第44話 名を背負う彼は諦めきれず
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
漫画だったら都合良くサッカーの天才が狙ったタイミングで転校してくる、サッカーを辞めてた天才が実は学校に居た。
という展開があって不足のポジションを埋めていた事だろう。
だが現実でそんな都合の良い事は早々転がっては来ない、可能性が0という訳ではないだろうが今の短い期間内でそれが起こるのは期待するだけ無駄だ。
最も現実的なのは所属している部員達の見直し。
ポジション希望は聞いてきた、本人が何処をやりたいのか、何処が担当なのか。
時には本人も気づかぬ思わぬポジションに向いている事が中にはある。
それが望んだポジションよりも力を発揮しやすく才能が開花される、そこから平凡な力だったプレーヤーがプロまで上がるケースも存在する。
武蔵と名付けられて名前に驚かれる事がほとんどだった。
だが驚かれるのは最初だけ、偉大なる剣豪のような凄い事が名前と同じだからと言って出来る訳ではない。
名付けた親は宮本武蔵のような強い人物になってほしいと願いを込めて付けてくれたらしい。
その願いには未だに応えられていない。
出来ないという訳ではないが、優れてる訳でも無い。勉強は学校内で平均、運動の方ならそこそこ出来た。足がクラスで上から数えた方が早い程に上位であり身長も高い方だ。
走れて運動出来るならサッカーやりなよと友達から勧められ、小学校のサッカークラブに入りFWとして始めた。
走るのは好きな方でありボールを扱う技術が上がり自らゴールを決めていくのが楽しいと感じて自分の居場所は此処だと思った。
小学校で結構活躍が出来た、全国ではないが地区大会なら上位まで勝てていた。
だが中学に進むとFWとしてはほとんど通じない。
上手いDFやキーパーの前にゴールを決められず、チームは2回戦に進めば良い方であり日の目を見る事は無かった。
混戦の所に自分の方へとボールが飛んできて滑り込み、もみくちゃにされながらたまたまボールが当たってゴールに入った1点。大まぐれで決めたゴールが滅茶苦茶嬉しかった事は今でも鮮明に思い出せる。
活躍はそれぐらいだ。名前以上の活躍などした事は無い。
立見に入ったのも出来たばかりのチームなら自分の出番あるかもしれないと思って立見サッカー部に入ったが、副キャプテンの先輩だけでなく同じ1年でものすごく速い奴が居た。入部の時に大口叩いていたからよく覚えている。
そいつが八重葉相手に活躍し1点を決めたのを見た時、大きな差を感じた。
彼は中学からサッカーを始め、キャリアは自分の方が重ねてるにも関わらずFWとしてのレベルは向こうが上だ。
此処でも駄目なのか。
マッチアップした2年の先輩の厳しい当たりに負けて思わず前線を放棄したくなって下がる。
「(あいつ、FWなのに中盤まで下がって…前は歳児だけかよ)」
武蔵がFWから中盤まで下がる、そういう事は誰も聞いていない。今武蔵が独断で決めて実行した事だ。
間宮から逃げる為に。
「(しょうがない、歳児にポストは苦しいし代わりに上がるか)」
武蔵とポジションを入れ替わる形でMFの一人が前線へと上がる、上背が無い優也では一人前線で体を張るのは無理であり1より2トップにした方が優也の力は発揮しやすい。
レギュラー組のボールは続き、ボールが中盤で空中へ高く上がり上背ある川田が頭で競り勝ち控え組がボールを取る。
そしてボールは下がった武蔵へと出された。
すると武蔵はパスを正確にトラップし、ちらっと前線を見た。
僅かな時間だった。時間にして1秒にも満たない。
武蔵はいきなり左足で強いパスを出す、それは右サイドの優也より前へと行き優也はそれに反応して走る。田村は武蔵から出た思わぬパスに一瞬反応が遅れて走り出した。
普通の走力なら追いつけずラインを割るような強いパス、だが優也はこれに追いつこうとしている。
まるで優也の限界近くを要求するスパルタなパスだ。
これに優也はゴールラインを割る前に追いつき、エリア内へと切り込む。GKの安藤と1対1になり間宮は間に合わない。
角度は厳しいが優也は左足でシュート。飛び出した安藤の左下をすり抜け、ボールはゴールマウスへとポストに当たりつつも入った。
「あ……」
自分のパスがアシストになった事に出した武蔵の方が驚いている。あのパスでチャンスにした優也は流石だなと思いゴールを決めた彼を見ていた。
すると優也は駆け寄り。
「お前良いパス出せるじゃないか、ナイスパスだった」
