第40話 彼の本気のサッカー
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
元々勉強はそんな得意ではない勝也、頭脳明晰なマネージャーが傍にいなかったら受験は危なかったかもしれない。
4人で集まり勉強会。更に鈍らないように息抜きとしてボールを蹴ったり身体を動かし、時間の経過は早く感じて秋が過ぎ去り再び冬を迎える。
勝也の家で何度か高校サッカーを見てきた、そして今年もまた炬燵入って再び勉強しつつ高校サッカーをテレビで見る。
「今年俺ら立てんのかな?テレビに映る場所に」
「立てるかじゃないだろ、立つんだよ」
豪山がテレビを見ながら言った言葉に勝也は力強く答える。まだ何も始まっていないが今高校生プレーヤー達が居るフィールド、憧れて来た高校サッカーのフィールドに絶対立つ。
「勝也、そこ違うぞ」
「げ…!」
とりあえず現時点の最大の難関は勝也が受験に合格出来るかどうか、それにかかっていた。
迎えた立見高等学校の高校受験。
この日の為に勝也は準備をしてきた、人生で一番勉強して仲間に教えられて支えてもらった。家族にも応援してもらい前日にはカツ丼を食べようとしていたが受験間近にそれは駄目だと言われる。
ゲン担ぎとして受験に勝つという意味で良いと思っていたが母から消化のために胃や膵臓の方に血液が行ってしまって脳の活動を一時的に悪くしてしまう可能性あるからと言われ、カツ丼は控える事にしたのだった。
代わりに身体を温める味噌汁を朝からいただき、更にオレンジ等のフルーツも口にして勝也は家を出る。
不思議と身体はリラックスしていた、緊張はあるものの大丈夫。
そんな気がして勝也は大勢の受験生が居る中の教室で受験を迎える。
開始と同時に今後の人生を左右するであろう白い紙へと向き合うと勝也は自然と手が動く。
これは解ける!
脳は過去最高の働きを見せ、バッチリと答えられて問題の答えをどんどんと書き進めていく。
そして勝也が全ての問題を書き終えた時に受験は終了。
まるでサッカーのひと試合終えたような感覚だった。
ただ今回は絶対に負ける訳にはいかない試合、勝たなければ自分のやるべき事が何も始まらない。
後は合否発表の時を待つだけ。
昔ならその高校に行って緊張しながら合否発表の掲示板を見に向かったものだったが今の時代ではホームページから確認出来るようになった。
その時が来るまで勝也はとりあえず受験が終わり、気が抜けて家に帰りひたすら眠る。
合否発表の時。
柳石サッカー部の部室で緊張して中々ホームページの画面へと行けずにいた勝也、勉強に付き合った成海、豪山、京子も自分の発表はこの時に初めて見る。
誰一人として欠ける訳にはいかない、意を決して勝也は立見のホームページを見る。
受験の発表はもう出ている。
4人はそれぞれの受験番号を確認。
「「あった」」
それぞれの番号があった。そして心配していた勝也の番号もあり、勝也は立見の高校受験に合格。
晴れてこの春から立見高等学校の生徒となる事が確定したのだ。
まるでゴールを決めたかのように勝也は喜び、成海や豪山とも喜びを分かち合う。
その様子に京子はおめでとうと祝福の言葉をかけたのだった。
中学を無事に卒業した4人、そして彼らは春を迎え立見高校のグレーブレザーに袖を通す事になる。
創立から50年程になる立見高等学校、スポーツに力を入れている事で知られ此処までサッカー部が作られていなかったのが不思議なぐらいだ。
立見は主に野球の強豪校で知られていてサッカーよりそちらに流れる方が多い。加えて今世界的に有名な選手が活躍して野球ブームは熱くなってきた。
サッカー部を作ろうとした者は居た事はあっても人数が集まらず部として正式に決定されず流れていたのだという。
今回の勝也もそれと同じ道を辿るのか、しかし彼には実績と仲間の2つに恵まれている。
