第41話 幸せからの絶望


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 冬の選手権、立見の挑戦は終わり12月24日。


 世間ではクリスマスイブだ。



 町ではその雰囲気一色となる中、立見サッカー部の方では普段通り練習が行われていた。


 来年どれくらいの後輩が来るのか分からないが先輩として恥ずかしくないよう力をしっかりとつけておく必要がある。



 紅白戦、勝也は一人二人と躱して右足でシュート。右隅へと飛びキーパーのダイブは届かずゴールネットを揺らした。


「すげぇな勝也の奴、また腕を…いや、足を上げたか?」

「本当、此処でまだ上達して行くんだな」


 勝也のプレーを見た成海と豪山、二人から見て勝也はどんどんと上手くなっている。好調であり来年も活躍してくれるのは間違い無さそうだ。


「二人も、これからまたレベルアップしてくれないと困る」


「それは勿論……頑張っていくよ」


「これ以上調子乗らせねぇぞ勝也ー!」


 二人が勝也の成長にしみじみしていると京子から自分達も成長しろと冷静に言われると成海は苦笑、豪山はボールをキープする勝也へと向かって行った。







「智春の野郎、派手に来やがってぇー…」

 帰り支度をして学校の正門を通る勝也、豪山がさっき自分を止めに来た事を言う表情は晴れ晴れとしていた。


「顔…嬉しそう」

「そうか?」

 隣を歩く京子は言葉が文句っぽいのに対して顔が嬉しそうだというのをそのまま伝える。彼の成長が嬉しいのかもしれない、付き合いが長くなってきたので京子も分かってきている。



「なあ、京子。ちょっと町…歩かない?」

「うん」


 普段はそのまま駅を向かう勝也だが今日は京子を誘って立見の町を歩く事になった。


 今日がクリスマスイブという事で町はその雰囲気一色となっており各店舗ではクリスマス関係の商品が多く売り出されている。

 更に何組かの男女が寄り添って歩く姿が見えた。



「クリスマスかぁ…欲しいのあったら京子なら炎のシュート撃てる所が見たいとかそんなんか?」

「そんな非現実な頼みはしない、もう現実のサッカー分かってるから」


 最初の漫画寄りの知識の京子を思い出しつつ、京子らしい願いならこれかなと勝也は明るく笑った。

 京子にとっては昔の話であり今はそういう事は言わない。本人としてはもう理解しているつもりだ。



「ホント、出会った時あれはマジで驚いたし!」

「からかうつもりで誘ったの?」



「ちげぇよ」


 笑っていた勝也が急に真顔となって京子と向き合う、これに京子も勝也の顔を見て互いを見る格好となった。




「これ以上は抑えられなくて我慢の限界だから言う、俺………京子、お前が好きだ」

「!」


 突然の勝也の告白に京子は驚かされ、その中で勝也は更に言葉を続ける。



「中学からずっと、ずっと好きって思ったけど告白の勇気が出せなかった。だから今まで仲良い友達でいたけど……もう友達じゃ嫌だ。俺はお前と…それよりもっと特別な関係になりたい」


 告白する勝也の顔は赤い、ただ京子の事はしっかりと見つめる。遊園地の時言いそびれた事、今回は残らず想いを伝えると勝也は決めていた。


 そして勝也が一通り言い終えると…。






 ぎゅっ




 京子は勝也の首の後ろに両手を回し、勝也に抱きついた。


「!?き、京子…?」


 これに勝也の心拍数は一気に上昇。身体も熱くなっていくのを感じてこの時冬の寒さなど完全に忘れてしまう。



「……私は初めて貴方を見た時からずっと想ってた。あの試合を見た時から…」


 勝也の耳元で京子も自分の想いを伝える、勝也が想いを抱く前よりも京子は想っていた。あの小学生時代からその想いをずっと秘め続けていた。

 彼女もまた友達ではもう満足出来ない。


 それがやっと通じて京子も嬉しかった。



 至近距離で勝也は京子の微笑んだ顔が見えた。それは今まで見た京子の姿で最も可愛く、最も美しかった。



「京子…」



 今のこの京子を誰にも見せたくない、手放したくない、その想いから勝也の顔は京子へと近づく。勝也の両手は京子の背中へと回していた。



 互いの唇が触れる所まで近づき勝也、そして京子も目を閉じる。





 想い合う二人が唇を重ねた時、空から雪が降って来ていた。



 天が新たなカップルの誕生をまるで祝福するかのように、世間はホワイトクリスマスを迎えようとしている。








 季節は新たなる年を迎え、勝也は高校2年生にこの春なって後輩を迎え入れる側となる。



 立見サッカー部で進学が決まり、この部に入る事を考えている中学3年を対象にした練習会を企画し、実行してきた。来るのか怪しいと当時は思っていたがやってみれば新設された1年だけの部というのがSNSの口コミで広まっていたのか人は集まって来る。



 その中にはサッカー経験者にして中学ベストイレブンにも輝いたDF間宮啓二、その友人でシャドウボランチのMF影山真樹、快足自慢の右サイドDF田村草太、若干小柄ではあるが高い技術でゴールを守るGK安藤次郎。


