第16話 リーリアの秘密

クライブは苦虫を噛み潰したような顔をして、リーリアの言葉を肯定した。


「……この記述が正しければ、そうなのでしょう」


「魅了魔法は、直接会わないと効果がないようです。かかった者は、術者の望みを叶える事を最優先します。たとえば、王であるにもかかわらずリーリア様が現れると執務をしない。といった事が考えられます」


コーエン侯爵が話を進めると、リーリアは罪悪感で下を向いた。


「父上はそんな事しないぞ。リーリアが来ても執務を優先させていた」


「お兄様……今はそうでも、過去は違いました」


「まさか……あの真面目な父上が……?」


「私は国を出ていましたから詳細は分かりませんが、陛下の評判はとても悪く暗愚だと言われていましたよ」


「信じられん」


呆然とするカシムに、コーエン侯爵とクライブが資料を広げながら説明を続ける。カシムを気遣うからこそ、嫌な情報は一気に伝えてしまいたいと親子は考えていた。


「魅了魔法を持つ者と会う時間が少ないとあまり魅了が効かず、好意を持つ者が通算1週間程度共に過ごすと盲目的に従うようになるそうです。魅了魔法を持つ令嬢が王や高位貴族を手玉に取り反乱が起こったと記録が残っています。王が罪のない貴族を国外追放したりしたそうですよ」


コーエン侯爵に続いて、クライブが過去を説明した。


「リーリア様は公務をせず、民の前に姿を現しませんでした。おそらく、ご家族や世話をする使用人以外と接する時間は少なかったのでは?」


「そうね。たまに貴族が訪ねてくる事はあったけど、どれも数分。家庭教師の先生もすぐ変わってたし、家族や侍女達以外と話す時間はあまりなかったわ。もうひとつ心当たりがあって、あの男と初めて会った時の記憶があまりないの。もしかしたら、自白魔法を使われたのかも。それからわがままが通らなくなってイライラしていたのを覚えてるわ。お父様やお兄様達がおかしかったのは……わたくしのせいだったのね」


「リーリア……」


「過去でクライブに魔力の鍛え方を教えてもらってから、もっと頑張ればよかった。そしたら、魅了魔法はなくなったのに。修行をサボって、好き勝手していたわたくしのせいなんだわ。クライブが留学と称して国外追放されたのも、きっとわたくしのせい。お父様にまたクライブに会いたいとお願いしたの。そしたら、クライブは国を出たって言われて……」


「父上や私達が魅了にかかり、リーリアのお気に入りになりそうなクライブを排除したのか」


「きっとそう。わたくしが魔力を鍛えれば……お兄様達は死ななくて済んだのに……」


落ち込むリーリアの前にクライブが進み出た。クライブはリーリアの目の前で手を叩く。大きな音が部屋に響き渡った。


「きゃ! 何するのクライブ!」


「リーリア様。今は幸せですか?」


「もちろんよ。でも、クライブは魔力がなくなって……」


「私の魔力の引き換えに、リーリア様の幸せが手に入るなら安いものです」


「……え」


「私が使った魔術は、過去に戻り全てをなかった事にします。リーリア様がわがままを言ったり、陛下や王太子殿下が民を苦しめたりはしていません。あの男も大義名分がなければ攻めてこないでしょう。私の魔力を全て捧げるだけでリーリア様が幸せになり、王族の皆様も父も生きています。何度でも申し上げます。失ったものは私の魔力だけ。安いものです。それに、魔力の核はある。まだ希望はあります」


「でも……」


「私に悪いと思うなら、もっと勉強して素晴らしい王女になって下さい」


「もう……相変わらず厳しいわね」


「厳しくしろと言ったのはリーリア様ですよ」


「そうだったわね。わたくしは貴方がいないとすぐわがままになってしまうの。だから、ちゃんと側にいてちょうだい」


「かしこまりました」


幼い二人のやりとりは神秘的で、兄と父は黙って見守るしかなかった。


「さて、お話はこれで終わりで良いかしら? コーエン侯爵、クライブを連れて行っても良いわよね?」


「父上、お願いします。私はリーリア様のお側にいたいのです。たとえ、どんな形であろうと」


「……王太子殿下」


「クライブを丁重に扱うと約束する」


「息子を……クライブをよろしくお願いします……」


「任せてくれ。また伺うよ」


コーエン侯爵とカシムは目を合わせると、小さく頷いた。


評判のいい王女と、魔力のない生まれを届けられていない侯爵家の子息。2人が結ばれるには、障害しかないと言っていい。


カシムはすぐに家族と話し合いをすると決めた。

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