第65話 雨雲の下で


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 2次トーナメントは2回戦へと入り季節は6月となる、雨が降りやすい梅雨の季節だ。


 それを象徴するかのように今日2回戦がある日に空は今にも雨によって泣き出しそうな雨雲が漂っている。


「タオル余分に用意しておいて」


「は~い」


 雨が降り注ぐ事を想定し、マネージャーの京子が動く。タオルを選手分だけでなく余分にマネージャー達の手によって準備されていき、水滴で濡れて身体を冷やさせないようしておく。


 顧問の幸も一緒にタオル等マネージャーの仕事を手伝う。


 悪天候の中での試合も考えられ、雨の日に紅白戦などを行い水に濡れた事によりボールがどう動き影響するか等の練習はしてきたがそれは充分の量ではない。


 雨が何時降るかなど分からない、そればかりは空の気まぐれだ。


 なので降った時は貴重な練習の機会となる。


 サッカーは雨が降っても中止は無い、余程の酷い豪雨でもない限り試合は行われる。予報通りの雨量なら中止は無いだろう。








「早めに勝負をかけるぞ、降ってしまう前に立見から点を取れるだけ取って雨が降ったら守りに徹するんだ」


 立見の2回戦の相手となる東京の名門校、水川学園。監督は悪天候となる前に試合を決めるつもりで前半から積極的に攻める作戦を立てて来ている。


 水川は雨対策としての練習を積んで来てはいるが、出来る事なら降りしきる前に前半で勝負を決めたい。

 あまり慣れない天候の中で攻撃は通常より上手く行く確率は下がってくると思われ、それならまだ得点が期待出来る今攻める価値はあり。


 今日の天気を見て水川の監督はそう判断したのだ。



「おーし、行くぞー!」


 水川のキャプテンの掛け声。士気を上げて水川のイレブンはフィールドへと入って行く。








 名門のサッカー部で過去に全国大会出場も経験している水川、個々の能力が高くテクニックも高レベルだ。


 巧みなフェイントを駆使して右サイド、立見の鈴木を躱して進んで行く。そして低いクロスを早めに蹴り、エリア内へと送った。



「(ラストクロスは此処っと!)」


「!?」


 だが低いクロス、そのコースに弥一が飛び込んでおりクロスを蹴り出してクリア。最初から此処に来るとバレていたかのように完全に相手のクロスボールを読んでいた。


 最初から心でバレていたが。



 再び水川がボールを持ち、右サイドを行くと今度はファーへ高いクロスを上げた。



「(これは取れる!)」


 この高いクロスに対して今度は大門が飛び出しており長い手と跳躍力によって誰よりも高く飛び、このクロスをぶんどってキャッチしてボールを腕の中に倒れ込んで抑える。



 思うようにクロスボールが決まらず上げていた水川の選手は何でだと困惑が生まれ始める。



「(何でこんな守り硬いんだよ!?新設か本当に!?)」


 再び水川のボールとなり中央からワンツーを織り交ぜドリブルで突破を狙う。


 だがこのワンツーを読んでたか今度は影山がボールをカットし、攻撃を阻止。



「…………むう…!」


 水川の監督はベンチに座り腕を組んで試合を静観、試合前に攻撃的に行く。その通りに水川は攻められている。そこまでは良いが得点が入らない。


 そして良いシュートを撃つ事も出来ない。時間は刻一刻と経過し、監督は腕時計をちらっと見てベンチから立ち上がる。



「遠めから狙え!そのセカンドを拾うんだ!」


 確実に決めようとエリア内のシュートに水川は拘っていたが立見にはそのシュートを此処まで1本も撃てずにいる。


 これでは駄目だと業を煮やしたか監督はミドルやロングで行き、セカンドを狙えと攻めのプランを切り替える。



「うお!?」


 シュートを撃とうとしたその刹那、隙をついて弥一がボールを取った。


 そして前を見たら僅かな時間で判断し弥一は迫り来る相手の横をすり抜ける速いパスを出し、成海へと渡る。



 だが流石名門と言われる水川の守備、成海への寄せが速く豪山へのマークを怠らない。更に研究してきたのか右サイドの田村の動きを同じサイドに居る選手がチェックしている。


 立見は主に豪山、成海、田村。この3人が前半の攻撃の要とデータは集まっていて対策していた。


 成海への寄せが来る前に成海は左サイドの鈴木へと横パスで左へと展開し、彼ら3人のマークがある分まだ甘い方へとボールを預ける。



 鈴木にも一人詰め寄って来て左コーナーまで進み、相手は鈴木のクロスを上げさせまいとしつこく行く。


 やがてボールがゴールラインを割ると審判は立見のコーナーキックの判定。


 これに水川の選手はゴールキックだとアピールするが判定は覆らず。




「此処で行って、上村君」


「はい!」


 此処で立見ベンチが動く。京子から交代を告げられ、武蔵はジャージからユニフォーム姿となり鈴木と交代。そのまま左コーナーの方へと向かいキッカーを務める。




「(成海が蹴るんじゃないのか?)」


「(油断するな、成海が加わって中は怖いぞ。豪山と共にマーク怠るなよ)」


 何時もコーナーキックは成海が蹴ってるのを見てきた水川だが此処で武蔵がキッカーで成海が中へと入るのは想定外だった。


 それでも要注意の豪山と共にしっかり見失わないようマークする、此処で失点する訳にはいかないと水川も必死だ。




 少し助走をつけ、武蔵は左足で高いボールを蹴り込んだ。キーパーから逃げるようなボール、水川のキーパーは飛び出しにくくボールに対して飛びつかず動かない。


