第45話 ストライカーの彼は天然のパサー
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
4月18日 火曜日
「ねえ、パス連付き合ってくれるー?」
「え?ああ。いいよ」
サッカー部、朝練の時間。それぞれがボールを使って軽い準備運動をしている所に弥一は武蔵へと声をかけた。
武蔵からすれば弥一からこうしてパス連に誘われたのは初めてだ。
「(やっぱ…上手いよなぁ)」
互いにパスを出し合い、ボールをトラップ。その動作一つ一つが武蔵から見て弥一は上手かった。
パワー関係では他の部員に劣るが技術がその分高い、キャプテンの成海をも超えるかもしれない。
自分もイタリアや海外に留学にでも行っていたらこうなっていたのか。
だが留学したからと言って必ず成功するとは限らない、あまりのレベルの違いに挫折も味わうかもしれない。
日本と全く違う環境、日本よりハイレベルなサッカー。失敗する確率の方がむしろ高いだろう。
「やっぱ上手いじゃん」
「え?」
武蔵が弥一からのボールをトラップしたら今思っていた事を言われ、思わず武蔵は弥一の方を見た。
「トラップがすっごい正確、パスも受けやすい。君良いパサーだよー」
「パサー…」
今までずっとFW、ストライカーでやっていた。
点を決めるのが一番格好良い。それがサッカーの華と思ってこのポジションを続けてきた、なので他のポジションをやる事は考えてこなかった。
小学生の時はそれで通じたが中学生だとFWとしては通じなかった。
今もそうだ、昨日は間宮の激しい当たりがきつくて苦しくて逃げてしまった。この人の前でシュートは無理だと弱気になってしまった。
そんな中で後ろへ下がり武蔵が出したパスを優也が決めてくれた。その時彼は言った、お前良いパス出せるじゃないか。
優也に続き弥一もパスを褒めてくれた。
1年の中で優秀でありレギュラーに最も近い力を持つ二人からそう言われるのは悪い気がしない。
「パサーとか、考えた事も無かった。ずっと…FWだったからさ」
「それってやっぱり点を決めたりするのが好きで楽しいから?」
「ああ、まあ…そうだね。ゴール決まると気持ちが良いしそれで勝った時とか最高で楽しいよ」
「今もFWは楽しい?」
「!それは……」
FWをしていたのは点を決めるのが楽しいから。それで勝った時がやみつきになったから。
あの感覚をまた味わいたい、その気持ちで続けてきた。
だが弥一に今もFWは楽しいのかと問われると武蔵は言葉に詰まった。
小学生の時と違ってその楽しさは味わえていない、それで今が楽しいのかと言われれば当然楽しさは無い。
自分より上のFWなどいくらも居る。この立見もまさにそうだ。
今の自分のFWとしての力じゃベンチに座る事だって出来ない、武蔵自身も分かっていた。
そして気付く。
楽しくサッカーをやっていたのは最後何時だったのか。今は悩んでばかりだという事に。
そんな中思い出される昨日の紅白戦。自分がパスを出して優也がゴールを決めた感覚、アシストが決まった時に久々に感じたサッカーの楽しさ。
点を決めるばかりが華じゃない、それをサッカーが教えているような感じだった。
「なあ…パサーって、どうすればいいんだ?」
武蔵は自分から弥一へと尋ねる。パサーについての追求、今まで考えた事のないFW以外の新たな可能性。
それを追いかけ始めた武蔵に弥一は近づき、武蔵の背中を軽く叩き笑った。
「僕が教えなくても自然に出来てるよー」
小学生から始め、中学生では壁に阻まれつつもサッカーを続けてきた。その経験値は生きている、それは昨日の紅白戦を見て分かった。
日々の基礎の積み重ね。そこを武蔵は既にクリアしていた。
後は己がそれを活かし開花させる、そこが最大の壁だ。
学校の昼休み、定番の木の下で弁当を食べる弥一。今日は武蔵も誘っての昼食となり、弥一は目当てのボリューム満点弁当が買えず唐揚げ弁当と卵サンドとクリームパンで手を打ち、武蔵は惣菜パン2個と菓子パン1個の昼食だ。
「(此処は何時から1年の憩いの場になったんだ…)」
元々は優也が一人くつろぐ場所として利用してたのが気づけば弥一、摩央、大門、そして今日新たに加わっている武蔵が一緒になって昼食を共にしている。
ただ別にそれが悪いと思っている訳ではない、このまま共に飯を食う者が増えていくのかと思いつつ優也は弁当一つを平らげた後にフルーツ牛乳を飲む。
「へー、武蔵の所の家って寿司屋なの?何時も寿司食えて良いなぁそれ」
「言う程食ってる訳じゃないよ、普通の家みたいに洋食とかそれ以外も結構出てるから」
話をしていると武蔵の実家が寿司屋である事が明らかとなり、イタリアでの生活が長く日本の寿司から遠ざかっていた弥一にとっては実に魅力的だと思えた。
「大門の家も中華料理屋だったし、もしかしてこの流れで行くと杉原の家は実はフランス料理店だったりとか!?」
「どんな流れだ。うちの家は普通で店とかやってねぇよ」
