第4章 夏を目指して予選を戦う
第43話 原石探し
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
4月17日 月曜日
夏の大きな公式戦、インターハイに向けて八重葉との試合から2日。
1日休んだ立見サッカー部は朝練から始動しており決まった時間内に基礎練習やボールを使った練習を織り交ぜて放課後はより実戦に近い練習、ミニゲーム等に取り組んで行く。
公式戦は今から5日後に行われる。
そして5日間フルに練習という訳ではない、試合前日は完全休養だ。
なので本格的な練習は3日間。
短い期間の合間に量よりも質の良い効率的な練習、オーバーワークは怪我の恐れがある。それこそ去年の間宮の二の舞になりかねないだろう。
八重葉戦で選ばれなかったメンバー達は次こそ自分がという思いで励み、紅白戦でレギュラーへとぶつかっていった。
「(歳児、良い所走り込んでる!)」
1年MFがボールを持つと優也が空いてる左サイドのスペースに走り込んでいく姿が確認出来た。優也のスピードならこれで縦を独走して中央へ切り込めるはず。
そのスペースへとパスを出して優也は走り込む。
「(甘ぇよ!)」
「!?」
だが、スペースはわざと空けられたものだった。スピードある優也ならそれを狙う。速さで対抗出来る田村はパスを誘っていて1年から出されたパスを奪い取る。
何時までも田村は優也にやられっぱなしではない、単純なスピードで互角でもこういう駆け引きというのがサッカーである。
単純なスピードだけじゃなくこういった駆け引きもまたサッカーだと行動で田村が優也に先輩として教えてあげてるような感じだ。
レギュラーを狙う部員達の挑戦、だが現レギュラーの成海と豪山を中心としたレギュラー組は簡単には譲らない。
「わっ!?」
身体を後ろ向きにしてボールをキープしている成海に後ろからボールを奪いに来ているDF。これに対して身体を回転させ、ターンしながらボールを運び成海は奪いに来たDFを躱す。
そしてフリーなってる豪山の姿を見逃さず、成海は左足でパスを蹴る。豪山が撃ちやすいように、考えられたラストパス。長い付き合いの相方なので互いに分かっていた。
何処にどう出して来るのか、どう動いて来るのか。
豪山の右足のシュートの振り抜きはDFの寄せも間に合わない、シュート力がサッカー部でNo1を誇る豪山のシュートはキーパーの伸ばした手を掻い潜って豪快にゴールネットを揺らした。
「おー、豪山先輩さすが豪快なパワーシュートだぁ」
成海から豪山と立見サッカー部が誇るコンビが決める所を弥一は大門の柔軟体操に付き合い、彼の背中を押してあげている。
「神明寺君。俺の練習ばかり付き合ってもらって悪いけど…大丈夫?自分の練習とかは」
弥一は何かと大門に付き合い練習していてキーパーに適した練習法を教えて手伝ったりしていた。それを見てきた大門はありがたいが弥一に自分の練習は大丈夫かと心配になってきている。
「してるよ?今」
「え?」
弥一は練習してると言うが大門の背中を押しながら紅白戦を見てるだけだ。
「フィールドの中より外から見ればよーく分かる事あるんだよ、誰がどういうのが得意で苦手なのかがさ」
成海のパスの出し方、受け方。豪山の走りにシュートの姿勢。影山の動き出し、間宮の守備対応。田村と優也のスピード。
それぞれの動きについて弥一は見ていた。
「んー……中盤がちょっと力不足かなぁ」
「え?ちょ…」
「はいはい、柔軟集中。大事なキーパーの怪我は一番困るよー」
先輩に聞かれたらどうするんだと大門は弥一の言葉に慌てたが弥一は落ち着かせるように言い、特に気にする様子も無い。
この前八重葉戦で立ち直らせる為とはいえ先輩達へ暴言にも当たるだろう弥一の言葉。全員が彼を認めた訳ではない、気に食わないと思うのも居るかもしれない。
此処でまたそういった事が先輩達に聞かれて騒ぎなど公式戦の前にそれは避けたい大門だが幸い今の弥一の発言は誰にも聞かれてはいない。
「あの、力不足って?中盤には絶対的な司令塔の成海先輩に弥一君も厄介だと思っているシャドウボランチの影山先輩も居る…むしろ中盤良いと思うんだけど…」
「だからだよ」
