第9話 クールな彼は意外と


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。













 8時30分、校舎のチャイムが鳴り各クラスで授業の開始を迎える。


 普段は部活動で活躍する各運動部も授業を受けており文武両道を目指し精進の日々だ、それは当然サッカー部も例外ではない。


 そんな中で弥一は眠そうな表情となりながら授業を受けていた、本当は眠ってしまいたいが赤点になると試合に出させないという全運動部共通の決まりがあり今の弥一の最大の強敵は眠気。


 朝練のミニゲームの先輩相手に戦うよりもある意味きつい相手だったのかもしれない。




 今は日本史の授業が行われており、その昔の偉業を成し遂げた武将について日本史の担当教師が語っている。今の弥一は自分の中で眠気と合戦を繰り広げて激しい戦の最中、眠りに落ちてない辺り今の所眠気にまだ負けてはいない様子だった。


「神明寺」


「ふあ?あ、はい…」

 眠気と戦い粘っていた弥一に日本史の教師が弥一を指して来た。


「答えてみてくれ」



「えー……」

 正直あまり頭に入って行ってはいなかった、弥一はとりあえず昔の戦国武将についての授業であるという事だけは把握しており、何を答えればいいかさっぱり分かっていない。とりあえず何か答えようと思い、浮かんだのは。



「風林火山……武田信玄?」


「確かに今武田信玄についてであり、彼の象徴でもある風林火山は有名だが今の問いはそれじゃないぞ。その武田信玄の宿敵は誰だと」


「あ、すみませんー。上杉謙信です」


「うん……まあ、いいだろう」


 知っている範囲内の武将で弥一は内心ラッキーと思い、この窮地を乗り越える。弥一の答えの言い直しは教師も此処は大目に見ておいてくれるようで授業を続けていた。



 イタリアに3年間過ごしていたが日本の有名どころの武将なら弥一も知っている、そうじゃなければ答えられずアウトとなってた事だろう。



 こうして眠気がピーク時の日本史授業はなんとか終わり、時刻は12時30分。チャイムが鳴り、昼休憩を迎える。

 次の授業開始は13時20分なので50分程の自由時間だ。




「は~、危なかった~」

 一時授業から解放され、弥一は机に突っ伏していた。


「お前マジで寝落ち5秒前ぐらいな感じでヤバかったぞ」

 後ろの席から摩央は弥一の様子がよく見えていて、今にも寝そうで何も答えられそうに無いと思っていた。電車であれだけ眠る事思うと授業ですぐ眠るかと予想はしていたが此処まで粘ったのは意外な結果だ。

「だってさぁ~、この学校は赤点で部活出るの駄目じゃん?怪我でもなくテストの点数悪くて試合出られないで終わるのは流石にダサいでしょ~」

 部活も大事だが授業も大事、どちらも疎かにはしないようにと決められた立見のルールだが赤点さえ取らなければ問題は無い。そして弥一に関しては入部の時の自己紹介であれだけの意気込みを言った後なので赤点で試合に出られないのは格好がつかない事この上ない。


「とりあえずお腹すいたから飯行こうよ飯ー、もう空腹過ぎてヤバいから~」

「分かったからそんな引っ張るなって…!」

 弥一は腹を鳴らしながら摩央の腕を引っ張り昼食に行こうと急かす。引っ張られて摩央は見ていたスマホを落としそうになって慌てつつ共に購買部へと向かった。



 立見の購買部ではおにぎりやサンドイッチにパンに弁当等が豊富に売られており日によってはラーメンが置いてあり、それもそのラーメンは人気の家系ラーメンで学生たちの間では人気メニューの一つとして知られている。

 置いてあったら争奪戦が起こる事はほぼ確実だがこの日はラーメンは置いていなかった、噂に聞く家系ラーメンを食べたかった弥一としては残念と肩を落とし、此処は大盛りのカツ丼とカレーパンとクリームパンを購入。隣に大盛りパスタもあったがイタリア留学中にパスタやピザは散々食べたので今は日本で食べられる物の方が弥一には魅力的に見えたようだ。

 摩央は並盛りの唐揚げ弁当一つだけであり弥一の方が明らかに昼食の量が多かった。




「えー、屋上で昼飯食べちゃ駄目なの?こういうのって屋上で飯を食べるのが定番じゃんかー」

「何時の時代だよ、そもそもこの学校は屋上の出入り禁止だから飯どころか入る事も出来ないんだ」

 昼飯を買った後に弥一は屋上で食べたいと言い出したが摩央に屋上は出入り禁止だと止められる、漫画とかアニメじゃ学校生活の時に昼飯は屋上というのを見てきたせいか現実でもそれが出来ると弥一は思っていたが立見ではそれが許されない。


