第47話 ホットでクールなDF


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 高校サッカーのインターハイ東京予選はそれぞれ4支部で予選があり、そこで多くのブロックに分かれて戦い勝ち抜いて行く。それぞれのブロックの勝者が1次予選のトーナメント、そして更にその先の2次予選を勝ち抜いてようやく全国への道が開かれる。


 支部予選、1次予選、2次予選。この3つを勝ち抜かない限り全国の光を浴びる事は無い。



 4月22日 土曜日




 ついにインターハイ東京予選の時がやってきた。



 午前8時に会場へ集合する立見サッカー部、場所はスタジアムのように多くの者を収容出来ない小さな会場。支部予選の規模、新設高校同士で観客は意外と多く入っている。

 昨年選手権を東京ベスト8まで勝っている実績があるせいか注目度は高くなっているらしい。




「間宮せんぱいー、背中押しましょうかー?」

「ん?………おう、押せ」


 立見イレブンがウォーミングアップの時に弥一は柔軟をしてる間宮へと小走りで近づき、アップの手伝いを申し出る。それに間宮は辺りを見ると手の空いてそうなのはいない。


 今目の前に居る暇そうな弥一以外は。だったら手伝わそうと背中を押してもらう事にした。



「間宮先輩には中央頑張ってもらわないといけないですからねー」


「…………」



 センターバックは中央の守備を支えるだけではない。キーパーと同じく後ろからの状況がよく見えるので全体を見てコーチング、前線へと大きく蹴ってパスを送れる正確なフィード能力。当然足元の技術も求められ、更に冷静な判断力とカバーリング。


 様々な能力がマルチに求められるポジションだ。


 中学時代ベストイレブンにも選ばれる程の優秀なDFである間宮は守備を支えてきた。実績と経験から自分が守りの要であるという自負がある。


 そして自分が引っ張ろうという責任感があり、それが闘志溢れるプレーとなってくる。



 だが、今自分がこの立見において守りの要かと言われると正直疑問だった。


 あの八重葉戦で弥一がいなかったらもっとやられ、点差をつけられて負けていたかもしれない。



 小柄で生意気な後輩、大口を叩くマイペースな態度は高校サッカーを軽視してるようで腹が立つ所はある。



 しかし実力は多分間宮を超える。


 間宮では出来ていなかった照皇封じを弥一はやってのけた。



 経験やパワー関連では間違いなく間宮が上、それを凌駕する天性のセンス。洗練されたポジショニング、そして常識では有り得ない程の驚異的な読み。


 世間ではこういうのを天才と言うのだろう。そして本当の守りの要はきっと彼だ。



「フン…どうせ自分で俺が守りの要で一番強い、俺一人で充分とか思ってんだろ。照皇を抑えてんだからよ」


 表面では持ち上げても内面では自分が一番だ。そう思ってるんだろうと間宮は背中を押す弥一に思ってる事をそのまま言った。


 天才の照皇を抑え切って天狗にでもなっているのだろうと。



「別に思ってませんよ?誰が守りの要とかどうでもいいですから」


「なに?」



 弥一は拘っていない、自分が守りの要とかそういう事にはまるで興味が無いかのような。



「だって守備って皆でやるもんですから、僕一人で全部止めるなんてそんな漫画みたいな事無理ですよー。有り得ない必殺技でデーンと巨大な壁出現!とかでもしない限り」


 間宮の背中を押す弥一はマイペースに笑った。自分一人いれば充分とは全く思わない、思うはずがない、サッカーでDF一人で全部の攻撃を止めるなど出来はしない。


 それこそ漫画以上の事だ。



「田村先輩みたいな素早いサイドバックとか、間宮先輩のような力強くて高さあるセンターバックの存在は心強いですから」


 弥一の視線の先には軽く走り足の状態と今日のグラウンドの感触を確かめる田村の姿。間宮と同じ2年DFで間宮が中央、田村がサイドの守備をそれぞれ支える。

 その2つの守備は必要であり大事だと言い切って弥一は間宮から離れる、一通りの柔軟は終わりだ。



「勿論最後尾に上手く頼れる守護神もいれば超安心で、中盤や前線でボールをキープして守備の息継ぎの時間稼いでくれるとかもありがたいですし、結局守備は皆いてこそですよ」


