第20話 守れない約束は、しない
クライブが城に来てから、あっという間に5年の時が過ぎた。リーリアは11歳、クライブは14歳になり王家によって新たな身分を用意された。
リーリアの魅了魔法は完全に無くなり、茶会を主催したり手紙のやりとりをしたり、以前は一切行わなかった公務を担うようになった。
リーリアの丁寧な態度は評判で、美しい文字で書かれた手紙を額装して飾る者達もいるという。
クライブは正式にコーエン侯爵の息子となり、来月城を出て実家に帰る。
その前にどうしても見せたいものがあったリーリアは、仕事の合間に苦手な幻術魔法を必死で訓練した。
1ヶ月ほど城を出ていたクライブが荷物を引き払う為に戻って来たと聞いて、リーリアは慌ててクライブの元へ走った。
「クライブ! 新しい魔法を覚えたの! 見て!」
「これは、幻術魔法ですか。お見事ですね。さすがリーリア様です」
リーリアが幻術魔法で映し出したのは、クライブが過去に見せてくれた虹だった。
「あの時、虹を見せてなんてわがまま言ってごめんなさい。これからは、わたくしが見せるわ。これで約束を果たした事になるわよね」
リーリアは、クライブの性格を理解していた。
時を戻っても虹を見せて欲しい。クライブの魔力がなくなるなんて知らなかったリーリアは、軽い気持ちでお願いをした。
クライブには魔力がない。つまり、魔法が使えない。
クライブは果たせない約束を気にしながら生きるだろう。そんなの嫌だと思ったリーリアは自ら魔法を習得し、クライブに虹を見せたのだ。
「リーリア様。私は……いや、俺は果たせない約束はしません。他の人ならともかく、リーリア様にだけは嘘をつきませんよ。俺をよく見て下さい。魔力の核が見えるでしょう?」
「ええ、見えるわ。けど、大きなヒビが入ってる……」
核が傷ついていれば、魔法は出来ない。
なにも勉強しなかった過去と違い、今のリーリアにはクライブの状態がとてもよく分かった。
「ヒビはいくつ見えますか?」
「え? 大きなものがひとつよ」
「先週父が見てくれた時よりもヒビが減っていますね。あと少しです。リーリア様、俺は貴女に嘘をつきません。守れない約束なんて、しません。あの虹は、俺が貴女に見せるんです」
「……だって、クライブは魔法が使えないんじゃ……」
「リーリア様が半年間頑張って下さったので、過去に戻る魔力は充分足りました。おかげで、俺は魔力の核が砕けないように対策を施す事ができたんです。本来なら、砕けてなくなってしまう核は、俺の中にしっかり存在しています。父や兄が魔力を与えてくれるようになって、少しずつ修復しているんです。死ぬまでに必ず修復して、リーリア様に虹をお見せします」
「そんなことできるの? コーエン侯爵達やクライブは無理してるんじゃ」
「父や兄は、寝る前に余った魔力を分けてくれているだけですから問題ありませんよ。俺に少し負荷はかかりますが、生まれてからずっと魔力酔いの訓練をしていたリーリア様に比べたら、大した事はありません」
「つまり、クライブは結構無理してるって事よね!」
「逆の立場なら、リーリア様は魔力を取り戻すことを諦めますか?」
「諦めるわけないでしょ! 可能性があるならやってやるわよ!」
「そういうことです。俺を止める権利は、たとえリーリア様でもありませんよ」
「……そう言われたらなにも言えないじゃない……クライブはいつも狡いわ」
「そう、俺は狡いんです。あの男が何かを企んでると分かっていても、貴女に好いて貰えるならとあの男に忠実な部下の振りをしたんです」
「あんな人、関係ないわ! わたくしは子どもの頃からクライブが好きだったの!」
「……全く、わがままも程々にして下さい。これじゃ俺の立場がないじゃないですか」
クライブが取り出したのは、美しい指輪だった。
「父や兄に協力して貰って、原石を取りに行ったんです。本当は全て俺がやりたかったんですけど時間もないし、そんな事言ってられませんでした。カシム様もクリストファー様も、リーリア様と接触しようとする貴族達の防波堤になってくれています。でも、もうそろそろ限界です。他国の王族からも求婚されそうだと聞きました。リーリア様が他の男と結婚するなんて耐えられません。騎士として名を上げましたので、王女様に求婚する権利を得ました。国王陛下夫妻の許可は取れています。カシム様もクリストファー様も応援して下さっています。どうか、俺と結婚して下さい」
「これ……!」
「俺じゃ嫌ですか?」
「ううん、クライブが良い! 貴方が好き!」
リーリアは嬉しさのあまりクライブに抱きついた。
クライブはリーリアの目を見つめ、2人はそっと口付けを交わした。
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