥一の方へと視線を向けていた。


 八重葉との練習試合、前半で圧倒され弥一がフィールドの立見イレブンに怒鳴った事は全員が鮮明に覚えており忘れる訳が無い。


「あはは、まあ~…あの時は若気の至りって事でー」



 呑気に笑って弥一は誤魔化すように言う、この前見せた勝負師のような顔は何処行ったとばかりに優也は彼の横で見ていた。










「はあ、勝手な事書かれてんなぁ」


「んー?」


 部活が終わり先に制服へと着替え終えた摩央はスマホを見ていると高校サッカーの専門家による記事を見つけ、そのページを見た摩央は不満そうに呟く。


 着替え途中の弥一、夏服の白いシャツを前ボタン止めずに青いシャツの上着として着てから摩央の見てるページを見てみる。



 専門家によると立見対真島の試合は立見の歳児、真島の鳥羽によるストライカー対決で点の取り合いとなるだろう。


 そう予想されており此処まで無失点の守りについては評価するがそういうチームは1失点したら一気に崩れる、特に経験の浅い新設校ならば尚更だ。


 鳥羽の今大会の調子を考えれば立見の守りを打ち崩す可能性は高く、歳児が真島守備陣を得意のスピードで何処まで掻き回せるか。準決勝はそういった試合となる。


 勝敗としては真島が勝つ確率が高い。



 専門家からすれば鳥羽によって立見の守備は崩される。そして真島が勝つ、そんな予想がされていた。



「うん、まあそういう予想もあるだろーね」


「え」


 弥一が拘っているであろう無失点記録、それを鳥羽に崩されると勝手に予想されている専門家に対して弥一は納得したような感じを見せている。この反応は摩央には想定外だった。




「外からは専門家に限らず色々な声があるもんだろ、いちいち気にして相手したらキリが無い」


「ああ…まあ、そうだな」


 着替え終えた優也はそう言いながらカバンを持ち、帰り支度は整う。彼も外の声を気にしていない様子。


 そしてこの中で一番SNSの世界に慣れ親しんでいるであろう摩央も分かっていた。


 表には出ない影で様々な声、そこに痛烈な批判がある事も知っている。



 それでも自分のチームを勝手にこんな評価されると腹が立つものなんだなと摩央は軽く「ふぅ」と息をつき、自分も優也のように落ち着こうと務める。




「それじゃあ今日は買い食いー…は流石に止めとこっか、真っ直ぐ帰ろー」


 着替え終えて弥一は部活終わりに買い食いを皆でしようとしていたが思いとどまり今日は控える事にした。



 お楽しみは後にとっておいた方がモチベーションになるというものだ。



 翌日、完全休養で身体を各自充分に休ませて準決勝に備える。









 6月17日 土曜



 雲ひとつ無い晴天に恵まれ、準決勝の競技場は多くの観客で埋まり両校の応援団の姿も見える。



 キックオフの10時に備えて立見と真島のそれぞれが軽いウォーミングアップに務める。





「鳥羽君、今日も一発決めちゃってー!」


「任せときなってー」


 女子ファンからの声援に鳥羽は振り返って手を振り応える、こういうファンサービスも彼は慣れていた。




「歳児君ファイトー♪」


 一方同じストライカーの優也にも女子のファンがついており彼へと声援が送られる。ただ優也の場合は鳥羽と違って試合の時は集中する為かそちらを見ない。



「よ、スーパールーキー君」


「…鳥羽、さん」


 立見のベンチ付近に立っている優也に鳥羽の方が近づき声をかけてきた。



「女の子の声にはちゃんと応えてあげるもんだ、せっかくモテてるのに離れちまうぜ?」


「そういうの慣れてないんで…」


「あ、そうなの?クールそうなキミのキャラの事だからてっきり「女に興味は無い」的な感じかと思ったけどなぁ」


 優也の声真似のつもりか鳥羽は声を似せて優也が言いそうな台詞を格好つけて言う、優也は別に声援が聞こえていないとか無視しているとかではない。ただ返し方が分からずそんな反応になっているだけに過ぎなかった。



「まあこの試合、世間の皆様はストライカー対決を期待して望んでるみたいだ。この試合お互いフィールドに綺麗なゴールの華を咲き誇らせてみせようか、ゴールは俺が多く取って勝つけどな」


 それは鳥羽からの宣戦布告だった。


 現在東京予選の得点ランキングで首位に立つ優也、それに対し鳥羽はこの試合で立見に勝って優也よりも多く点を取り得点ランキング首位も狙っている。


 ストライカー対決を制して自分が東京、そして高校No1ストライカーである、その証をこのフィールドに刻み込むつもりだ。



「…まだ俺が出るか分かりませんけど今日の試合よろしくお願いします」


 優也はそれだけ言うと立見ベンチへと向かって歩いて行った。



「記事通りのクールスナイパーっぷりだねぇ…」


 呟くように言うと鳥羽もまた真島のベンチへと引き返す。




 決戦の時は刻一刻と迫っていた…。

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