 優秀な数人がこの立見に入学し、サッカー部へと入部してくれる。


 聞けば新設されたサッカー部に興味が元々あって1年目で強豪相手に2点取っている姿に惹かれ、入る事を決意した者とかも居るようだった。



 去年のあの本気のサッカーは無駄ではない、おかげで新たな後輩達が来てくれたのだ。


 彼らをしっかり鍛えて早く高校で戦えるレベルに引き上げる。


 先輩として勝也はしっかりと後輩達を指導する事を決めた。



「常に全力で走ろうとするなよー!そんなもん80、90分持つ訳ねぇからな!はい、此処でダッシュ!!」


「ぐ、おぉぉーーー!」

「はっ……はぁ…!」


 メガホンを持つ勝也はグラウンドを走る後輩へと声をかけ、ダッシュするタイミングを伝える。それに合わせ後輩の1年はダッシュをかけていた。


 先頭を走っている間宮は中々ガッツあるようであの気迫は2年の中でもそうはいない。影山は少し疲れが見えているが間宮にしっかりとついて行き、正反対のタイプみたいだが良いスタミナを持つ。

 スピード自慢の田村は最初流石の足で先頭を走っていたが調子に乗ったのか後半はバテている、体力作りにペース配分が今後の彼の課題か。



「………」


 京子は勝也の指導する様子をマネージャーの仕事をしつつ見ていた。





 新たなる部室は3月に出来上がり、部員の間ではやっと着替える場所に困らなくなると喜ぶ者が多かった。


 思ったよりも大きく立派な部室が出来上がり校長は随分と奮発してくれたらしい。



 今日も練習が終わり、それぞれが帰宅していき外で1年が片付けをする中で勝也は部室でスマホを見ている。


 手が空いたと思い京子は勝也の姿を見て話しかけた。




「勝也、最近どうしたの?」

「どうしたのって何がだよ?」


 京子に話しかけられ、勝也はスマホの画面から京子の方を見る。



「前は積極的にトレーニングしたりと身体を動かしてたのが最近は後輩の指導が多くなってる」


「そりゃあ、期待のルーキー達にはいち早く試合で出せるようにしておきたいからな。監督やコーチによる指導、今ならちょっと分かる気がするよ」


 指導された側から指導する側へ、それもプレーしていた時に感じなかった難しさがあったりするが間宮達を早く実戦で使えるようにしておきたい。これが監督とコーチの気持ちなのかなと勝也は小さく笑った。


「でも、自分で練習参加が少なくなってる。軽くボールを蹴るぐらいで」


「ああ…心配してくれてんなら大丈夫だ。別に怪我とかしてねぇからな」


 勝也が何処かを痛めていて練習を控えている、というような様子は無い。京子から見て勝也は何処も怪我は無い、ただそれでは何故自分の練習時間を削り最近は後輩の指導に費やすようになったのか疑問は消えない。



「そう……」


 そこに京子を呼ぶ後輩の声が聞こえてきた。


「ほら、後輩が呼んでるから行ってやれ先輩」


 勝也にそう言われ、京子は部室を後にする。








 この時全く思っていなかった。


 これが最後になるとは。








「勝也」


 1年も大体が帰って行き、先程の話の続きをしようと京子は部室へと戻って来る。


 だが、その部室はさっきとはまるで雰囲気が違う。



 先程まで日常を過ごしていたはずの勝也。



 彼が部室内で倒れていたからだ。



「!?勝也!」

 これに京子は駆け寄り勝也を呼ぶも勝也は反応を見せない、意識を失っている。



 冷静な京子もこの時は動揺、そして震えた手でスマホを持つと病院へ連絡。




 部室はあっという間に慌ただしくなっていった。


 顧問の幸が職員室から駆けつけ、更に帰宅したはずの成海や豪山も慌てて駆けつけて来ていて彼の容態を心配した。



 やがて救急車が到着、勝也は救急隊員の手によってストレッチャーで救急車に乗せて病院へと搬送される。





 幸、成海、豪山、京子の4人も搬送された病院へと来ており、それぞれが深刻な表情を浮かべている。



 京子はこの時後悔していた。



 異変には自分が気づいていたはず、なのにもっと早く言って対応が出来なかった。何であの時言わなかったんだと。



 震える京子を見て幸は寄り添う。



 病院に勝也の父と母が駆けつけて更に兄の太一も慌ただしくやって来た。




 今勝也はどうなっているのか、それは家族である彼らにしか分からず部外者である4人は立ち入る事が出来ない。



 とにかく勝也の無事を願うしか4人にはする事がないのだ。







「うあああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」



 その時泣き叫ぶ声が聞こえた。



 太一の声だった。




 一体どうしたのか、4人はその声の方へといてもたってもいられず向かった。




 勝也達の居る病室内、太一の声は此処から聞こえた。



 他の患者の声が聞こえたりしたがこの時の彼らは何も耳に入らなかった。







「あの年で末期癌なんて可哀想に……」


「高校生ぐらいだろあの子…?早すぎるよ…」









 彼らは見てしまった。


 深い悲しみに襲われる母、その肩を抱きつつ涙する父。


 床に突っ伏して泣き叫ぶ太一。







 そして病院のベッドで眠り、もう永久に目覚める事の無い勝也の姿を。








 幸は優秀な教え子を失い、成海と豪山は親しい友人を失い、京子は愛する恋人を失った。



 インターハイの予選前。一同を絶望の底に叩き落とす出来事は彼らにとって一生忘れる事は無い…。






 神山勝也 17歳 立見高等学校2年生



 末期癌によってこの世を去る。


 あまりにも早すぎる死だった。

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