第10話 彼らは基礎を積み重ねる
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
学生達が各々昼食を食べ終えた頃には午後の授業開始時刻は迫っていて、それぞれが教室へと戻っていき再び授業を受ける。
午後の授業が終わり放課後を迎える頃には各運動部は午後の部活動へと入り、帰宅部は学校が終わればそのまま帰る。
弥一のクラスは美術であり教室を移動し美術室で互いのクラスメイトの顔をデッサンし合う、弥一は摩央の顔を確認しながら描いていて摩央も同じく弥一の顔を確認しながら描いていた。
「杉原うまーい!すっごい絵上手ー」
摩央が描いた弥一の顔は上手く描かれており、クラスの中でも上位の上手さを誇る程だ。自分の顔を上手く描いてくれて弥一は満足そうに目を輝かせる。
それに対して摩央は明らかな不満顔を見せていた。
「神明寺……お前、何だこの絵は?」
「見ての通り杉原だよ」
「うん、お前に絵心が無い事はよく分かったわ」
弥一が描いた摩央の顔は明らかに子供の落書きレベルで下手だった。描かれた摩央が不満に思う訳だ、クラスメイトはこれを見て描かれたのが自分じゃなくて良かった、内心摩央に犠牲になってもらって感謝していたという。
時間は3時40分、午後の授業は終わり帰宅する学生に部活に向かう学生と多くが席を立ち移動を開始、中にはすぐ帰らず友人と喋ったりスマホを見たりと場に留まる生徒も居たりする。
弥一は隣クラスの大門と共にサッカー部へと午後の練習参加のため向かう、そんな中で摩央は帰らず二人の後を追ってサッカー部へと朝練に続いて再び足を向けて移動を開始していた。
「君は熱心に見に来る、サッカー部に入りたくなったの?初心者も歓迎するけど…」
摩央が再び練習を見に来ている姿を見つけた京子は彼が立つ位置の隣に来る。摩央が小柄な事もあるが京子は女子の中では背が高い、会話する時は摩央は京子を見上げなければならないだろう。
部員達は全員で走り込みの練習、特に1年はこれを重点的に行われている。高校サッカーでは中学の時の試合時間前半と後半それぞれ30分であり合わせて60分の試合と違い40分となり合計80分、勝ち進み決勝戦になればプロと同じ90分の試合もあって中学の時のままのスタミナペースでは早めにバテて集中力を切らす恐れがある。
どんなに技術があろうが体力がついて行かなければ80分や90分の試合を戦い抜く事は出来ない、その為のスタミナ強化となっている。
摩央は1年達の走り込みを見ていると、ただずっと同じように走っているように一見して見えたがよく見れば違う事に気づく。
「何か……速くなったり遅くなったり走るスピードがみんな変わってる?」
「そこに気付いたのはいい着眼点」
「え?」
京子に良い着眼点と言われ、振り返る摩央。彼女の目は真っ直ぐと走り込みをする部員達へと向けられていた。
「あれはただの走り込みじゃない、インターバルトレーニングと言ってね。速いペースで走る急走と緩やかなペースで走る緩走(ジョグ)、脚力が強化される事によってのスピードアップ、心肺機能が向上して疲れにくい身体を作り出す。瞬発力の強化も期待出来てハードなトレーニングをやりきる事で自らに自信をつけられる事にも繋がる……て、言われてる」
京子が編み出したような雰囲気で言っていたが別にこのトレーニングは彼女が考案した訳ではない。今の現代スポーツでいかに効率的に限られた期間で強化出来るか模索していたらこのトレーニング方法を見つけ、採用したのだ。
単に走り込みをするよりも本当のサッカーの試合と同じように急走とジョグを繰り返せば試合でも疲れ難く長い時間を戦い抜ける身体を作り上げられる効果が期待される。
立見はまだサッカー部が創立されてから他の部と比べて日が浅い、そんな新設の部に都合良く名将と呼ばれる監督は来ない。顧問を務めるのはあまりサッカーに詳しくない教師だ。
