第11話 不思議な彼は高校生活を楽しむ


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 夕日はほぼ沈んでいる午後6時10分の時間、サッカー部の部員達は各々帰宅準備を進めており弥一と大門も制服へと着替え終えて正門でスマホを見ていた摩央の元へと急ぎ足で向かった。

「ごめん杉原、待たせちゃったね!」

「別に待ってねぇよ。じゃ、すぐ帰るか」

「出たツンデレー」



 待っていたであろう摩央に大門は遅れた事を謝罪すれば摩央はふいっとそっぽ向いて駅の方へと歩き始める、その様子を見て弥一は茶化すとそれに摩央が軽く睨んだ。


「あ、歳児ー」

 そこに3人より先を行く者の姿が見えた、弥一から見えた顔は優也。彼を見て弥一は声をかけた。


「……なんだ、お前ら。昼飯一緒かと思えば帰りも一緒か…仲良いな」

「帰りだけじゃないよー。行きも一緒だから♪」

 優也もこれから帰りであり歩く方向は3人と同じ駅へと向いている。


「君も帰る方一緒なんだ、良ければそこまで一緒に行かない?」

「好きにしろ」

「じゃあ一緒に帰ろうー」

 大門からの誘いに優也はイエスとは言わないがノーとも言わない、だったらイエスと判断した弥一が優也と共に歩き出す。



「午後は走り込みであまりサッカーしてるの見なかったな、結局朝練の時ぐらいか」

「むしろ入部早々よくボール触らせてくれたなって思ったよ。学校によっては1年の時ってボールを触らせてもらえなかったりするからね」

 練習の風景を摩央は思い出していた。最初はミニゲームでボールを多く触っていたが午後は走り込み中心で全員が行っておりボールは午前ぐらいしか触ってない。


 大門の方は当時の中学1年の頃を思い浮かべていた、彼が中1の時はボールにはほぼ触れず基礎練習ばかりでありレギュラーどころか控えのベンチに入る事も無い最初の中学1年の部活だった。


「え、そういうもんなの?」

「俺もそうだったよ。中学でサッカー部入った時はまだ始めて1年ぐらいで浅かったせいもあって…それが影響してたかどうかは知らないけどな」

 大門と同じように優也も中学1年の時はボールに触れさせてはくれず基礎練習であり彼も1年目はレギュラーになれずベンチにも入れなかった。

 此処まで来ると弥一から見れば1年で入部したての頃はボールに触っての練習はほぼ出来ないようなものなのかと思えてくる。


「神明寺君はイタリア留学だよね、向こうじゃそういうの無かったの?」

「全然無いよ、1年目から余裕でボール触らせてもらってたし」

 海外では日本のような先輩後輩の上下関係などは無い、海外では年齢など関係なく実力勝負の世界であり強いものが上に行き弱いものが下へと落ちる弱肉強食の世界。

 弥一の留学していたイタリアはそういったサッカーにおいて非常にシビアな環境だった。


 こうして聞けば日本とイタリアではサッカーの環境は全然違っている。


「イタリア……だからあんなインターセプト出来る守備技術に豪山先輩の腕を躱す程の動きまで出来るように…」

 大型ストライカーの豪山を相手にボールを奪い取る身軽さと守備技術、それはイタリアで磨かれたものなのかと優也は納得していく。

「後半の躱す動きは別にイタリア関係無いよ?」

「……何?」

 後半だけはイタリア留学は関係無い、そう言ったのは弥一自身であり優也はそれを聞いて視線を弥一へと向けていた。


「豪山先輩を躱した動きはサッカーっていうより小学校からサッカーと合わせて習ってる合気道のおかげだねー、それも日本で屈指の名門な所で」

「あ、合気道?」

 豪山からボールを奪った時の動きについては摩央も見ていた、あの動きについては確かに驚かされて凄いと思ったが名門の合気道で学んだ動き。それを聞いて摩央だけでなく大門、そして優也も表情が驚きへと変わっている。


「ほら、僕って見ての通りサッカープレーヤーとしてはちっさいじゃん?まともにぶつかったらパワー負けしてぶっ飛ばされて終わりなの目に見えてる、対抗するには身長大きくなってパワーを付ければ良いのが一番。でも身長は都合良く大きくなんかならない、だったら小さくても勝てるようになるにはどうすればいいのか?それが合気道、て所に辿りついたって訳」

 何時も以上に饒舌となっている弥一は呆然としてる3人にペラペラと体格差を覆すにはどうすればいいのかと自信持っての説明をしていた。


 日本の武道であり小柄な者でも大柄な相手を投げる事が可能で柔よく剛を制す、という言葉を体現している。それが合気道だ。

 弥一はその合気道の動きとサッカーを合わせ、豪山の腕を躱してボールを奪ってみせたのだ。

 普通にぶつかったら豪山のみならず他の大型ストライカーにも競り負ける。弥一も弥一なりに自分の欠点を分かっており、それを補い余りある方法を既に習得していたのだった。


 心が読めるという強すぎる武器に加えて力の強い相手に対して有効に働く合気道という強みを。



「(そうか……彼は、ずっと不利な体格差と戦い続けてきた。そして今日も。その補いを小学校からやっていたなんて……)」

 今よりもっと小さい頃から合気道を習いながらサッカーをずっとやってきて遠いイタリアにも留学している。自分と比べてサッカーというのに対し本気や熱意が違い過ぎると大門はそれを痛感していた。弥一と比べて自分は甘かったと。


 弥一と違って大門は体格に恵まれている。それなのに何をしているのか。


「皆、遅くなる前に早く帰ろう。練習着もすぐ洗濯しないと」

「あ、おい大門…」

 大門がそう言うと彼は先頭を歩き始めており、摩央は慌ててその後を追った。


「急にどうしたんだろ?」

「………火が付いたんだろうよ、今のお前の話で」

「そうなの?」

 弥一と優也も彼らに続いて歩き出し、自分が大門の心に火を灯したと知らない様子の弥一に優也は歩きつつもちらっと彼を見る。



「(火が付いたのは大門だけじゃないけどな……呑気に笑っておいてこのチビ、本気(ガチ)過ぎる)」


 表情や行動では出さない、ただ優也も確実に火がつき始めていた。普段マイペースで笑みが多い弥一がどれだけサッカーに本気なのかを、それは大門。更に優也を巻き込む程で優也も今日帰ってすぐに練習着を洗濯して早々に休み、明日の朝練に備える予定を決めたのだった。



「あ、ねぇー。あそこに美味そうなコロッケあるから食べてかないー?」

 その弥一は駅前の肉屋に売っている美味しそうなコロッケに釣られ、帰宅まで我慢出来ず買い食いをしようとしており皆も誘っている。相変わらずのマイペースだ。



 こうして高校生活の初日は終わり、サッカー部へ入り同級生と知り合って共に練習で汗を流し共に飯を食う。


 初日から弥一は高校生活を存分に楽しんでいた。

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