第13話 影のような彼


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。










「あー………えー……い、1年の杉原摩央…今日から主務としてよろしくお願いします…」

 授業が終わり放課後の部活、その開始前にサッカー部の部室に集まった部員達の前で新たに入った摩央が紹介されて摩央は大勢の前で緊張しながら挨拶をする。

 補佐や見習いのような位置だが摩央は緊張でそれを忘れ、自分で主務と言ってしまってる事に気付いていないようだ。


 歓迎の拍手が部員達の手によって鳴り響き、人生で拍手された事など無い摩央は恥ずかしくなり顔をうつむかせている。



 今日の練習は芝生のフィールド全体をフル活用、1年対2年の紅白戦が行われる。同じ基礎ばかりより日々新たな刺激があった方が良いだろうとキャプテンの成海がこの練習を取り入れたのだ、その彼は主審を努めて豪山が副審。線審も他の3年達が務める。


 わざわざ成海が審判を務めるのは身近で選手のプレーを見て見極める、という狙いもあった。新たなる戦力を発掘し、チーム力を上げる。更に自分達3年が卒業した後を任せられそうな者が見つけられたら言うこと無しだ。

 主務になったばかりの摩央は用意されたサッカー部の部員が着る青ジャージに着替え京子や他のマネージャー達と一緒にボールやドリンクの準備をしている。




「え、僕1年のキャプテン?」

 軽くアップを済ませてから1年達で紅白戦の前にミーティングが行われており、離れた位置でも2年が輪を作って話し合っている姿が見える。

 赤が2年で白が1年だ。


 その中で弥一は1年チームのキャプテンをやってほしいと頼まれていた。

「そりゃこの中で一番サッカー経験あって上手いのお前だし、イタリア留学で色々知ってるだろ?」

 勧めているのは弥一と初日のミニゲームで組んだMFの一人だ。


「って言われてもねぇ~、キャプテンとか小学校やイタリアでも任された事無いし良いの?チームガタガタになっても恨まないでよー」

「ふん……口でそう言っておいてしっかり先輩相手に勝つつもりのくせによく言う」

 キャプテン経験など無いと弥一は語るも優也から見ればしっかりと勝つ気でいるのがバレていた。


「はは、お互い様のくせにー」

 それは弥一もそうだ、わざわざ心を読まずとも此処までの付き合いで優也が先輩相手に胸を借りるつもりで頑張ろうとかそんなキャラではない事は分かっている。

 初日に足の速さで誰にも負けないと言い切る者がそんな謙虚な姿勢な訳が無い。



「よーし皆行こう、先輩相手だからって気後れするなよ!」

 そんな中で大門が声を出してキーパーグローブを付けた両手で手を叩く。


「なんだ、大門。意外とこういう時は声出せるじゃん?入学式の時のスカウト受けてた時はあんな押されてたのに」

 弥一は意外そうに大門の顔を見上げてた。彼の性格は知っている、性格的に前に出ず気が弱めな所があってコーチングが不安定じゃないかと思われたが今しっかりと声が出ている。

「何時までもこういうのは苦手と言ってられないからさ、まあ…ちょっと勇気はいるけど」



 大門はGKの基本について今一度振り返っていた。


 シュートを止める事は言うまでもなく大事だがバックパスで飛んできたボールを処理出来る足元の技術、そして最後尾からのコーチング。

 フィールドの中でGKは一番全体を見渡す事が出来て敵と味方の姿を見る事が出来る。状況に応じて声出しによる指示、そして味方を鼓舞する。


 それがGKだ。



 弥一が幼い頃から体格差のハンデを補っているのに自分は甘かったと大門は此処から高校サッカーをスタートさせようと、味方を鼓舞すると共に自らも奮い立たせた。







「いいか、分かると思うけど注意すんのは歳児と神明寺だ。お前ら見ただろ、あのミニゲーム」

 2年が円陣を組んでおり、彼らを仕切るのは黒いヘアバンドを付け、身長が180cmある赤髪の男子。DFのセンターを努める間宮啓二(まみや けいじ)だ。

 中学時代に地区のベストイレブンに選ばれた経験を持っており、昨年は怪我でレギュラーに選ばれず出場機会が無かったが怪我をバネにして今成長著しい期待のDF。

 弥一と違いキャプテン経験も兼ね備えている。


 彼もミニゲームで弥一や優也が活躍する所を見ており、間宮は別メニューの為参加してなかったが二人が1年の中で群を抜いてレベルが高い事は見て分かった。

 快足で相手を置き去りにして素早くボールに詰めてゴールを量産する優也、そして異常な程に読みが鋭くインターセプトを連発。更に副キャプテンで大型ストライカーの豪山を相手に見事な身のこなしでボールを取っていた弥一。