小学生時代の全国優勝、中学生時代の全国ベスト4。
中学のチームメイトである全国レベルのプレーヤー、成海と豪山。更に敏腕マネージャーの京子。
「俺がこの高校に居る間必ず全国に通じる、いや。全国制覇を狙える部にしてみせます!!」
4人で職員室にて部を作ってもらうよう頼み込む中で勝也は強く宣言した。
そしてそれを聞いていた校長がその熱意を買ってサッカー部の活動を許可してくれたのだ。部室も作ってくれるという事だが今は専用の部室が無いので我慢してほしいと言われるが部の活動が出来るなら良い。
顧問には知識は浅いがサッカーが好きという事で若い女性教師の幸が部の顧問に選ばれる。
サッカー部の勧誘は始まり、人気スポーツのサッカーという事で人は集まって来る。更に中学時代に柳石で一緒だったチームメイトも何人か立見について来てくれていて経験者である彼らも入って来てくれた。
芝のグラウンドが立見に元々あり、ラグビー部やアメフト部が合同で使っていたが空いている時間にサッカー部も使わせてもらう。
それまでの空き時間は基礎練習で体力作りで80分や90分戦えるスタミナを付ける時間でほとんど消費する。
「ああ!皆、これこれ!インターバルトレーニングって凄い効果じゃないの!?」
「先生、これは毎日やるようなトレーニングじゃないから週2回までで」
「あ…そうなんだ」
SNSで幸はこれは凄いトレーニングだと目を輝かせて皆へと見せると京子はこれを毎日ではなく週2程度が丁度良いと冷静に伝え、その後に部員達にも聞けばこのトレーニングの取り入れは決定。無論毎日ではない。
ユニフォーム等は幸が祖父へと自分がサッカー部の顧問というのを話すと率先して力になってくれて知り合いのスポーツ店にユニフォームやジャージを作らせてサッカー部へと送ってもらう。用具なども手配してくれた。
監督やコーチの決められてきた練習とは違う、自らそれぞれが考えて練習メニューを作る。高校1年の今頃は基礎練の毎日だろう、特に名門校ともなれば。
だが此処はそれとは違う、独自で考えて効率良くて飽きない練習方法が出来る。そこが名門校には無い部員主体の強みだろう。
自由ではある、しかし出来たばかりのチームでグラウンドを使わせてもらえる時間に限りがあって更に選手層があまりに薄い。
集まった人数はマネージャーの京子や顧問の幸を除けば15人。
なんとか試合の出来る人数ではあるが、要の選手などが怪我で抜けでもしたらチームが総崩れになりかねない。
「今からインターハイは…流石に間に合わないよな」
1年の教室、休み時間の合間に勝也のクラスに成海と豪山が集まり話し合っていた。それぞれ昼飯を持って此処で食べるつもりだ。
部員はなんとか集まってくれた。練習も開始出来たが今からインターハイに出場は流石に無理がある。
3人含め、経験者は何人か居るものの数人は基礎がなんとか出来ている程度だ。それが公式戦で通用するとは成海には思えない。
「いや、登録したぞ?」
「は?」
これに勝也は当たり前のように今回のインターハイに出るとおにぎりを一個平らげ、お茶を飲んで告げた。この言葉に豪山は呆気にとられ手に持ってたカレーパンの袋を机の上へと落とした。
「だからインターハイ、うちも出る事確定したからな。もう予選まで時間無いから効率良く練習してレベルアップしないと駄目だぞ」
「正気か…?通用するのか出来たばかりの部の俺らが」
成海も信じられないといった顔で勝也を見ていた、この決断はあまりにも無謀過ぎる。いくらなんでも。
「たらたらやってる暇なんか無いだろ、たった3年なんざあっという間だ。デカい公式戦が試合経験を重ねるのにピッタリなのはお前らも分かるよな?成長のチャンスを自分から手放すなんて勿体無い事してられるか、それに…負けると何も決まってない」
だが勝也は強気であり、決断を曲げる気は微塵も無い。