「え?」
柔軟を続けつつ大門は弥一へと訪ね、背中を押してあげる弥一は答えた。
「絶対的過ぎて成海先輩には毎試合厳しいマークがつく、それに代わって影山先輩がある程度ゲーム作れるけどいくら影が薄いからって90分間ずっと潜められる訳じゃない。シャドウボランチはここぞという1回に仕事してこそだよ。それで成海先輩はそのマークによって体力の消耗が激しくなる。試合が進むにつれてコンディション崩してあの人崩れたら中盤はほぼ終わると言ってもいいかもしれないね」
成海と影山、中盤の攻守に欠かせない二人だが弥一からすれば今弱点となっている。大門は何時の間にか弥一の言葉を黙って聞くのみになっている。
「中盤が崩れたらそれで負担がかかるのは守備陣、DFだね。いくら鉄壁を誇っても何度も攻められたらしんどい、中盤でボールを支配してもらって息継ぎとかも無しじゃいずれ崩れる。そして最悪失点。最後の砦のキーパーも何処まで粘れるか分からないからね」
中盤が崩れ、そこから守備も崩れる。ボールをキープできなければ攻撃を受け続けてしまう、そしてその1点で試合が終わるかもしれない。1点取られてこっちが1点も取れなければそれがそのまま決勝点だ。
大門は分かったかもしれない、弥一が何を言いたいのかが。
「中盤にもう一枚…ゲームを作れる、成海先輩の他にこいつは要注意だと思わせて引き付けられるようなのが欲しいと」
「そういう事、分かってるねー」
弥一は大門の言葉に彼の背中を軽く叩いて笑った。
中盤に光と影の二人は居る、もう一つそこに光が来てくれれば理想的だと。
「興味深そうな話、してるね」
「!?く、倉石先輩…」
弥一と大門の後ろから京子が現れ話しかけて来た、京子の出現に大門は慌てる。何処から話を聞かれたのか。
「あの……何処から聞いてました?」
「神明寺君の長い説明が始まる頃から」
中盤が力不足、そこは聞かれなかったようだが弥一の言ってる事を京子は全部聞いていた。
「中盤については私や彼らも考えていた、もう一枚欲しいと」
そう言いながらフィールドで紅白戦を行う選手達を京子は見つめる、この中に中盤に適した存在が居るのかもしれない。それを見つけ出す為に。
「っらぁ!」
「うわ!」
間宮の激しいプレスによってボールを零した優也と2トップを組むFW、1年生だ。溢れたボールをすかさず影山が拾って前へと繋ぐ。
「(はぁ……間宮先輩のプレッシャー半端無いなぁ、容赦無いし下がろ…)」
間宮のプレッシャーに負けてFWの彼はこれ以上のマッチアップを避けようと前線から中盤へと下がっていった。
「間宮先輩、流石と言うべきか…FWを退かせちゃったよ」
その様子を大門は見ており言葉にすると京子はそのFWを見た。
「……1年生の上村武蔵(うえむら むさし)、高校生レベルで言えばシュート力は並。ジャンプ力は若干高く、スピードも平均より少し上ぐらい。スタミナは部内で上位、当たり強さは特に無く弱い方。ドリブルテクニックも特に突出された物はなく上背は173でポストプレーは得意としてない」
部員の事はマネージャーとして頭に入っている、FWの彼は若干長めの金髪。上村武蔵という名前は弥一や大門も当然知っていた。
二人でかの有名な江戸時代初期の大剣豪、宮本武蔵と名前の所が同じだと摩央を加え3人で本人のいない所で話したものだ。
武蔵という名の彼はFW希望で入部してきた立見サッカー部の1年。中学からサッカーはやってきたが目立った実績は無い、その能力は京子の言うようにストライカーとして突出した物が無かった。
豪山のような上背やパワーは無い、優也のようなスピードも無い。
FW希望の彼には残酷だが武蔵はおそらくFWとしては通用はしないだろう、通用してもそれは格下の相手ぐらいで中堅や強豪クラスとなれば並のFWレベルで得点が奪える甘いDFやGKはおそらくいない。
名前は立派だが実力は残念ながら並かそれ以下だ。
京子や成海達が彼をFWとして採用する可能性は限りなく0。
そんな中で弥一は真っ直ぐ彼を見ていた。
かの有名な剣豪と同じ名を持つ人物を。
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