 年下の1年だからと言ってもはや侮るつもりは無い、それはミニゲームで二人にやられた2年達も同じだ。その借りを此処で返す事を狙う者も少なくないだろう。


「2年の中で一番足速いのは草太だったな、お前が歳児にマンツーマンだ」

 間宮が視線を向けた先に居る175cmで坊主に近い黒髪短髪。


 草太と呼ばれた彼はDFの右サイドを務める田村草太(たむら そうた)。2年の中で一番のスピードを持ち、去年はベンチ入りし途中出場ながら公式大会出場経験を持つ。


「任せろよ、正直あいつにスピード負けしたの悔しかったんだ」

 ミニゲームで田村は優也のスピードを最初把握しておらずスタートが一瞬出遅れてしまって、それが原因で優也が先にシュートしたのを許している。

 だがあの時とは違う、優也の速さはもう身体が覚えた。今度は止めてやると優也に対して田村は闘志を燃やしていた。

「ああ、俺も出来る限り歳児の裏からの飛び出しに注意しとくからな」

 張り切る田村の背中を間宮は軽く叩く。



「攻撃の時は神明寺の位置に気をつけてパスを回していけよ、あいつ甘いパスはどんどんカットするだろうからな」

 こっちが攻める時に最も厄介なのは弥一であり彼の守る場所を常に見てそこに甘いパスを出さないようにと間宮達の間で前もって決められていった。


「イタリア帰りの天才DFがなんだってんだ!1年小僧に舐められんじゃねーぞ!」

「おう!」

 間宮の気合入った掛け声に応える2年達。彼のリーダーシップでチームはまとまっている。



 2年達が位置につく中、間宮はある2年の姿が目に止まり声をかけた。


「マサ、お前もう怪我いいのか?」

「ん?ああ。うん、もうバッチリ。啓二の方こそ大丈夫?」

「何時の話してんだ、マサの怪我の方が最近だろうが」

 間宮が声をかけた2年は短髪黒髪、身長は170cmぐらい。


 マサと呼ばれた男子は影山真樹(かげやま まさき)、ボランチを務めており彼は怪我で出遅れていて今日から合流。なのでミニゲームには不参加だった。

 彼にはとにかく影が薄い。付き合いのある間宮でさえ今やっと影山の事を把握したぐらいだ。

 去年はレギュラーだけでなくベンチにも選ばれていなかった。


 復帰して今日紅白戦に参加で大丈夫かと間宮は少し心配だが影山から言い出しての参加だ。動きがおかしかったらすぐに下げようと決めて間宮も位置につく。










 2年達の面々を見て摩央はスマホで検索していた。

「(あった、間宮啓二。中学3年でベストイレブンのDFで選ばれてる…この人結構優秀なんだな)」


 摩央が見ていたのは間宮の紹介ページ、闘志溢れるディフェンスでチームを引っ張り1対1に強くヘディングも得意で決勝点をあげてチームを勝利へ導いた試合が2回あった。

 その彼が今キャプテンシーを発揮し2年を引っ張っている。


「(これ、いくら神明寺や歳児が凄くても総合力で押されまくるんじゃないか?)」

 1年で凄いと思われるのは今の所は弥一と優也ぐらい。流石に二人が凄い程度では総合力で上回るであろう相手には勝ち目がないのではと摩央の視線は相変わらずマイペースな弥一へと向けられる。




「………ん?」

 軽くジャンプしていた弥一、その前に居る2年の部員達。


 中心に居るセンターDFの間宮、彼の居るゾーンの突破は骨が折れそうに思われる。




 だが弥一が見ていたのは間宮ではない。



 多くの2年が張り切る中で一人だけ静かにポジションにつく影のような者。




「へえ………あの人」


 ボランチの影山の存在に早くも気付いた弥一は彼の顔を見て楽しげな笑みを浮かべたのだった。

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