冗談を言っているような表情には到底見えない、真剣そのものだ。3年の付き合いで成海と豪山は分かる。
こうなった勝也は絶対に譲らない、と。
確かに練習試合を申し込んでも出来たばかりのサッカー部とわざわざ練習試合をこの時期にしてくれる高校などは早々見つかりはしない。
なら絶対に試合出来る確実な方法がある。
公式戦に出る事だ。
練習どころかぶっつけ本番、文句無しの実戦だ。
負けたら終わりの一発勝負。練習と違い観客の目もある。本番独特の緊張感があるだろう。
だが臆する事は無い、勝也はもう前へ進む道を既に選んでいるのだから。
迎えたインターハイの東京予選。
相手は都内で中堅ぐらいの実力を持つ高校。勝てない相手ではない、だが前半は互角に渡り合い0-0で持ちこたえるも後半は立て続けに2失点。
勝也がPKを取り、1点を返すも後半終了間際に前がかりに攻めた所へカウンターで1点を取られて3-1で敗戦。
まだ身体が80分の感覚に慣れていなかったりと色々な要素はあるが初めての立見の高校サッカー公式戦はインターハイ1回戦敗退。
試合を、それも公式戦を経験し彼らはそれを大きな糧として更に夏や秋と限られた環境で練習に励み続けた。
勝也は次の選手権で絶対勝つぞ!と選手達を鼓舞して引っ張ったり経験不足の同級生を指導したりもしている。
中学の時もかなりの熱量だったが高校に入ってからの勝也はそれ以上だ。
その時代、その時間を共にしてきた成海、豪山、京子から見てそれがよく伝わってきていた。
季節は冬、目標の選手権大会の時が来る。
勿論立見も登録はしており此処で予選を勝ち抜き全国を目指して更にその先の全国制覇。最大の目標を掲げ、彼らの挑戦が始まる。
しかしその前に立ち塞がる東京の強豪校、1回戦から当たってしまうくじ運の悪さが出てしまった。
優勝候補の一校にもあがっているぐらいであり下馬評は圧倒的に立見不利、それが世間の声だ。
下馬評を覆そう、試合前に全員がそう意気込んで気合を入れて冬の公式戦へと臨む。
だが伊達に優勝候補と言われてはいない。
早いパス回しの連携に個人技、組織的守備と攻守に隙は無し。
ボールを支配されて追いかけるも振り回され、体力を消耗させられてばかりだ。
守りは立て続けに失点していき相手のミドルシュート。更にアクロバティックな高難易度のシュートが炸裂すれば観客から歓声が湧き上がる。
派手なシュートが決まり圧倒。強豪校の凄さばかりが際立ち、立見は最早その引き立て役のようなものにまで成り下がってきていた。
前半が終わり4-0。
この点差は致命的であり此処から逆転とはこの場の誰も思わない、前半に立見はシュートの1本も撃てておらず守りに追われてそれで4点取られている。
後半もこのまま行くだろう。それが世間の予想だ。
4点のリードがある相手チームの方も余裕そうであり談笑している姿が見える。
「(やっぱり…甘くないのか、高校は)」
「(俺ら、こんなもんだったのかよ…)」
完全に相手のリードで前半が終わりロッカールームへと戻る成海、豪山はいずれも相手との力の差を思い知らされ心が折れている。
他の皆も同じだ。
むしろ1年目の部で1年ばかりの部員にしては強豪に4点で抑えた、むしろ賞賛される方だろう。
「み、皆よくやってるよー。優勝候補相手に健闘できてるって…」
重苦しい雰囲気。顧問として声をかけなければと幸は元気づけようと言葉をかけるが雰囲気は変わっていない。
京子もこの状況に黙って見守るしか出来ない。
このまま後半を迎えて好き勝手にやられる事になるのか。
誰もがそう思っていた時に勝也は立ち上がる。
「何だよ今日のサッカーは!」
声を張り上げる勝也、その声には強い怒気があり顔も怒りに染まっていた。
「何時もの動きが全然出来てないじゃないか!そんなガチガチの保守的サッカー、強豪どころか格下にだって負けるだろうが!」
「保守的って、そんなつもりねぇよ…!」