今この場に居る大門と武蔵が実家は飲食店で、弥一は摩央の家も実は飲食店と何処か期待こめて見たが摩央はばっさりと普通だと言い切り、あんぱんの袋を開けてかぶりついた。
「そういう神明寺君の家はどうなの?」
「うちも飲食店じゃないねー、父は商社の仕事でイタリアの方に単身赴任で母も化粧品会社の社長やってて忙しいから」
「「………社長?」」
弥一以外のその場に居た一同の声が一斉に重なる奇跡があった。
父が商社の仕事でイタリアに単身赴任、そして母が会社の社長。
つまり弥一は会社の女社長の息子だ。
「神明寺ってもしかして……」
「…実は凄い御曹司?」
マイペースな子供みたいな高校生、そこから見えた新たな姿。
今までその感じは全然無かった。近所のコロッケ美味しそうと買い食いをせがむ姿を知っているので全く考えてなかった。
「あー、もう休み時間終わっちゃうよー」
「あ…!」
その時休み時間の終了が近い事を弥一が気付き弁当をかきこみ、同じように武蔵も弁当をかきこんだ。
放課後、サッカー部はセットプレーの練習で攻守のチェックに入っていた。
誰が1列、2列目に適しているか。改めてそれを見極めたり精度を高め強化を狙い、得点力を高め失点のリスクを減らす。
そして成海が右コーナーからボールを蹴ろうとしていた時。
「すみませんキャプテンー」
「どうした神明寺」
そこに弥一が成海へと駆け寄る、彼は後の組に入る予定でこのセットプレーではまだ出番は無い。
「1回キッカーの方、武蔵…。上村に任せてみません?」
「上村に?」
武蔵は今エリア内に入っている。FWだが弥一は彼にセットプレーのキッカーを任せようと提案してきた。
これに対して成海は少し考えるとエリア内の方へと視線を向けた。
「上村ー!ちょっと来いー」
「!?は、はい」
武蔵は急に成海に呼ばれ、エリアを出て走りに向かった。そして成海からキッカーを託す事を伝えられる。
「僕が成海先輩に代わってキッカーですか!?」
「だってさ、頑張れー♪」
驚く武蔵に弥一は応援しており成海はそれだけ言うとエリアのやや外の中央の位置につく。
「(急に僕がキッカーって、昨日はパス上手くいったけどコーナーキックまで行けるのかな…?)」
いきなりキッカーを任される武蔵、FWをずっとやってきてコーナーキックを蹴った事は当然無い。蹴られたボールを頭で合わせる事が主でそれが当たり前だったからだ。
今日は役目が逆転。武蔵がパスを放り込む役目になっている。
「直接狙えるなら狙ってもいいよー」
「(いや、無理言うな…)」
後ろから弥一の声が聞こえた。上手いキッカーはコーナーキックから直接狙える高い技術を持つ、だが今日初めて蹴る武蔵にそれが狙える訳は無い。
「(多分、神明寺なら…狙う技術も度胸もありそうだよな)」
もし弥一だったら、そう思うと彼が直接曲げて狙って来る。八重葉の時に見せたあの高難易度のバナナシュート。
王者を揺るがす程の一撃、そういうのが自分にも出来たらと試合を見て何回も思っていた。
あそこまで行かずとも、昨日のように上手く行ければあるいは。
一歩でも同級生の優也、弥一に近づきたい。
このキッカーの機会をその第一歩にする、そう思って受け入れて向き合った。
「ってぇ!」
右コーナーから左足で高いボールを上げる、手の使えるキーパーが高さでは有利。だが蹴られたボールはキーパーが飛び出しにくい場所。
「うお!」
これに川田が頭で合わせて叩きつける。かろうじてキーパーが右手に当てて弾き出してゴールには入れさせない。
「良いぞ武蔵ー、ナイスクロスー」
「あ、ああ。ナイスヘッドー」
また自分のキックを褒められ、武蔵は戸惑いつつも応えた。
続いて反対側からボールを蹴る事になり、武蔵は再びボールをセット。
「(今度は…キーパーが飛び出しそうなやつで、釣って豪山先輩に!)」
蹴り上がったボールにキーパーは取れそうと思い、前へと出ると逃げるようにキーパーから遠ざかり豪山の方に向かっていた。
中途半端に飛び出した所に豪山はしっかりと頭で合わせてゴールネットを揺らす。
「良いぞ武蔵、その調子だ!」
「はい!」
またパスが上手く行った。豪山から良いと言われて認められてる気がして自然と声も出せるようになってきた。
久々かもしれない、サッカーで楽しいと思えるようになったのは。
「高いのだけじゃなくグラウンダーとかショートも混ぜて行けよー」
「あ、はい」
成海からアドバイスを受けつつ武蔵はそのままキッカーを努め続ける。
「(分かってやってんのかなぁ、キーパーの最も嫌がる外へと逃げてく回転のかかったボール。嫌な位置へと狙って蹴るコントロール。だとしたら天然のパサーだね)」
シュート力など不足していてストライカーとしては物足りないと思われた武蔵。だがコントロールは正確でトラップも上手い。
思ったより良いパサーになれて化けるかもしれない、弥一はそんな予感がした。
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