だが詳しくなくとも何もしなかった訳ではない、今1年がやっているトレーニングのやり方をSNSや動画サイトで見つけてサッカー経験者にこれは試して大丈夫なのかと教わりに行ったり部員にも意見を聞いてこれはやるべき、こっちの方がいいと意見を言い合い部員達と共に練習メニューを作り上げてきた。
それは京子が高校1年の頃の話であり京子は実際にそれを見てきた、そして京子が2年の時に部は県大会予選のベスト8まで勝ち進みキャプテンの成海、副キャプテンの豪山を中心に力は着実につけている。
そんな遠くはない過去を京子は振り返っていた。
「ぷはぁ~っ、はぁ~…」
休憩時間、用意されたミネラルウォーターを弥一はゴクゴクと飲み乱れていた息を整える。優也はタオルで軽く汗を拭っており弥一や他の1年部員より疲労の色は見えてはいない。
「タフだね歳児君、あれだけアップダウンの走り込みやった後なのに」
ミネラルウォーターを飲んだ大門は比較的疲労が少なそうな優也に声をかける、実は顔に出てないだけで疲れているのかという可能性も少し考えていた。
「別に……この手のトレーニングは散々やってきた、慣れてるだけだ」
快足で更にスタミナも兼ね備えている優也。幼い頃から元陸上部の両親とトレーニングをしてきており、こういったインターバルトレーニングも経験している。
「休憩終わり、再開ー」
成海がパンパンと手を叩き休憩終了を知らせ、練習は再び始まる。
スタミナ強化を中心にこの日はトレーニングが行われ中学からサッカー経験のある1年達も初心者組と共にバテていた。
「まあ想定内か、いくら中学からサッカーをしてると言っても受験で鈍った身体じゃ此処が限界かな。俺達もそうだったしな」
「けど何人かはまだ持ってるぞ、あのチビも続いてる。FWのあいつに至っては俺らと疲労がたいして変わらなさそうだ」
成海と豪山が話しつつ1年達の走り込みを見ていた。息を切らしながらも弥一、大門は走り続けていて優也は1年の中で未だ疲労が少ない様子だった。
スタミナに関しては優也が一番優秀なのは一目瞭然だろう。
そして最後の追い込みとして100mダッシュが行われ、それが終わる頃には6時10分。初日の部活が終了となる。
ピィーーーッ
「練習終わりー、皆お疲れー」
京子が笛を吹き終了を告げると多くが地面へと寝転がって空を見上げる格好となる者が多数居た。
「はあ…………はあ………」
弥一もその一人であり彼が見上げる空は暗闇が支配しかかっており夜の訪れが近くなっている、真新しい青い練習着はとっくに汗で汚れて泥もついていた。
「あ、ははっ……」
「はぁっ……神明寺君?」
何故か弥一は笑いがこぼれていた、地面に座り込んで息を切らしている大門はどうしたのかと彼の方を見る。
「帰国して入学手続きとか色々バタバタしてて練習出来てなかったけど、これ…練習してるなぁって思ってさ」
「ああ…そうだね。俺も受験勉強でこういった練習は久々だった…此処から鈍った身体を取り戻して鍛えないとな」
弥一の笑みに釣られて大門もまた笑っていた。受験や入学で忙しく遠のいていた感覚、それが再び蘇るまでそう遠くはないだろう。
「(ハードな走り込み……あまりボールは使ってなかったな、まあでもスタミナは大事か。80分や90分試合出来る体力つけないと前半だけでガス欠になるだろうし)」
サッカーの練習風景というものを自分の目で初めて見た摩央、アップダウンの走り込み中心のトレーニングでボールを蹴り合うというのは朝練のミニゲームぐらいだった。
普段試合を見てるとボールを使ったパス回しや華麗なテクニックによる個人技とあるが、だからと言って練習でそれが見られる訳ではない。
実際は地道に基礎の積み重ね、それを繰り返しやりきってこそテレビでプロが魅せているスーパープレーへと繋がるのかもしれない。
こうして高校初日の練習は終わり、部員達はそれぞれ帰り支度をしてようやく帰宅となった。
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