第42話 彼の意思を受け継ぐ者達
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
身長173cm 体重69kg
塩ラーメンが大好物。
ゲームや漫画好き、勉強は苦手。
サッカーに対しては誰よりも真剣でそれ以外は何処にでも居る普通の高校生と変わらない。
意地っ張りで弱い所を人に見せない、それが勝也だった。
だから彼は誰にも打ち明けなかった。
自分に襲いかかった病魔の事を。
突然の勝也の死
それぞれが深い悲しみを抱きながら彼の葬式は行われた。
家族に立見サッカー部、更に訃報を聞いて中学時代や小学校時代のチームメイトの姿もあった。
「勝也……かつやぁぁ~……」
棺の中に眠る勝也の顔を見て泣き崩れる者も居る、兄の太一は葬式中にずっと泣いていた。
受験を一生懸命頑張っていて立見に入り一からサッカー部を作り上げてこれからという時の悲劇。残酷過ぎる仕打ちに太一は神を強く恨んだりした。
俺の弟が一体何をしたって言うんだ、神の怒りを買う程そんなに悪い事をしたのか。
同じ兄弟なのに俺には何の病気も無いのに何で勝也の方に来るんだ。
勝也を返してくれ。
家族の方は深い悲しみの中で参列者へ挨拶していき、立見サッカー部の方でも声を上げて泣く者が何人か居た。
本当に突然の事であり今の現実を受け止めきれない、受け入れられない。気持ちの整理がつかない。
これが嘘だったらどんなに良かった事か。勝也が元気に起き上がってくれればどんなに良いか。
しかし全て現実であり棺の勝也が目覚める事は無く、父や太一。成海や豪山、そして他の男子達の手で棺は運ばれる。
深い悲しみに包まれ葬式は終了。
立見サッカー部はインターハイ予選を間近に控えていたが出場を辞退、とても今彼らは試合を行える精神状態ではない。
そんな中でサッカーをしても何も生まれはしない。
「立見に行くって言って此処まで来たのによ…全国この部で行くとか言ってたのに……」
「………」
「苦しいなら苦しいって言えよ勝也!畜生!!」
部室で主を失った勝也のロッカーを前に成海は何も言えず、豪山はやり場のない怒りを地面を強く踏んでぶつけるしか無かった。
「これから、どうすんだよ……」
「どうするも何も今の私達でやるしか無い」
「!」
成海、豪山の前に部室の入口付近に立つ京子が現れ二人へと声をかける。
「このまま塞ぎ込み続けて、それで駄目になっていくのは……させない。勝也が作ったサッカー部をこのまま廃れさせない」
「倉石……」
二人は知っている、勝也と京子が付き合っている恋人同士というのは。
勝也を失って一番辛いのは京子のはずだが京子は何時も通り冷静だった。そして落ち着いて京子は自分達が勝也のいない分やるしかないと二人を見て真っ直ぐ言い切った。
「…そうだな」
これに答えたのは成海だった。
京子が頑張ろうとしているのに部員で引っ張らなきゃならない2年の自分が踏ん張れなくてどうする。部が廃れたら今までやってきた勝也の努力が、生きた証が全部無となってしまう。
そんな事は断じてさせる訳にはいかない。
「立見を、勝也を俺達の代で全国に連れて行かないとな。あいつが作った部はこんな強いんだっていうの見せつけてやろう」
「……やってやるか、全国連れてくだけじゃない。勝也に優勝旗を俺らが持つ所を見てもらう」
全国に行くだけではない。全国制覇して優勝旗を立見が持つ、それを勝也へ見せてやりたいと豪山は誓う。
さっきまでやり場のない怒りが襲っていたが一番辛いはずの京子が前を向いていて相方の成海もやる気になっている、だったら自分もやるしかないだろう。
泣いて泣いて泣いてきた。
一生分かもしれないぐらい泣いた気がする、それでも勝也を失った悲しみは消えない。
愛する者を失った悲しみは一生消えない。
京子はスマホの待受画面を見た。
京子の肩を抱いて笑って映る勝也、彼のこういう顔を今となっては写真やスマホでしか見る事が出来なくなった。
やがて決意する。
彼が生きた証を守ろうと、立見サッカー部を全国最強の部にしようと。
京子は今まで以上にサッカーの知識を勉強し始める。
そして効率の良いトレーニング、休み、食事まで調べていた。調べては部員達と話し合い実行する。
新たに動き出した立見サッカー部は選手権の東京予選に向けて練習。
亡き勝也の意思を引き継ごうと張り切る者も居たがオーバーワークによって怪我をする者も居た。
期待の1年DF間宮がそうだ、彼は怪我によってレギュラーに選ばれず休む事になった。
練習は大事だが、オーバーワークで怪我しては意味が無い。顧問の幸にマネージャーの京子、そしてキャプテンの成海、副キャプテンの豪山で話し合い練習量やメニュー。練習の開始時間や終了時間を見直され、決めていった。