「いーや!何時もならもっとガンガン突っ込んでる所を行ってない!そういうのが出来てりゃ此処まで失点なんかしてなかったんだ!」
選手達としては保守的なつもりは無い、しかし勝也からすれば皆が知らず知らずの間強豪に飲まれ萎縮してしまって保守的なサッカーへと走っていた。そのように思えたのだ。
これでは何も勝てない、勝也は本気で怒った。
「今日のお前らは最低の弱さだ!こんなんで全国行けると思ったのか!?このまま負けて悔しくないのかよ!悔しいなら……!」
「本気でサッカーやれよ!!」
不思議とその言葉が深く突き刺さった。
このまま終わる前に全部出し切る本気のサッカーをする。
勝也のその言葉は立見を大きく変えた。
後半に入り、いきなり必死で相手を囲んで強いプレスをかけてボールを奪い去り速攻を仕掛ける立見。
ボールをキープする成海は身体をぶつけられるもテクニックではなく強引に一人突破して豪山の前へと落とすスルーパス。
相手DFとキーパーが走り、豪山も走るとそれぞれが交差し激突。
ゴールは空いているゴールへと転がっていくとラインの方まで行って審判はゴールの判定。豪山は触っておらず、DFとキーパーも触っていない。成海のスルーパスが結果としてゴールまで伸びて公式判定は成海のゴールとなった。
1点を返した、豪山とキーパーは大丈夫そうだが相手DFは今の激突で負傷。
想定外の負傷に相手ベンチが急に慌ただしくなってきた。
「もう1点もう1点!今の流れのうちなら取れるぞー!」
後ろから勝也は声をかけ、手を叩き勢いを後押しさせる。まだ3点差あるので浮かれるのは早すぎる。
この1点、そしてアクシデントで流れは立見にあり。
相手が攻め込むも勝也の激しいショルダーチャージが炸裂。この荒っぽい守備に笛は吹かれず倒れた選手は「何でだよ!」と納得いかない表情を見せて怒り、勝也はその間に前へとパス。
今度は成海にきっちりマークがついておりゴール前の豪山にも当然の如くマークはついている。攻撃の要二人をフリーにするはずが無い。
そこに声が届くと中央へパスが折り返される。走り込んでいるのはパスを出してすぐ前へ上がった勝也だ。
今彼に誰のマークも無い、誰の邪魔も無い。
勝也は迷いなく自分の右足を思いっきり振り抜いた。
シュートは勢いよくキーパーへと向かって行く。キーパーは構えている。このまま正面で取る。
だがシュートは急に変化した、回転のかかってない無回転シュート。どう変化するか相手にも撃った本人にも分からない。
急に落ちたボールにキーパーはとまどいボールをかろうじて右手に当てるとそれはゴール左隅へと飛んでいき、入る。
かと思えばポストへ激突。
だがそれでは終わらない。
ポストに当たったボールはその後キーパーの背中へと当たり再びゴールへと向かって行く。
これにキーパーが勢いよく飛び込むがゴールはラインを割っていてゴールの判定となる。
勝也のゴールだ。
2点目が立見に入り、観客からは驚きとどよめきの歓声。そして立見の方は大盛り上がり。
2点差、行けるかもしれないという所まで来た。
息を吹き返した立見は更に攻勢に出る、それに対して相手はこれ以上はやられまいと意地で必死の守備。
時間だけが過ぎ、中々チャンスはつかめない。
その中でチャンスを掴んだのは相手の方だった。
後半終了間際に一瞬の隙をつかれ1点を取られ、再び3点差。
これでもう大丈夫だと相手側はホッと一安心。
しかし立見の方は諦めず最後まで戦う。
ボールを追い続け、ひたすら戦い続けた。
だが試合は無情にもこのまま終了。
5-2。
高校1年目の最後、強豪に対して意地を見せて本気でぶつかった試合はプレーした彼らに、見ていた者達に何かを残したかもしれない。
そんな1戦だった。
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