 ボールは豪山の頭に合わせるよう向かっていき豪山は飛び、マークについているDFも飛ぶ。頭一つ豪山が高い。


 水川DFもキーパーも豪山のヘディングが来ると備えている。



 だが、豪山は撃たずに頭で落とした。これに意表を突かれた水川DF陣、そこに飛び込んでいたのは誰も気付いていなかった影山。


 走り込んでの右足ボレーがタイミング合ってボールは飛び、ゴール前誰も反応出来ず水川のゴールマウスへとボールは入って行った。


 先制点は立見。影山がゴールを決めて1-0、表で目立つ者達ばかりに注意が行き陰で動く者を見逃していた水川。前半終了間際に痛恨の失点だった。



 影山が決めて立見イレブンは彼の周りに集まりゴールを喜んでいた。







「前半の失点は痛いが、まだ1点のビハインドだ。切り替えろ。幸いまだ雨も降っていない」


「攻撃の水川がこのまま無得点で終わるか!なあ皆!?」


「おお!」


 ハーフタイム、監督の指示。そしてキャプテンの鼓舞で士気を上げる水川イレブン。高度なテクニックによる攻撃を売りにしてる水川、2点取れる得点力ぐらい持っているはずだと自分達に言い聞かせ自信を持たせる。








 後半に入り、水川は積極的に攻撃に出る。パス回しで立見をかく乱し突破を狙う、流石名門サッカー部のパス回しは上手く速い。



 だがそれも彼によって無となってしまうが。




「ほいっと!」


「!?(またこのチビ?何でバレる!?)」


「(つかこいつ最終ラインのはずだろ!何でこんな前に……!?)」


 DFラインに居るはずの弥一が中盤でボールをインターセプト、彼はDFでセンターに居るはずだと水川の選手がラインを見ればそこには弥一に代わり川田がその場所に居た。



 何時の間にかポジションの入れ替わりが弥一と川田の間で密かに行われていた。



 かく乱しているはずが弥一によってかく乱される水川の攻撃陣。



 東京の名門を相手に立見が1点リード、更に攻撃をまともにさせず攻めている。一部の観客は水川が優勢で立見の快進撃は此処までかなと思っていたが今その予想は外れようとしていた。


 7試合連続無失点か、そして同時に連続ゴールの行方も気になる。



 その鍵を握る選手が後半30分ついに登場。


 優也が出てきて会場は彼への歓声に包まれる、6試合連続ゴール中の立見で一番の注目株と言われ今や東京予選のシンデレラボーイの一人に数えられていた。



「スペース気をつけろ!あいつ狙って来るぞ!」


 優也の事も当然調べている水川、むしろ一番の要注意人物として警戒していた。水川は空いたスペースに彼がスピードを飛ばして走り込むと予測してスペースに特に気をつけるように互いに声がけをする。



「(うわ、ゴール前めっちゃ固まってる…出せるスペース無さそう……)」


 左サイドでボールを受ける武蔵、ゴール前にはうじゃうじゃと水川の選手が居て前線には一人選手を残しカウンターに備えていた。



 自分で切れ込もうにもこの包囲網に捕まる確率の方が高い。武蔵はその時ミドルレンジでフリーになってる影山に気付き、切れ込まずクロスも上げずに中央の方へとパスを折り返し。


 影山はそのまま走り込んでミドルシュート、右足を振り抜きゴールを狙うも固まっていたDFに当たりボールが溢れる。



 高く上がったボールに豪山は強引にヘディングで狙うも水川が粘りの守備でこのヘディングシュートもブロック。再びボールは流れ、エリア内の混戦へと溢れた。



 水川DFが追いつかんとしていた、そこに横から風のような速さでボールへと向かう選手が居た。





 その時水川DFが見たのはボールに頭から飛び込む優也の姿。



 彼は恐れもせず、低いボールに対して頭で当てて行った。




 混戦の中、ボールはゴールへと入り立見の得点が認められた。





 7試合連続ゴール、これが確定した瞬間スタンドが揺れる。



 速い事は分かっていた。だが優也の執念までは計算に入っていなかった。



 何がなんでも決めてやろうという気持ちで優也は名門の硬いゴールをこじ開け、貴重な追加点を立見へともたらしてくれた。



 後ろから武蔵が優也に抱きつき、豪山は優也の頭を雑に撫でたりと優也はゴールを決めて手荒い祝福を受けていく。




「(強い…!こんな強いのか今年の立見は…!)」


 後半終了間際の失点、2-0で此処から追い上げるのは不可能に近く水川の監督は立見の強さに驚いていた。


 無失点記録は伊達ではないエリア内のシュートを許さぬ鉄壁の守備、100%の確率で決めているスーパーサブのFW。


 どちらも去年の立見には無い。今年大きく化けて出て来た、もしかしたら真島や桜王をも飲み込むのかもしれない。水川の監督がそう考えている内に審判の笛は鳴り響いた。




 2回戦が終わり立見の勝利、7試合連続無失点。優也の7試合連続ゴール、名門水川を破った事で立見の注目度はまた一つ上がるのは間違い無いだろう。




「雲にも感謝しないとなー…」


 上空の雨雲が漂うのをベンチで見てる弥一、その雨雲からポツポツと雨が降りだして段々雨足は強くなって行く。試合が終わって既にベンチに引き上げている立見は誰一人濡れず雨の試合となる前に試合が決まり、厳しい雨の試合を経験する事になるのはこの後で試合をする高校の者達となる。


 立見は運良く雨に打たれず弥一は最後まで泣き出さなかった空と雲に感謝しつつチームメイトと談笑していた。



 立見2-0水川


 影山1

 歳児1

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