 全員の守備が大事。それぞれが大事な役目。他にも色々な要素はあるが根っこは全員居てそれぞれの役目をこなす、それが結果として何者をも通さぬ鉄壁の守りに繋がっていく。



「は………」


 間宮はとことん己が不甲斐ないなと思った。


 弥一の才能に嫉妬して嫌な事をつい言ってしまった、そして自分が守りの要となるのに拘り見失っていた。


 一番基本的で当たり前の事を。



 年下の天才への嫉妬と拘り、それが間宮の中であった。


 乱暴に掴みかかった事もあった。



 普通の後輩ならそれで先輩を恐れて近づくような事はしない。だが弥一は違った。



 まるで恐れる事なく間宮に近づき話したり、今も柔軟を手伝いに来てくれたりした。そして回りと変わらずマイペースに笑う。




 自分は何やってたんだろうなと思わず間宮は笑いが出て来る。



「お前、やっぱムカつくわ」


「ええ?なんですか急にー」


 背中を向く間宮は弥一に突然そう言って弥一は何か喧嘩売ったような事言った覚え無いと納得いかなそうだった。



 そしてそのままベンチへ向かう途中で間宮は再び言葉を発した。



「今日はお前の出番は無ぇ、ベンチで大人しく座って高校サッカーを学んどけ」



 そう言ってベンチへ向かって歩き、風で赤髪を揺らす間宮の後ろ姿、その背中を弥一は見送る。









 午前10時のキックオフ開始時間が近づき、フィールド中央では両キャプテンが審判団と共に居てコイントスでどちらのゴールを攻めるか、キックオフはどちらのボールから始めるかが決まる。


 コイントスの結果は遊歩が先攻となり彼らのボールから開始となる。


 成海は審判団や遊歩のキャプテンとそれぞれ握手を交わすと立見イレブンの元へと駆け寄る。




 そして円陣を組んで掛け声。



「立見GO!」


「「イエー!!」」


 成海の掛け声から全員揃えての声、そこから全員フィールドへ散ってポジションへとつく。




「いよいよ公式戦の初戦…!み、皆しっかり頑張れー!緊張して固くならないでねー!」


「先生が一番固いです」


 ベンチに座る幸は公式戦で皆が固くなって動きが鈍らないよう言葉をかけていったが明らかに緊張している。生徒以上に緊張している事を京子が冷静に伝えつつ試合を見守る。




 控えの1年もそれぞれがベンチで待機し見ており、弥一は八重葉の時みたいに勝手に動き回るなと摩央から注意されてから座っていた。





 ピィーーー






 試合開始早々、遊歩は仕掛けて来た。右サイドから展開し、中央を避けてサイドバックを走らせる。意表を突かれたか自陣へと早くも攻め込まれて行く。




「!これ、不味い!?」

 開始早々仕掛けて来た遊歩に摩央は不味いと感じてベンチから立ち上がる。



「大丈夫でしょ」

「え?」

 しかし弥一はそれを見て全く慌てはしない。







「中央に今、ホットでクールなDFが居るから。あれぐらいの攻撃跳ね返してくれる」



 弥一の視線の先、そこには間宮が居た。





「後藤!7前来てる!」


 相手の奇襲によるサイド攻撃に間宮は声を上げて指示、荒々しくありつつも冷静だった。




 止められる、決めさせない。



 サイドから相手は横パスで中央への攻めへと切り替える。



 だがそこに待ってたとばかりに間宮がボールをインターセプト。苦しくなったら相手が此処に出すのを完全に読んでいた。


「行けー!田村右甘いぞー!」

 相手が奇襲で前がかりになり、両サイドバックが上がって戻りきれていない。


 間宮はそこを見逃さずパスを出して田村を走らせる。


 快足を飛ばし右サイドを独走。



「(お、これ…行ける!)」


 田村は相手の陣内まで入り、エリアを見れば豪山にマークはついているものの陣形が整ってなく薄い守りになっている。これに田村はクロスを上げずにエリア内へとドリブルで切り込んだ。


 これに意表をつかれ、相手DFは慌てて止めに行く。


 寄せてくる前に田村は角度はやや厳しいがエリア内の右から右足を振り抜きシュート。



 かろうじてGKがシュートを手に当てて弾くと、その当たったボールは相手DFへと当たってそれはゴールへと転がって行く。DFが追いかけて出そうとしたが間に合わずラインは割った。



 相手のオウンゴール。



 相手の奇襲を間宮が動じず熱く、冷静にコーチングしつつ攻撃を防ぎ、それをカウンターへと繋げて相手のオウンゴールとなって先制点をもたらす。


 ポジションへ戻る田村と間宮はハイタッチを交わした。





「守り気ぃ抜くなよ!1点も許すな!」


 そして間宮は声を出して守備を引き締めさせる。


 心は熱く、思考は冷静に。




 それが出来ている今の間宮は崩れはしない。


 的確なコーチングで相手を思うようには攻めさせず、味方がボールを奪う。




 自然な何時ものプレー、だが何時の間にかそれが鉄壁の守備となる。そして今間宮は守りの要となって相手の攻撃を止めていた。

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