第17話 異なるオフの過ごし方


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。













 立見サッカー部が4月に入り初めて練習試合を行う相手がいきなりの高校サッカー界の王者、静岡の八重葉学園。

 日程を告げられて翌日から行われる朝練はより熱が入るだろうと思われたのだが……。




 4月8日 土曜日 午前8時


「zzz~」

 本来なら朝練の時間はもうとっくに始まり、終わりを迎えそうな時間帯なのだが弥一は起きる気配無く家のベッドで存分に睡眠を堪能中だ。


 今日は学校自体が休みであり各部活も休み、勿論それはサッカー部も例外ではない。

 部活に打ち込むのも良いが休める時にしっかり休む。それもトレーニングの内だ。闇雲に練習量を多く積んでもそれは怪我の元。


 練習する時はしっかり練習、休む時もまた同じ。



 今日が休みというのを分かっていたので弥一は夜にグルチャで摩央や大門と話しており、自分のやっているアプリゲーで魔王のキャラの限定ガチャ魔法が当たり「神引き最高ー♪」と自慢すれば同じゲームをやっていた摩央から「こっち爆死だよこの野郎ー!」羨ましがられ恨まれる。

 ちなみに大門はそのアプリゲーをやっていないので話についていけてなかった。


 そんな会話を楽しんだり馴染みの動画サイトで推しのグループの動画で笑って夜を過ごしていた。




「ふあ~あ~」

 8時10分、ようやく弥一は起床。

 洗面所へ眠そうにしながら向かって顔を洗い歯を磨く。家は弥一だけ、母の涼子は昨日から仕事で家を空けたまま。今日の昼辺りには戻って後は月曜になるまでは休めるそうだ。


 弥一は朝食に大きなメロンパンを食べる、行きつけのスーパーで安く売ってる菓子パンで値段の割にサイズが大きい。甘いパンだけでなくコロッケロールと惣菜の方も買っておりコロッケの方を電子レンジで温めている間にメロンパンは食べきる。


「あっつー、ちょっと暖め過ぎかなー…」

 レンジで若干暖め過ぎてコロッケロールを熱そうにしながらも弥一は美味しく食す、やはりコロッケは冷めた状態よりも暖かい方が美味かった。

 前に冷えたコロッケを食べてあまり美味しく感じなかった弥一は改めてそう思いつつコロッケロールも完食し、コーヒー牛乳も飲んで朝食はこれで食べ終える。



「どうしよ~……っと、ログボログボ」

 朝に起きたのは良いが特にする事の無い弥一、とりあえずやっているスマホゲー2つの方でログインだけしてログインボーナスを貰っておく。


 これからどうするかと窓の外を見れば弥一の前に広がる桜見町。

 学校で立見ばかり行っていたが此処に引っ越してからまだ桜見町をじっくりと回れてない、とりあえず軽く身体を動かすついでに町を見て回るのも悪くないと思って弥一は私服へと着替えてスマホをズボンのポケットに入れる。


 弥一の私服は青い半袖の服、上に長袖で薄手の黒いパーカー。白い短パンに赤いスポーツスニーカーという格好。



 土曜の朝、人通りは少なく外出し遊びに行く家族の姿や散歩しているお年寄り、ランニングしている大学生ぐらいの若者などが見えるぐらいだ。


 弥一は土曜の自由時間を楽しもうと目的地を特に決めてない散歩を鼻歌混じりに楽しんで歩く。早朝に学校へ行く時と比べると何時もの道が全然違って見えていた。



 その姿は近い日に高校サッカー界の王者との練習試合を控えるサッカー部員とは思えない、誰が見ても休日に散歩をする子供だ。


 とりあえず何時も駅まで行く通学路を歩き、桜見駅前までやって来た。此処に来ると先程よりも人が多く色々声が聞こえてきて賑やかだ。今日は特に電車に乗る予定は無い、此処まで来たのは良いがどうしようかと弥一は考える。

 ゲームセンターで時間を潰そうかとも思ったが開店時間は朝の10時から、スマホで時間を見れば時刻はまだ8時40分を回った所。

 此処で1時間半も流石に時間は潰せそうには無い。


 格闘ゲームでもやりたかったがそれを諦めた弥一は他の場所を歩いてみる事にする。



 賑やかな駅前から公園のある方向へ歩く、此処桜見では大きな公園があるようでまだ一度も行った事が無い弥一はそこに興味があった。

 大きな建物ばかりの場所から緑溢れる場所へとやって来る。





 桜見運動公園



 朝の土曜とあって子供達の遊ぶ声がこの時間からよく聞こえ、丁度ベンチが空いていたので弥一はそこへと腰掛けた。

 忙しい朝からの部活や学校もこの時だけは忘れてのんびり出来る。


 こうやってベンチに座ってただボーっとするのも悪くない、このまま眠ったら気持ち良いだろうなと弥一は此処で一眠りしようかなと欠伸し、若干の眠気がせまりかかって横になろうとしていた。