勝也の死から半年、地力をつけて立見は再び選手権へと挑む。
マークのきつい成海、豪山だが二人はボールを持たない所で動き回りマークを外す練習を重ねてきた。
オフザボール。
ボールを持っていない時の動きの質を高めて自らのプレーを楽にし、味方選手のプレーの幅も広められる効果が期待される。
ボールを持っている選手のサポートの為に近づいたりパスを受ける為に走り込んだりと予測して先に動く、そして相手守備の死角をつき消えるように見せて見失わせる。
改めてオフザボールの大切さを彼らは学んでいた。
持つ時、扱う技術も大事だがボールを持たない時の動き。その技術も大事だと。
今まで二人がマークされて苦しいとなっていた立見がこれで変わる。
一回戦を5-1で快勝して勢いで二回戦も3-0と勝利。三回戦は先制されて苦しい展開だったがひっくり返して3-1で逆転勝利して準々決勝を進出を決める。
準々決勝、相手は去年5-2で敗れた因縁の強豪校。
今年こそはと雪辱戦に臨むがまだ地力の差があり1点を先制される、そこにすぐPKを取り成海が決めて同点。
だが火が付いた相手の猛攻を防ぎきれず立て続けに2失点。
3-1で敗れて今回の選手権は立見で最高の成績となる東京予選ベスト8。
新設の部で強豪の多い東京予選を此処まで勝ち抜いたのは凄い事だと賞賛する声はあったが彼らは満足していない、全国に勝也をつれていかなければならないのだから。
彼らの挑戦は終わり、そして現在へと繋がる……。
「全然、知らなかった…」
神山家の居間で勝也の事を聞いていた弥一、イタリアに居る頃は全部スマホでやり取りしており勝也がその時何をしていたのかはスマホ越しで彼から教えてもらう以上の事は知らされていない。
だから知らなかった。マネージャーの京子が勝也と恋人同士であるという事を。
そして勝也が病魔に襲われていた事を。
「あいつの意地っ張りは昔っからだった、それは弥一君も…知ってるかな」
「とてもよく、勝兄貴は弱い所見せるの嫌いでしたから」
昔を振り返っていく太一は弥一へと語る。
当時弟を失った悲しみは計り知れなく、プロとして続けられるかも危ぶまれた。
だが太一はプロのサッカーを続けて結果を残してチームのカップ戦優勝に貢献する、その優勝は勝也へと捧げていた。インタビューでもこの優勝は旅立った弟へと捧げたい。そう答えていた。
勝也について話していた一同、時刻は何時の間にか夕方を迎えてそれぞれが神山家を出て幸、成海、豪山、京子は幸の車でそれぞれの家へと送り弥一も太一の車で家へと送ってもらう事になった。
「神明寺、インターハイも近い。明日の部活遅れるなよ」
「はーい」
八重葉戦で弥一が遅刻してきた事を成海は忘れてはいない、公式戦が近い時期に遅刻して練習時間を減らさないようにと帰る前にその事を注意しておく。
そして弥一は太一の車へと乗り込み帰宅する。
その姿を見送った後に京子はポツリとつぶやく。
「もしかしたら………勝也があの子を連れて来たのかもしれない」
1年前に勝也が亡くなり、今年はその勝也が可愛がった弟分の弥一が立見へとわざわざイタリアから帰国して入学してきた。
この滅多に無いであろう偶然に勝也が弥一を連れて来てくれた、京子にはそのように思えた。
「お前ら、特別視は分かってるだろうがすんなよ」
「当たり前だろ。勝也が認めていても駄目だと思ったらメンバーに選ぶつもりは無い、勝也だって望まないはずだ」
豪山は皆へと弥一を特別扱いはするなと注意する。勝也の関係者という理由だけで他の1年を差し置いてそんな扱いは部に悪影響が及ぶ可能性がある。
弥一の事はあくまで一人の部員として扱う。勝也の弟分だからと、イタリア帰りの天才だからとそれは関係無い。良いと思ったら選び悪いと思ったら選ばない。
勝也も生きていたらそうするはず、成海は彼もそうするだろうと思い自らもその姿勢でやっていく。
「お前も、いいな?」
「……分かってる」
豪山から言われると京子も頷く、彼女も弥一を特別視して私情でメンバーに選出などする気は無い。
ただ思い出すのは八重葉戦で弥一が打ちのめされた部員へ言った言葉。
「本気でサッカーやれよ!!」
あの言葉を言った弥一の姿が京子の目から見て勝也と重なっているように見えた。
未だ実力の底が見えない不思議な天才リベロの神明寺弥一。
勝也が導いて連れて来てくれたかもしれない小さな彼。
ひょっとしたら小さな彼が勝也に代わって全国に導いてくれるのではないか。
根拠とかそういうものは無い。
ただそう信じてみたくなってきた。
その為にはマネージャーとして部の強化に全力を尽くす。
それが今も勝也を深く愛している京子の出来る事だ。
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