第2章 いきなり強豪と練習試合

第12話 新たなる一歩へ


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 初日を終えて2日目の朝、この日もサッカー部は朝練を朝の6時50分から開始している。


 また、この時間から朝練を始めているのはサッカー部だけではない、野球部や陸上部がそれぞれのグラウンドで朝練に励む姿があった。


 スポーツ高校の朝は早い。


 そんな中で部活動をしていない摩央は今日も見学に来ていて弥一や大門に優也達がブラジル体操のウォーミングアップで身体をほぐしてから基礎練の走り込みで今日もスタミナ強化を部員達で行っていた。そしてただ走るだけでなく基本は緩やかに、時々ダッシュを織り交ぜた試合を想定してのランニングでありこれを繰り返し身体に覚えさせて強靭なスタミナを作り出すという狙いだ。

 高校サッカーにおける平均の走行距離は1試合で大体9kmと言われており、それぐらい走れるスタミナが求められる。


 その後に小休憩を挟み2対2の攻撃と守備の練習、シュート練習が待っている。



「(やっぱハードだなぁ……俺だったら絶対ついて行けねぇや)」

 見学してる摩央から見ればハードな練習内容であり、運動の経験が無い摩央は自分がやったら途中で100%潰れてリタイアになってしまうと思った。


 サッカーをやるつもりは無い、それなのに何故かサッカー部へと足を運び彼らを見ている。


 最初に知り合った弥一や大門がそこに居るからなのか、それとも他に何かあるのか。摩央自身にも今の自分の行動はよく分かっていなかった。

 この為に慣れない早起きをして眠気を我慢しながら弥一達に合流して喋りながら登校をする。

 今までの摩央では決して考えられなかった行動だ。


 早起きしてくる息子に親はどうしたのかと尋ねれば友達と通いたいからと返した、それに驚き喜ばれ赤飯を炊こうとちょっとしたお祝いにまで杉原家で発展した事は記憶に新しい。



「また来てる、そんなにサッカー好きなんだ?」

 じぃっと練習を見ている摩央に京子は声をかけに来る、何回も練習を見に来ているので京子の方もすっかり摩央の顔は覚えた。

「……まあ……そう、ですかね」

 別に熱狂的なサッカーファンという訳ではない摩央。ただサッカーを見るのは嫌いじゃない、本当に嫌いだったら弥一達に付き合って早起きし、付き合って早朝からの登校通いをしたりなどしないだろう。



 すると京子は何を思ったか摩央の腕や足を制服の上から触り始める。

「!?な……な……!?」

 こんな間近で女性に迫られた事など無い、無論触られる事もあるはずが無い。そっちに全くの免疫が無い摩央は京子に腕や足を触られ困惑しており顔は赤く染まっていた。


「スポーツは未経験、筋肉の発達があまり感じられなかった。サッカー経験者じゃなければスポーツの経験も皆無、と」

 照れも何も無く京子は何事もなかったかのように立ち上がり表情一つ変えずに摩央がスポーツをやってきていないと見抜く。服の上から手足の触れたのはそれを確かめる為だった。


「……………」

 京子は腕を組んで無言で何かを考えている、それに摩央は今度は何が起こるんだと若干身構えていた。




「君、サッカー部に入ってみる?」

「え!?いや、けど言われた通り俺はスポーツなんか全然……」

 摩央が言われたのはまさかのサッカー部へのスカウト。しかしサッカーどころか他のスポーツの経験すら無い摩央では通じない確率の方が高い、それは自分でも分かる事だった。


「別に君にサッカーをやれと言ってる訳じゃない、それとは別の事」

「別の…?」



「君が出来るかもしれない、主務を」

「……主務?」



 主務


 部の対外的な窓口を努めチームの予定を組んだり情報収集をする等、部を裏から支える重要な役割を持つ。

 様々な仕事があり、裏で色々動き回らなければならない。



「スマホ手に持ってる事が多いから、調べ物とかそういうの得意そうなんじゃないって思って」

 京子は摩央が右手に持ってるスマホを指差す、他の生徒と比べ確かに摩央がスマホを持つ時は多い。流石に授業の時などは持たないが。


 スマホを扱う事だったら摩央の得意分野だ。


「…部の役に俺、立つんですか?サッカーを深く知ってる訳じゃないド素人の俺でも?」

「そう思ってなかったらわざわざ主務として声かけたりはしない、ただいきなりの主務は右も左も分からないと思うから最初は補佐的な係としてやってもらう事になるけど」

 自分が弥一や大門達みたいに役割は違えどサッカー部に関われる。


 そう思うと摩央の胸の鼓動が高鳴って行くのが感じられた。


 今まで部活動とはまるで縁のない学校生活を送って、人とあまり話さない自分では向いてないとやりもしないで諦めて避けてきた。

 それが今チャンスが来ている。自分でも出来るかもしれない部活、これを逃したらこの先もうこんな機会は無いのかもしれない。


 一生に一度あるかないか、そのチャンスに摩央は……。






「主務として入れるなら…………やらせてください」

 京子へと頭を下げる。


 それが摩央が出した答えとなった。









 朝練を終えて今日も授業が始まり、弥一は再び眠いながらも授業を受けている。何回か教科書でガードを敷いて教師に隠れ欠伸をする姿は後ろの席に居る摩央からよく見えていた。


