第46話 初戦への準備


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「ナイスディフェンスー!」


 ミニゲーム形式での練習。味方が良い守備を見せて武蔵は声を出して同じチームのDFを褒めた。



「武蔵、お前結構声出るようになってね?」

「え?そうか?」

「うん。そんなに声出す方じゃ無かったからよ」


 同級生から声出すようになり最近変わったなと言われたりする、武蔵が変わったのは声だけではない。ポジションもFWから中盤へと下がりパスをよく出す、FWをやっていた時と役割はまるで違う。

 パスを受ける方からパスを出す側。慣れない事はまだまだあるが、武蔵のポジション適正としてはFWよりも中盤、パサーだった。



 ポジションが代わりコーナーキックのキッカーを任されたり不思議と調子が良い。まるで重荷から解放されたように身体が軽く感じる、武蔵は自分が好調だと確かな手応えを感じた。


 もしかしたらスタメンも夢ではないのかもしれない。


 苦しかった日々が嘘のようであり、サッカーが楽しくなってきた。着替える時に自然と鼻歌も歌うように武蔵がなっていた事には自身も気づいてはいない。







「ほいっ」 「よっ」 「とっ!」


 弥一はゴール前のボール目掛けて足元のボールを右足や左足で蹴り、いずれも正確に当てて2つのボールをゴールマウスへと向かわせる。


「うおっ!」


「おわぁ!」



 1つだけでなく2つ迫って来るボール、1本止めても気が抜けず2個目のボールをセーブしなければならないGK達は苦戦。ただ2個迫るだけでなくランダムに弥一がフェイントをかけて合図無しで蹴ったりボールに当てずそのままコースギリギリを狙ってゴールネットを揺らしたりと苦労させられていた。




 そんな中で奮闘するのは大門。


 集中して1つボールを止めると続けて2つ目の転がったボールをセーブ、更に弥一のタイミングで好き勝手に蹴るキックに対しても反応し冷静に対応して片手でボールを外へと弾き出した。



「良いよ大門ー、目指せ高校No1キーパー♪」


「で、デカい目標だなぁ…」


 大門のナイスセービングを褒め、そこまで行ってほしい願い込めて言う弥一に大門は大きな目標に苦笑する。



「デカい?無失点優勝目指すんだからそれぐらいなってもらわないと困るよ」


「…!」


 そう言う弥一の顔はマイペースな笑みは無く、真顔だった。


 無失点で勝つ事に強い拘りがあり、入部の時に言った言葉は嘘でもハッタリでもない。



 弥一は本気で全試合完封の優勝を狙っていて、その為に優れたGKの力を本気で欲している。



 1年生で、こんな小さい身体で偉業に挑戦しようとしている。



「よし、もう1本!!」


「お、やる気だねー。行くよー」



 大門は構え、ボールを受け止めると共に弥一の本気も受け止めに行く。



 彼が本気のサッカーをするなら自分もまた本気でサッカーをして向き合おう








 そして試合2日前となり軽めの練習で終了後、部室にて部員が集まり京子から初戦に向けて説明が始まる。




「初戦の相手は遊歩(ゆうほ)高校。目立ったような実績は無く、うちと同じく新設のサッカー部で日は浅いです」


 遊歩高校。


 eスポーツ部は強豪として知られているがサッカーではあまり知られてはいない。大会に出て来る程のレベルなのであれば気は抜けないが。


 部の面々は格下っぽい、勝てそうだなとそれぞれが言っていた。



「お前ら、気を抜くなよ。うちだって歴史で言えば遊歩と変わらない、むしろあっちの方が先輩だ。歴史はうちが全国で一番下、全員格上だと思え。それでその格上を全部食うつもりで勝つ」


 成海は遊歩を格下とは思っていない。全国的に立見が一番歴史が浅い、その上監督やコーチもいない完全な学生主体は全国を探してもそうは見ないだろう。


 一人の学生が作り出した新設のサッカー部。


 まだドラマやアニメ、漫画のような伝説は何も作り出せてはいない。



 自分達はただの高校の思い出作りでサッカー部を作った訳じゃない、本気で勝つ為にやっている。



 目指すのが頂点なのは強豪だろうが中堅だろうが新設だろうが皆そこは同じのはずだ。


 遊歩も本気で目指しているのであれば、手加減せず万全の状態で大会に臨むだけ。


 特に大きな公式戦の初戦というのは非常に重要であり此処の出来次第で今後が決まると言っても過言ではない。



「(食う「つもり」じゃなくて実際全部食う事になるけどね、全国優勝するなら)」


 成海からの言葉を聞きながら弥一は内心で思っていた。


 中堅も強豪も全部倒さない限り優勝は有り得ない。嫌でもそういう相手とは勝ち進めば当たるはず、この前練習試合した八重葉とも今度は本気の1軍を揃えて迎え撃って来る事は確実だろう。