 ラーメンに続いて屋上で飯も食えないと二度がっかりさせられた弥一は仕方なく摩央と共に校舎の外へと出て何処か座って食べられそうな場所を探す。

 ベンチは既に先客の生徒が座って昼食を食べているので無理と分かり、弥一と摩央は辺りを見回した。



「あ、歳児だ」

「え?」

 その時弥一はある人物が桜の木の下で座って昼食をとっている姿を目撃する。練習着の姿ぐらいしか見てなくて今の学生服姿でまた印象は違うが彼は弥一とミニゲームで組んだ同じ1年の快速FW歳児優也だ。

 彼は座ってサンドイッチを食べている。



「おーい」

「……何だ、お前か」

 優也へと明るく声をかけながら近づく弥一とそれに続く摩央。サンドイッチを手に持ったまま優也は二人の姿に気付いてそちらへと視線を向けている。

「ねえ、歳児。此処いい?他に場所無くてさぁ、屋上は駄目って言われたし」

「何か屋上は俺のせいみたいに言ってないかそれ?」

 弥一と摩央が会話している間に二人も優也と同じ桜の木の下に座っていた。


「良い、駄目だ以前にもう座ってんだろ…」

 優也の返事を待つまでもなく既に座る二人の姿を見て軽く息をつきながらも追い払うような事はせずそのままサンドイッチを食べ進める。弥一と摩央も優也が良いと判断したようでそれぞれ昼食を食べ始めた。

「あ!二人とも此処だったんだ」

 そこに駆け寄る大柄な学生、見間違いようがない。大門だ。彼は右手左手に袋を下げており、それぞれに菓子パンと弁当が入っている。あれは弥一を超える量で間違いは無いだろう。

「おー、大門こっちこっちー」

 元々弥一が取った席ではなく優也の居た所なのだが大門へと弥一は手を振り場所をアピール。


「君は確か歳児優也君だよね。攻撃で凄い活躍したって聞いたよ」

「……別に、優秀なDFが居てくれたおかげで楽させてもらっただけだ」

 優也に気付き大門は挨拶、彼の自己紹介は自分の前だった事もあってしっかり覚えている。大門も3人に加わり共に昼食をとり始めた。


 大門は弥一が買った大盛りカツ丼より更に大きな特盛のカツ丼を食べており、パンは袋に5個も入っている。体格に恥じぬ食べっぷりだ。

 優也もサンドイッチだけでなく弁当を買ってるので弥一と同じぐらいの食事量になる。

 1個の唐揚げ弁当も決して少ないという訳ではないのだが摩央は自分が一番食べてなくて少食なんじゃないかと思えてきた。


「歳児って凄い足速いよねー、どうやってそんな速くなったの?」

 カレーパンを一個食べ終えた弥一は優也へと足の速さについて聞いてみる、自分で足の速さなら負けないと言い切っていた優也はその通り快足を持って弥一と同じチームでゴールを量産。

 どうやってスピードを手に入れたのか興味があった。


「両親が共に元陸上部、その二人と幼い頃から運動してて足は自然と速くなった。最近はSNSや動画でも効率的なトレーニングが上がるからそれも参考にして取り入れたりしてるんだ」


 優也の親は父と母は陸上部、陸上一家の環境で優也は生まれ育ち幼い頃から両親のトレーニングを受けて足の速さを彼は得たのだ。


 優也の話に3人はポカンとしている。

「おい…なんだお前ら、そのリアクションは?」

「あー、いや。歳児ってクールな一匹狼ってイメージあって自分や家族の事とかそんな簡単に話さないかな~?って思ってダメ元で聞いたんだけど…意外と喋ってくれるんだね」

「「お前らに話す義務は無い」みたいな事言ってそれで終わりかと思った」

「うん…意外だったね」


 勝気でクールな男、それが歳児優也という人物なのかと3人は思っていた。そういう人物は自分についてそんなペラペラ言わなさそうなイメージがあったが実際は違った。



「何だその勝手なイメージ………別にそういうんじゃねぇ、ただ話すのが苦手なだけだ……」


 口下手なゆえにクールに思われていた優也、弥一達との距離は少しこれで縮まったのかもしれない。

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