「呑気に昼寝か?神明寺」

「ん…?」

 夢の世界へと誘われかけた時、覚えのある声に起こされる。弥一が目を開けると自前の黒いジャージを着た優也が立っていた。

 走っていたのか頬に汗が伝っている。


「何で歳児が居るのー?」

「ひとっ走りして此処の公園のコースを回っていたんだ、そうしたら眠そうにしてるお前が居た」

 優也は桜見町住まいではない、その隣町住まいであり此処まで走ってきたのだと思われる。1年の中でスピードスターであり抜群のスタミナを誇る優也、この走り込みが速さやスタミナの2つを鍛え上げる事が出来ていたのかもしれない。



「熱心だねー、オフの日まで走り込みって」

「何時もやってる事だ。これをしない方が調子が崩れる、それに…あの八重葉と練習試合があるんだ」

 努力家だなと弥一は思ってたが優也は別にこれをそうは思っていない、ただ昔からやっている事だ。


「そういうお前は自主トレとかしないのか?」

「まあする時もあるけど今日はしないかなー、練習は朝練も含めて部活でたっぷりやったし。詰め込み過ぎたら疲労が蓄積していざって時に動けなくなっちゃうよ」

 休みの日も走り込んでいる優也と違って弥一はトレーニングするつもりは無い様子。

 練習は大事でも詰め込み過ぎは良しとしておらず、休む時は休む。強豪との試合が迫ろうがそれは変わらない。



「…向こう、イタリアだとそんな感じなのか?」

 休日を満喫する弥一に優也は彼の座るベンチの左隣に腰掛けて前を見たまま尋ねる。この日本とは違う異国の地で3年ほど過ごした弥一は一体どう過ごしていたのか気になった。


「イタリアではね。休息こそ最高の練習って言われてるんだよ」

「休息が……最高の練習?」

 弥一は前を向いたまま微笑んでイタリアでやっていた事を語る。弥一の言葉を聞いて優也は彼の方へと視線を向けた。


「向こうだと少年サッカーの活動は週3日、日本の半分ぐらいだね。朝練もしないよ」

「そうなのか…?日本と全然違うじゃないか」

 朝練が無い、その事に優也は驚きを隠しきれていない。朝練は日本では当たり前のように行われて必要だと思いやってきている。ヨーロッパの強豪国ではそれをしないというのは驚かされる。


「サッカーに限らず日本人っていうのは働き者だからね、僕が日本の事話したら向こうが驚いていたぐらいだ。練習し過ぎ、働き過ぎだって」

 弥一が日本のサッカーについて小学生の頃をイタリアのチームメイトである友人達へ話したら皆が驚いていた。朝練をせず活動が3日のイタリアサッカー少年からすれば大分変わっている、と。


「イタリアだけじゃなく、ヨーロッパのサッカー練習時間は90分から120分。これが何を意味するか…歳児、分かる?」

「90分に120分…」

 弥一から問われるヨーロッパの練習時間、その意味を考えると優也はハッと気付いた。



「90分、プロの全後半の試合時間。120分は延長戦の全後半か…!」

「そういう事。アディショナルタイム含めたらもうちょい長いけど彼らはほぼ試合時間と同じ練習時間をやってるんだ、試合時間を身体に覚えさせる為にね」

 彼らが行っている練習時間が実際の試合時間と同じという事に優也はようやく分かった。

 日本人が量を重ねて練習を行っていれば海外では質の方を重視している。質のある練習を90分で全て収める、それが海外のスタイルなのだと。


 聞けば聞く程日本と海外ではサッカーが練習から既に全然違う。日本の方が練習量は多い、しかしサッカーにおいて世界トップレベルの強豪国は日本より練習量が少ないにも関わらず強い。



「あ、日本が間違ってると言ってる訳じゃないからね?ちゃんと日本のサッカー強くなってるし。変わらず海外と比べて練習量は多いのは否定しようがないとして」

 弥一は別に今の日本のサッカーについて否定はしてないと付け足し、近年の日本は強く強豪国から金星を挙げる試合も見る。つまり日本の量による練習も成果が出ているという事だ。


「…つまりどういう事なんだ?」

「まあそうだねー、努力のやり方は国や人それぞれ。そういう事かな?オフの日に歳児は走り込みで調子を整え、僕は好きに過ごして休む。今みたいに」

 優也は走り込みで何時もより張り切っていた、レギュラーに選ばれて八重葉との試合に出る。それとは対照的に弥一は自主トレを全くせずにマイペースに遊んで過ごすオフ。


「一気に色々な世界を知ったな……」

「あ、ランニングの続き行くの?」

 ベンチから立ち上がる優也の姿を見てランニングを再開するのかと弥一は思ったが優也は首を横に振る。


「お前や世界を見習って、て訳じゃない。喉渇いたから飲み物買いに行くだけだ、それでもう少し休む」

「何か飲むなら僕も行くよー。アップルジュースとか無いかな?」

「オレンジの方がありそうだろ」

 優也が飲み物を買いに行くと聞いて弥一も何か飲みたくなって彼について行く為ベンチから立ち上がりついて歩く。


 異なるオフを過ごしていた二人は自然と並んで歩いていた。

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