 それでも何処にも負けるつもりは無い。







「では、初戦のスタメンを発表します」


 京子から発表すると聞いて部員の間に緊張が走る。




「GK、安藤」


 キーパーには2年の安藤が選ばれる。


 大門は此処では選ばれなかったようで、やはり一足先に高校サッカーを経験してる実績を優先しての起用か。



「DF、間宮、山口、田村、後藤」


 続いてDFが発表されると八重葉戦に続き弥一は選ばれず、この前選ばれた川田の名前も無い。


 此処まで1年から誰もスタメンは呼ばれておらず主に2年と3年が主体だ。


「MF、成海、鈴木、岡本、近藤、影山」


「FW、豪山」


 スタメンの発表はこれで以上となった。1年の名前は誰も呼ばれなかった今回。


 その後にベンチメンバーが発表される。



「GKからは大門、神明寺、川田、上村、歳児…」


 実力ある1年は此処でようやく全員が呼ばれる。皆揃ってベンチメンバーだった。


 最近調子の良い武蔵も此処で呼ばれて彼は喜んだ。



「(またベンチかぁ…開幕のサッカーとかしたかったけどなぁ)」


 スタメンでは呼ばれず弥一は残念そうな顔をしている、しかしベンチに選ばれたという事はいずれ出番はあるはずだ。









 スタメン発表前、京子は成海や豪山と共に話し合いをしていた。


「俺は神明寺はスタメンに選んでも良いとけど、二人はどうだ?」


 成海は弥一ならスタメンを務める力があると判断して推しており、二人へと意見を求める。



「不安だな。あのチビガキ、自由に練習し過ぎて回りと連携をちゃんと取れんのかっていうのがある。特に同じDFの間宮と…そんな仲良くねぇだろ」

 良いと思った成海に対し豪山は弥一のスタメンには反対寄りだった。連携の不安があって八重葉の件で間宮が弥一へと掴みかかって仲が悪いのではないか、そんな不安要素がある。


 DFでそんな不仲があれば守備が乱れて崩壊するのではないのかと。



「彼は……此処でまだ出すべきではないと思う」


 そして京子も弥一のスタメンは初戦は外すべき、と言い弥一はスタメンにはならずベンチ入りが決まる。


「大門は上背に反応にキャッチングとかなり優秀、だけど実戦経験に関しては安藤が上か……此処は安藤かな」


 GKについては大門と安藤でスタメンは悩んだようだ。だが最後は経験値の差で安藤を成海は推した。



「歳児はかなりスピード速いし、度胸もある。あいつは良い、けど…あのスピードはフル出場タイプじゃねぇよな」


「彼はむしろ後半途中出場で相手が消耗している所にスピードでかき回した方が良いと思う」


「ああ、そうだな。疲れてる所にあんな速い奴放り込まれたら絶対やりづらい、特に終盤足がきてる所でラインの裏とか効くだろうよ」


 優也もスタメンでは選ばれなかったがそもそも優也の場合は前半から出場というタイプではない。京子と豪山は話し合い、優也のスピードは後半の途中辺りから出て相手をかき回し、かく乱させるのが一番良い。


 スピードある者が後半途中出場して活躍し輝くというのは高校サッカーに限らず、よくあるケースだ。なので実力はあるがあえてスタメンには選ばない。


 優也は相手が消耗してるであろう後半出場してこそ輝く。




「上村は…どうするか、FWとしてはそんなパッとしなかったけど中盤に下がってパサーになってから良い働きをするようになってきてる」


「荒削りだけどな。試合経験積ませれば行けそうだけど、公式のスタメンは荷が重くねぇか?」


「彼は大舞台の経験は特に無い。いきなりはプレッシャーに潰される可能性があるかもしれない」


 武蔵については此処最近の成長を彼ら3人も知っている。パサーの位置からFWの時には無かった輝きを放ちつつある、ただコンバートしてからまだ経験不足だ。

 そんな彼にいきなり初戦のスタメンは武蔵にとって大きなプレッシャーになるかもしれない。

 緊張によって普段通りの動きが出来なくなるのは困る。



「…ベンチに置いて、状況によっては途中で出してみるか」


 武蔵もこうしてベンチ入りが決定。


 もうインターハイ予選まで時間が無い、出来る事は全部やっておく。




 全国を目指す戦いはすぐそこまで来ている……。

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