「え?あ、ああ…そっちこそナイスシュート」
武蔵の肩を軽くポンと叩き、優也はポジションへと戻る。
「(今、僕のパス褒められた?マジで?)」
優也がナイスパスと言ってくれた。武蔵としては少し強く蹴り過ぎたかと思っていたパスを認められ、意外だった。
「知らない間に才能の原石って転がってたんだなぁー」
京子はマネージャーの仕事へと戻り、弥一は今の武蔵のプレーを終始見ており楽しげに笑った。
「それって、あの武蔵君の事?」
弥一の言う才能の原石。それが武蔵の事を言ってると大門は何となく分かった。
「トラップしてちゃんと足元に置けてるから良いボール蹴れてる、それも前をちらっと見てすぐ歳児なら追いつけるギリギリのスパルタ要求なスルーパス。ああいうのDFからしてもきっついんだよね」
正確にトラップして足元に収められ、僅かな間に優也の位置と走り込める走力。その限界間近をついたスルーパス。
DFの立場から見て相手にとって厳しいパス、でも取れればビッグチャンスに繋がる。その対応は容易ではないと弥一は語る。
そんな厳しいパスは対応するDF側にとっても厳しい。
「おい神明寺!大門!つっ立ってないでお前ら次交代で控え組入れ!」
その時、豪山から二人へと紅白戦の控え組に参加するよう言われる。
「あ、す…すぐ行きます!すみません!」
「はいはーい」
大門は謝りつつ代わってキーパーに入り、弥一はマイペースにフィールドへと走る。
「(変わり者だけど、ああいうのを天才って言うんだろうな…)」
同じ控え組に入った同じ1年の弥一、その姿を武蔵は見ていた。
入部早々言った全試合無失点宣言。
ミニゲームで先輩相手に連戦連勝、更に1対1で豪山相手に止めてみせた。
そして王者八重葉との練習試合。
後半から出場して2軍相手とはいえ、あの高校No1ストライカー照皇を中心とした攻撃陣をシュート0本に抑える活躍。
小学生ぐらいに身体は小さい、大きなハンデがありDFとしては致命的なはず。それなのにハンデを全く物ともしないで堂々としたプレー。
これがイタリア留学を経験した天才の力かと同じ1年で大きな実力差を感じた。
度胸も技術も到底真似出来る物ではない。
彼のような才能があって活躍出来たら名前にやっと恥じない所まで行けるかもしれない、そう思った事は何回もあった。
レギュラー組の攻め、ゴール前に高いボールが上がった瞬間。
「右から一人」
弥一の声は飛び出していた大門に届き、彼の言う通り右から豪山が迫り頭で狙おうとしていた。
「(此処は無理せず…!)」
大門は此処はキャッチングには行かずにパンチングでエリアからボールを弾き出す。
「てぇ!」
「っと…!」
ボールを素早く拾った影山に武蔵はしつこくボールを奪いに行った。ボールをキープする影山に武蔵は諦めずに向かう。
「(歳児みたいなスピードが無い、神明寺みたいな度胸や技術も無い、それでも!)」
同じ1年が活躍して輝く姿。自分もあんなふうになりたい。
諦めきれなかった。
中学でレベルの差を思い知った、それでもサッカーを諦めきれず立見へ行った。
影山はヒールで後ろへと戻し、田村が受け取るとクロスを上げずに中央へと折り返す。
「ナイスパース♪」
しかし中央の成海へのパスを見抜いていた(勿論心を読んで)弥一がインターセプトに成功。
中央の成海か、それとも低いパスで豪山かとどちらにパスが飛んでも走って対応出来るポジショニングを弥一は行っていた。
高いパスだったら素早く大門。または川田にコーチングして任せるつもりだった。
「ああくっそ!またあいつめ…!」
パスが通らなかった事を悔しそうにしながら田村は走って自分の守るゾーンへと戻りに行った。
弥一は走る武蔵へと右足で正確なパスを出す、武蔵はその弥一のパスも正確にトラップ。
「(やっぱ良いトラップだなぁ、吸い付くように足元に止めてる。そこは海外にも負けてないかも)」
イタリアでトラップの上手いプレーヤーは何人も見てきた。
ビッグゲームになればトラップのミス一つでゲームが決まりかねない、それを彼らは幼い頃から分かっておりトラップが重要と考え磨いている。
その彼らに匹敵するぐらいに武蔵のトラップは綺麗で上手い。
彼の才能を、1年目をこのまま控えで過ごすのは惜しい。本格的に開花されたらレギュラーも行けるかもしれない。
そう思いつつも弥一は後ろから声を出していった。
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