 今日から主務になる、朝練が終わってから言うつもりが摩央は結局言い出せずそのまま授業へと共に向かい今に至る。




 何時言うか、どうしようかと悩む摩央。別に隠すような事じゃない、いずれ絶対分かる事だから言うぐらい簡単だと思っていてもいざという時は恥ずかしさがあるのか口が重くなってしまう。


 初めての部活動。


 3年のマネージャーである京子から主務になる事は伝えてあり手続きは彼女がやってくれた、放課後の午後から摩央は正式に立見サッカー部の一員となる。


 サッカーをやる訳じゃない、ただ摩央は緊張していた。



「杉原?すーぎーはーらー」


「……!?な、何だよ?」

「だから聞こえなかった?昼飯行こうって、具合悪いの?保健室行くなら付き添うよー」

「悪くねーよ、飯だろ。時間無くなる前に行くぞ!」

 気付くと摩央の顔を至近距離で弥一は覗き込んでいた。時間はもう昼休憩へと入っており、それに気付いて摩央は席を立ち急ぎ足で購買部へと向かい弥一も後を追うように移動。



 今日は弥一は鮭おにぎりとツナマヨおにぎり、更に大きなドーナツパンを買う事が出来て満足げだった。

 大きなドーナツパンは今日の目玉商品でありチョコレートで包んだ人気の物だ。


「おいふぃ~♪幸せ~♡」

 大門とも合流し、3人で再び木の下で昼飯を食べる優也の所へと向かって彼も入れて4人で昼食をとる。

 おにぎり2つを食べた後にデザートとしてドーナツパンを食す弥一、甘いドーナツの美味しさが授業で疲れた身体を癒してくれる気がして甘党の弥一にとって幸せのひと時だ。


 大門は相変わらず食べる量が多く、既に多くの惣菜パンを平らげている。


 優也は勝手に押しかけてきた3人に軽く息をつくも気づけば一緒に昼食を共にしており、弁当を食べ終えてコーヒー牛乳を飲んでいる。



「な、なあ…」

「ん?」

 サンドイッチを手に持ったまま摩央は3人へと声をかける。それに3人は一斉に摩央の方へと向く。



 こんな注目浴びるのは人生で無い、初めてだ。自分の心臓がどくんどくんと早く動くのが感じられる。


「(何やってんだ俺、付き合いあるこいつら相手ですら緊張してどうすんだよ…!)」

 緊張する自分に言い聞かせる摩央。3人相手に緊張していては放課後の紹介で大勢の部員の前に立つであろう時などとても何も言えない。



 少し下を向いてから意を決して摩央は前を向き、3人へと伝える。



「俺……サッカー部の主務になる」

「!?」


 部活動をしておらず何処に入る予定も無いと思われた摩央、弥一も大門も優也もこれには目を見開き驚いている様子だ。


「…おかしいか?俺が主務になるっていうの」



「いやー?全然。むしろ向いてるんじゃないかな、今時はPCやスマホで色々管理するみたいだから主務っていうのは」

「確かに杉原君、スマホ触ってる機会が俺達より多いよね」

 摩央が主務に向いていると思っていたのは京子だけじゃない、弥一も大門も摩央が主務に適していると思っていた。


「ねえ歳児?」

「……て言われても俺はそいつが主務に向いてるかは知らない」

 弥一、大門と比べて優也はまだ摩央をそこまで知っている訳ではない。彼から見れば摩央が主務に向いているかは未知数だ。


「おかしいも何も主務をやりたいって言うなら、やればいいだろ」

 賛成でも反対でもない優也の言葉、主務をやるかどうかは摩央の自由。それをあれこれ言う権利は他人には無い。優也はそう言いたかったのかもしれない。

 言葉足らずで素っ気無い感じではあるが優也なりの言葉だ。



「頼むよ主務ー」

「ま、まだ主務ってあれじゃなく見習いって位置だけどよ……」


 サッカーは出来ずとも部に貢献は出来る。摩央は自分で今新たなる道を歩き始めていた。

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